外交力強化のためのシンクタンクのあり方

渡邊 啓貴【Profile】

[2012.09.03] 他の言語で読む : ESPAÑOL |

シンクタンクが外交の分野で果たすべき役割とは。また、日本のシンクタンクがその役割を果たすためには、どのような方向性がとられるべきか。「外交・安全保障関係シンクタンクのあり方に関する有識者懇談会」委員が論じる。

2012年8月7日、「外交・安全保障関係シンクタンクのあり方に関する有識者懇談会」の報告書が、田中直毅座長より、玄葉光一郎外務大臣に手渡された。まずは、こうした報告書が提出されたことを評価したい。おそらく、日本国際問題研究所(JIIA:以下、国問研)などの設立趣意書としての意味を持つ文書以外には、この種の報告書が提出されたのは初めてではないかと考える。私自身、この懇談会のメンバーにさせていただいて、得ることは大変多かった。  

2009年以来国際問題研究所の財政的自立が促され、2011年11月の事業仕分けでも事態改善の要請が出されていたことを受けて、今年度の行政事業レビューを控えて改めてシンクタンクについて検討をする必要性に迫られたことが、本懇談会の大きなきっかけの一つとなった。そして、その直接的な対象のひとつは、国問研に対する政府支援のあり方にあった。この点については中山俊宏教授(青山学院大)が既に論じているが、ここでは、事業仕分け・行政事業レビューとの関連で、本報告書の全体的なパースペクティブを紹介しながら、日本の外交・安全保障関係シンクタンク(以下、特に断らない場合には「シンクタンク」という呼称は外交・安全保障関係シンクタンクを指す)のあり方について議論したい。

シンクタンクの社会的役割

本懇談会の報告書は、事業仕分けの議論の中で、シンクタンクそのものについての理解が必ずしもきちんとなされていないとの考えから、この点について詳しく論及している。

「世界有力シンクタンク評価報告書(年刊)」を編纂する「シンクタンクと市民社会プログラム(TTCSP)」(米ペンシルバニア大学)によると、シンクタンクとは、「公共政策の諸課題に関し、政策形成者や一般市民が十分に情報を得たうえで意思決定(informed decision)できるようにする努力の一環として、国内・国際の諸問題に関し、政策指向型の研究・分析・提言を生み出すための機関」である。これを踏まえて、懇談会は、シンクタンクの役割は「外交・安全保障問題に関する意識の向上」にあるとした。

外交・安全問題は、特殊な職業専門家にしか分からないと考えられがちである。一般に関心は薄いといえるが、それだけに、何かのきっかけで特定の外交問題が話題となった時には、感情的な議論となることも多い。さかのぼれば、60年安保闘争では、アメリカに対するさまざまな感情が冷戦を背景に混沌とする中で、「反米か親米か」という、単純かつ日本外交にとって非現実的な対立軸による議論がなされたが、そのとき以来、日本外交に関する議論の軸は大きく変わっていない。竹島、尖閣諸島をめぐる問題においても、現状維持以上の良策は提案されないし、国民の日常的関心も高くない。隣国との関係についての危機感は低く、日本における外交・安全保障問題の一般市民のリテラシー(理解度)は高いとは言えない。

外交を根底で支えるシンクタンク

研究機関であると同時に、大学とは異なり、社会への直接的な貢献度を求められる機関としてのシンクタンクの充実は、日本外交を根底で支えるために不可欠である。特に、冷戦が終結し、一般市民の理解や説得がパブリックディプロマシーという形で一層大きな意味を持ち始めている今日、正しい事実認識の下に国民レベルで外交問題を議論することは、ますます重要になっているというのが正しい認識ではないだろうか。

今般の事業仕分けをめぐる議論には、こうした視点が欠落しているように思う。一般国民にも、事業仕分けを担当する人々にも、そのことがいえる。一般には、シンクタンクは遠い存在で、外交政策は霞ヶ関で官僚機構の中でのみ決定されるものだという意識が強い。また確かに、外交は機微に至る部分も多く、公開外交が理想と言っても限界がある。国民と政府の間の理解の齟齬(そご)を埋めるためにも、グローバリゼーションと情報化時代の今日、シンクタンクは大きな使命を負っているといえる。

シンクタンクには、自由な立場からアイデア(構想)を提案する使命もある。懇談会の報告書も、政府から距離を置いた「知的な外交・安全保障コミュニティ(専門家集団)」の形成の場として、シンクタンクの重要性を指摘している。

外交・安全保障問題は、国家機密に関わる機微な領域を含み、タイミングも微妙であるなど、政府とのある程度の関係が不可欠である一方で、政府の立場からすると、本音を含むが非公式の対話や接触の方が都合が良い場合もある。政府レベルでの接触が微妙なテーマについて、いわゆる「サウンドをとる」場合や、「トラック2」(制服組交流)などのケースである。この場合、シンクタンクは、政府の活動を補完する役割を果たすことになるが、そうした機会を政策提言に向けた研究の生きたケースとして利用することもできる。その過程で形成された人的ルートやネットワークも、重要な成果である。そうした活動を通して提言や発信を行い、また国際会議やシンポジウムの組織を推進していくのも、シンクタンクの役割である。

本懇談会は、今回の行政事業レビューでは、こうしたシンクタンクの基本的な機能の議論が必ずしもなされていないという判断に立ち、これらの点について詳細に検討した上で、その成果を報告書に反映させた。

運営規模の貧弱な日本のシンクタンク

シンクタンクの国際比較から、日本のシンクタンクの国際的な位置づけを理解することも重要である。

本懇談会は、国問研、平和安全保障研究所、世界平和研究所及び日本国際フォーラムの4つの団体を検討対象としてブリーフィングを行ったほか、大学の研究所や民間機関を含む16のシンクタンクに対してアンケート調査を行った。そして、シンクタンクの運営形態を比較検討した結果、米国型、ASEAN・アジア型、欧州型及び新興国型にタイプ分けした。 

第一の米国型は、ブルッキングス研究所や米国際戦略研究所(CSIS)、外交問題評議会(CFR)などである。これらの知名度の高いシンクタンクは、一般にボトムアップ型で、総収入に占める民間資金の比率が高く、民間、非営利、自主・独立の体制を取っている。また、アメリカでは、政府中枢のスタッフが政権交代により大きく変動するため、シンクタンクは政策ブレーンの人材プールとしての役割も担っている。

他方、アジア型のシンクタンクは、国家経営型で国策と直結した活動内容を擁し、国家予算による運営形態をとっている。

改めていうまでもなく、前者のタイプのシンクタンクは日本の政治社会慣行にはふさわしくないし、後者は独立民営という一般の風潮にもかなっていない。そこで、本懇談会は、自由な立場からの「公設民営」タイプとして、欧州型に近いシンクタンク運営の提唱を行った。英国国際戦略研究所(IISS)、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)、フランス国際問題研究所(IFRI)、ドイツ外交政策協会(DGAP)等は、財源のかなりの部分を政府からの補助金に頼っている。米国のような税優遇制度が不十分で、民間からの資金だけではシンクタンクの運営が立ち行かないためであるが、公的資金も重要な財源になっているのである。

ひるがえって日本のシンクタンクを見るに、その運営規模は貧弱だ。ブルッキングスが年間予算300億円規模、フランスのIFRIが30億円規模であるのに対して、日本最大の国問研に対する政府予算からの補助金は3億円である。オフィス物件の賃借料が国問研の予算の大部分を占めている、というのが、日本におけるシンクタンクの現実なのである。個人的には、財政難の折とはいえ、日本外交の活性化のためには、シンクタンクに対する予算はむしろ増額してもよいと考える。

シンクタンクの活性化と国民的リテラシーの向上

シンクタンク本来の機能を果たす民間施設が少ない日本の場合、今後とも、国問研にあたる政府系の主導的なシンクタンクの充実は不可欠である。ただし、政府との協力によって建物や設備などのハード部分の経費を節約しつつ、研究体制・人的資源に関わる運営体制・形態についてはより民間に移行し、ネットワークの拡大をはかっていくなど、調整をはかる余地がある。本懇談会の報告書で、「公設民営」が主張されている所以である。

また、本報告書では触れられていないが、民間からの財的支援の獲得も重要である。これには、シンクタンクに対する民間・財界の直接的な関心が高くないことや、寄付行為に関する法制度上の問題があることが関係しており、課題となっている。外交は政府主導で進め、民間はそれに従うという論法にも一理ある。しかし、今後、日本のシンクタンクの活性化により、外交論議をセンセーショナリズムを超えた国民の真の関心の対象にし、国民的リテラシーを向上させていくためには、大企業をはじめとする民間の協力は今後不可欠である。

(2012年8月27日 記)

タイトル背景写真撮影=久山 城正

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  • [2012.09.03]

nippon.com分科会委員。東京外国語大学国際関係研究所所長。1978年東京外大フランス語学科卒、80年同大大学院地域文化研究科修了、83年慶大大学院法学研究科博士課程修了、88年パリ第一大学大学院博士課程修了、99年から東京外大教授。2008~10年在仏日本大使館公使(広報・文化担当)。『Cahiers du Japon』『外交』各誌の編集委員長を歴任。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房、1990年=渋沢・クローデル賞受賞)、『フランス現代史』(中央公論新書、1998年)、『ポスト帝国』(駿河台出版、2006年)、『米欧関係の協調と対立』(有斐閣、2008年)、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店、2013年)、『シャルル・ドゴール』(慶応義塾大学出版会、2013年)、『現代フランス—栄光の時代の終焉、欧州への活路』(岩波書店、2015年)、『アジア共同体を考える』(編著、芦書房、2015年)など多数。

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