EU加盟国の財政問題

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ユーロ圏に金融危機が拡大し、「統一通貨と各国の主権」というEU統合以来の古いテーマに新たなスポットが当てられている。欧州経済のスペシャリストが、ユーロ圏の基本的な問題と、その打開策について解説する。

ユーロ圏の危機が日本でも大きな話題になっている。2011年夏以降、ユーロ圏では金融危機がイタリア、スペインに拡大し、来年もおさまりそうにない。さらにユーロ圏は不況に向かっており、金融危機の源である財政危機はさらに悪化する可能性もある。

ユーロ圏は多数国一通貨体制であり、加盟各国の利害対立から危機対応が遅れ、対策も不十分だったため、混乱が長引いている。

そのため、「統一通貨と各国の主権」というEU統合の古くからのテーマに新しい照明が当てられるようになった。統一通貨と各国の主権、連邦主義について再検討してみたい。

ユーロ圏危機への広い関心

2011年も年末になり、日本の経済週刊誌は来年の世界経済予想を掲載した。そこでは、ユーロ圏の債務危機あるいは欧州危機が必ず取り上げられている。最近日本経済新聞社が日本のエコノミストや経済人150人ほどに行ったアンケート、「2012年世界経済の課題の中で何がもっとも深刻か?」においても、「欧州(ユーロ圏)の政府債務問題」が他を引き離して断然トップだった。

実は、米英両国でも財政問題は厳しい。両国はリーマン・ショックによって2008年秋に爆発した世界金融危機の震源地だった。多数の銀行が倒産に直面し、金融システムは麻痺した。金融が麻痺したら経済は崩壊する。政府は莫大な財政支出を行って銀行を救済したため、財政赤字は急拡大、09年から3年続きでGDP比2桁の財政赤字が続いている。

2011年のユーロ圏の財政赤字は4%であるから、米英両国より状況はずっと良い。それなのに、なぜユーロ圏の財政問題の方を日本のエコノミストや経済人は「もっとも深刻」と感じているのだろうか。

ユーロ圏危機への不安

一言で言えば、ユーロ圏の財政問題が金融危機を引き起こし、しかも金融危機が沈静化する展望が見えないと感じているからだろう。

財政危機国の国債を資産として大量に保有している銀行は、保有資産が劣化し、株価の下落や資金調達の困難に直面している。とはいえ、米英両国では金融危機は起きても政府と中央銀行が協力して短期間に沈静化させた。米英両国は一国一通貨体制であるため、危機に対する国の対応ルートが確立しており、対応も素早く、金融市場に安心感がある。

ところがユーロ圏は多数国一通貨体制。金融政策を担当するユーロ中央銀行制度(ユーロシステム)は連邦化されており、統一的に素早く行動できる。危機以降、ユーロ圏の銀行に巨額のユーロ資金を提供して銀行危機を防ぎ、イタリア、スペインを含めて危機国の国債を買い上げてそれらの国の資金調達を助けている。しかし財政関係の対応は17カ国が行う。財政主権はユーロ加盟国が保有しているので、政府間主義がとられていて、最重要事項は首脳会議で決まり、各国議会の承認や条約改正が必要になる。

時間がかかり、急激に展開する金融危機に対応が間に合わない。たとえば、ユーロ圏の支援機構EFSF(欧州金融安定ファシリティ)の機能強化(ローン供与機構だったEFSFに、新たに、危機国の国債購入、予防的貸付、銀行への資本注入という3つの機能をもたせる)は、2011年7月21日の首脳会議で合意したが、各国議会の承認が終了したのは10月中旬、強化されたEFSFが本格的な活動を開始するのは2012年から、といった状況。つまりユーロ制度の根本的な問題が、不安の源にある。

第二に、国ごとの格差が大きい。本年のドイツの財政赤字はGDP比1.3%、アイルランドは10.3%、ギリシャは8.9%、スペイン6.6%、イタリア4.0%と格差が開いており、財政問題を抱える国で金融危機が激しくなっている。イタリアの赤字は比較的小さいが、政府債務が120%と高く、そこから危機が生じている。支援国と被支援国が固定しているので、ユーロ圏各国の利害対立が生じ、対策も不十分なことが多く、金融市場の不安を増幅している。

第三に、ユーロ加盟国の間の構造問題。ユーロの下で西欧と南欧との競争力の格差が広がり、それが南欧の財政赤字や経常収支赤字に現れており、短期間に是正されそうにない。 

こうしたことから、日本では、危機の長期化とユーロの持続可能性に疑問を持つ人が最近増えている。

ユーロ圏の危機対策に協力する日本

しかし日本人はユーロ危機に対して冷たい態度をとっているわけではない。

財政危機を自国では処理できず、ユーロ圏に支援を要請したアイルランド、ポルトガルには、2010年6月にユーロ圏が創設したEFSFがローンを供与している。EFSF債を発行して最大4400億ユーロを調達することができる。調達した資金を5%台のローンにして、被支援国の財政健全化を条件に、原則として3カ月に一度支給する。ギリシャも2012年からEFSFの支援を受けることになる。

EFSF債の最大の購入者は日本政府で、発行額の約20%を保有している。日本の財政状況も厳しいが、ユーロ圏の安定のために率先してEFSF債を購入しているのだ。ヨーロッパの人々にも是非とも知って頂きたいと思う。

ユーロと連邦主義

ユーロ圏の基本的な問題を上で3つ指摘した。これらのユーロ制度の限界は政府間主義では打開できず、連邦主義の採用が必要と思う。

1970年代のEUでは財政連邦主義の考えを支持する人も数多くいた。当時EUは原加盟6カ国と英国、アイルランド、デンマークの9カ国だった。この9カ国が統一通貨を導入すると、一人当たり所得の低い周縁国(イタリア、アイルランド、英国)は競争力の劣位を為替相場の切り下げで取り返すことができなくなる。そこで、大規模なEU財政を形成し、周辺諸国の失業対策基金やインフラ整備基金として毎年財政支出を行うというアイデアだった。欧州委員会が設立したマクドウガル委員会は1977年に刊行した研究書(『マクドウガル報告』)の中で、EU・GDPの5%規模のEU財政があれば、3つの周縁国の競争力の劣位を補償でき、安定した通貨同盟を組織できると述べた。

1970年代半ばから世界は変動相場制になり、EUの南欧諸国は変動相場制をとった。しかしユーロによって固定相場制になり、世界金融危機以降、物価上昇率の高かった南欧諸国の西欧に対する競争力の劣位が明らかとなった。今後も短期間で改善されそうにない。財政連邦主義のアイデアを援用して、EU(ユーロ圏)の国家機能を強化し、財政を拡大して、南欧など周縁国の経済成長を支援する制度が今こそ必要になっていると思う。

ユーロ圏に財務省(名称は「経済政府」でもよい)を設立し、金融危機への対応権限を集約すれば、敏速な対応が可能になる。実施された政策や予算のチェックは欧州議会が行うことになるだろう。財源としてユーロ圏GDPの数%程度の「ユーロ税」を賦課すれば、かなり大胆な成長政策を南欧諸国などユーロ圏の周縁諸国で実施することができるはずだ。ユーロ共同債を発行して財源とすることもできる。成長率が高まれば、税収が増え、政府債務は減少に向かう。

ただし現在のギリシャを見ると、財政健全化を進めることなく支援を受け続けるモラル・ハザードが心配される。イタリアまでがそのようになれば、ユーロ圏で支えるのは不可能。したがって危機国の財政に対する欧州委員会の査察権限、予算編成への介入権限が必要となる。それでもルールを守れない国はユーロ圏から秩序だって離脱させる規定もやむをえない。新規のユーロ加盟国は、財政赤字3%以下、政府債務60%以下という安定・成長協定のルールを5年間にわたって実現した後にユーロ加盟を認めるといった加盟条件の厳格化も必要になるだろう。

崩れた「性善説」の前提

ユーロは加盟国のルール厳守を前提とする「性善説の通貨」だった。しかし世界金融危機以降、性善説と加盟国の財政主権を前提としたのではユーロの健全な運営ができないことが明白になった。ドイツなど西欧諸国が財政支援の増額に応じないのは、性善説を信じなくなったからだろう。

既存の支援機構だけでユーロ圏危機を克服するのは不可能であり、大胆なグランドデザインが必要とされている。「ヨーロッパは危機に対する解決策の積み重ねとして構築されていく」とジャン・モネは語った。2012年が、連邦主義に沿ったユーロ制度の作り替えにEUとユーロ圏諸国が踏み出す年になってほしいと念願している。

(2011年12月19日記)

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