新たなオンライン・ジャーナルの船出

政治・外交 社会

これがnippon.comの創刊号となる。

ここに辿り着くにはずいぶん紆余曲折があった。わたしは、英文誌『ジャパンエコー(JAPAN ECHO)』編集長を2007年から2010年まで3年、ウェブ誌『ジャパンエコー・ウェブ(Japan Echo Web)』の編集長を2010年から2011年まで1年、務めた。ジャパンエコーを定期的に購読していた読者はおそらくまだ覚えておられると思うが、ジャパンエコーは、2009年9月の政権交代で成立した民主党政権によって殺された。鳩山由紀夫政権下、政府事業見直しの一環として、行政刷新会議の事業仕分けが実施され、ジャパンエコーの買い上げ廃止が決定されたからである。これを受けて、外務省は、ジャパンエコーの買い上げをやめ、オンライン・ジャーナルの制作を委託のかたちで実施する、ただし、契約は随意契約ではなく企画競争入札によって業者を選定するとした。これを受けて企画競争入札が実施され、2010年度はジャパンエコー社にジャパンエコー・ウェブの制作が委託された。

日本のさまざまな側面に焦点を

わたしは編集長で、ジャパンエコー社の経営には関与しない。しかし、わたしの見るところ、単年度予算で、しかも、毎年の企画競争入札で、オンライン・ジャーナルを発行するというのでは、ジャパンエコー社の経営は安定しないし、編集委員会を支えるジャパンエコー社の有能なスタッフを長期的に維持することもできない、つまり、別言すれば、外務省の毎年度の広報予算という「官費」を頼りにジャパンエコーを出版するというビジネス・モデルは長期的にもたない、これからは「官費」ではなく「公費」に頼るべきだ、それがわたしの判断だった。幸い、日本財団がオンライン・ジャーナルの長期助成に合意してくれた。新しいオンライン・ジャーナルの出版のために一般財団法人ジャパンエコー(ジャパンエコー財団)を設立する、ジャパンエコー社は2011年度のジャパンエコー・ウェブの企画競争入札に応募しない、それが結論となった。

しかし、外務省は、今年度も、その広報事業の一環として、別の会社に委託契約して、ジャパンエコー・ウェブの発行を行っている。われわれはこれと競合するつもりはない。ジャパンエコー・ウェブのミッションは、「我が国の外交、政治、経済、社会、文化等の幅広い分野における政策や各界有識者等の考え方について、ウェブサイトを活用して広く諸外国に発信する」である。そのため、『中央公論』、『Voice』 ほかの月刊誌から、これは、という論文、解説、評論、対談、インタビュー等を選び、これを英語、中国語に翻訳、紹介している。新しいオンライン・ジャーナルで、この方法はもう使えないし、使うつもりもない。オンラインで、日本語もふくめ多言語で、実質的に『中央公論』のような月刊のジャーナルを、新しく発行する、そして、世界とアジアの動向、日本の外交、政治、経済、社会、文化等について、いまどのような議論が日本で行われているか、それをできるだけバランスよく、同時に、若い世代の人たちの議論に特に注意を払いながら紹介する、それが目的となった。本ジャーナルがジャパンエコー財団を発行主体としながら、そのタイトルを『nippon.com』とするのはそのためである。

編集委員会もこうした趣旨を念頭において編成された。編集主幹に谷内正太郎元外務次官、副編集長と編集委員に宮一穂氏と間宮淳氏の二人の元中央公論編集長を迎えた。さらに、近い将来の世代交代を念頭に、竹中治堅(政策研究大学院大学)、川島真(東京大学)、細谷雄一(慶應義塾大学)、谷口智彦(慶應義塾大学)の4氏に編集委員をお願いした。

nippon.comは、かたちの上では、月刊となる。しかし、オンライン・ジャーナルのもつ柔軟性を活かし、日本の政治、外交、経済等についてはできるだけ臨機に、洞察のあるエッセイ、インタヴュー、対談などを掲載したい。また、近年の日本史、アジア史、日本政治外交研究等の動向、食、ファッション、ゲーム、マンガ、アニメ、映画、スポーツ、科学技術、その他、日本のさまざまの側面に焦点を合わせたエッセイ、インタヴュー等も紹介したい。読者のサポートをお願いしたい。

民主党政権の国家運営

この9月で政権交代2年となる。この2年、鳩山由紀夫、菅直人の2人が首相を務め、野田佳彦がつい先頃、新たに首相に選出された。しかし、それにしても、この2年の民主党政権の国家運営は惨憺たるものだった。鳩山首相は、普天間基地移転問題について、これまで細心の注意を払って積み重ねられた合意を、まるで小さい子どもが積み木でも壊すように、壊してしまった。菅直人は、エネルギー基本計画の見直しもまだはじまっていない段階で、「個人の思い」と言って、「脱原発」を唱え、なし崩し的にエネルギー政策を転換しようとした。

その結果、何がおこったか。例えば、関西で、東北、関東以上に深刻な電力不足がおこっている。念のために確認しておけば、関西の電力不足は震災のためではない。関電の原発11基のうち、6基が定期検査で停止中である。そのとき大飯原発がトラブルをおこしたため運転を停止した。定期検査で停止中の原発が、検査終了後、操業を再開すればなんの問題もない。また、法令上は、それが政府のやるべきことである。ところが、菅首相が九電の玄海原発の再稼働に待ったをかけ、その結果、北海道の泊原発以外、すべての原発は定期検査のあとも操業を許されない。その結果がこれである。

政府の方針を首相が「個人の思い」と言って「政治主導」で棚上げにする。それで電力が不足し、国が住民に節電要請をする。なんのことはない、首相の政治主導のつけを、「お国」のためと、国民が払わされている。しかし、それでも、住民の圧倒的多数は、「お国」のためと、節電し、お年寄りの中には、この夏の暑い盛りに、エアコンも使わず、熱中症で亡くなった人もいる。今回の大震災のあと、日本の社会の強さ、住民の「がんばり」は国際的によく報道された。しかし、最近の政府の振る舞いを見ていると、社会の強さ、住民の「がんばり」が、政治のだらしなさを許している、と思わざるをえない。

政治的リーダーシップの欠如とは日本の政治について、最近、ずっと言われてきたことである。それは誤りではない。しかし、この2年、明らかとなったことは、芸(art)としての政治を知らない人たちが、個人プレーを政治的リーダーシップと誤解して、思い付きで政策決定のシステムそれ自体を壊しているということである。これでは、長期の見通しは立たない。円ドル・レートは1ドル=75円台に達し、史上最高となっている。エネルギー供給の長期的見通しも立たない。日本経済新聞がまとめた2011年度の設備投資動向調査によると、全産業の当初計画は2010年度実績比16.3パーセント増、海外投資は35.7パーセント増である(日本経済新聞、2011年8月8日付)。企業としては、極めて合理的な行動である。いかに政治がひどくても、社会は「がんばる」しかない。しかし、企業は、将来が見通せなければ、外に出て行く。そのつけもまた、社会に来る。

白石隆 ジャパンエコー