「歴史の分かれ目」に期待する

政治・外交

求められる電力システムの改革

日本語では一般に「歴史の経路依存性」と訳されているが、本来であればもっと平明に「歴史の分かれ目」とでも言うべきだろう。今年は、英語でpath-dependenceということについていろいろな機会に考えた。最初はもちろん3・11の大震災と福島第一原子力発電所の事故の時だった。いまではもう誰も使わないけれど、震災直後、御厨貴氏のつくった「災後」という言葉にはそれなりに説得力があった。これほどの国難に直面すれば、政治も変わらざるをえない。衆参ねじれの中、与野党が期限を決めて大連立を組み、震災からの復興・再生、税と社会保障の一体改革に取り組む、そういう可能性が生まれたのではないか、それがある程度の実現可能性のあるものと受けとめられた。しかし、実際には、菅直人首相は、震災と福島第一原子力発電所の事故を専らみずからの政権維持に利用し、政治の行き詰まりは打破できなかった。そしてこの年末、「いつまでも同じ地位に居座ろうとする」「何もせずにダラダラしている」「無意味に粘る」という意味で「菅る(かんる)」ということばが今年の新語の一つとなった。

一方、福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、日本のエネルギー政策は、今まさに「歴史の分かれ目」にある。12月12日開催の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会(委員長=三村明夫新日本製鉄会長)では、省エネルギー、再生可能エネルギーの導入、化石燃料のクリーン化を最大限進め、原子力発電への依存度をできる限り低減させるとする事務局作成の「新しい『エネルギー基本計画』策定に向けた論点整理(案)」がおおむね了承された。また枝野幸男経済産業相は、この会議の席上、発送電分離や総括原価方式のあり方をふくむ電力システム改革について、2012年の早い時期に試案をまとめる意向を明らかにした。

わたしは、今回の福島第一原子力発電所の事故を考えれば、原子力政策の抜本的見直しは課題であると思う。しかし、電力供給のおよそ30パーセントを原子力発電所に依存する現状(ただし、大震災で被災した原子炉の停止、定期検査中の原子炉の運転再開の遅延のため、11月分発受電電力量に占める原子力利用率は20.1パーセントにとどまる)、資源小国日本のエネルギー安全保障、さらには今回の事故を踏まえ、国内的、国際的に原子力発電の安全性を向上させる必要性と日本の責任を考えれば、原子力発電を完全にやめてしまうという選択肢はない。仮に政府が原子力発電からできるだけ早期に撤退するという決定をしたとしても、現にある原子力発電所の多くは何十年にもわたって稼働する。また、廃炉にも新しい研究開発が必要である。国がもうやらないと決定し、日本で原子力発電がまるで将来展望のない産業分野となった時、どれほど多くの優秀な若い人たちが、研究者、技術者として、この分野に一生を賭けようと考えるだろうか。そういう選択肢に実現可能性はない。

これに対し、発送電分離を含む送電部門の規制の見直し、発電部門の競争促進、料金制度改革などは避けて通れない。福島第一原子力発電所の事故対応費用を考えれば、東京電力は債務超過に陥る可能性が高く、政府はすでに総額1兆円規模の公的資本注入を検討している。これが現実のものとなれば、東電は実質的に国有化される。需給状況に応じた柔軟な料金体系の構築、スマート・コミュニティ形成等のためにも、今が抜本的な電力システム改革の好機である。

欧州債務危機と国内の政治状況

12月8−9日、欧州連合(EU)首脳会議が開催された。欧州では、ギリシャに続き、イタリアが深刻な債務危機に直面している。しかし、首脳会議の結果は予想通り、欧州連合のさらなる「ドイツ化」に終わった。すでに債務危機に陥っている国における緊縮財政政策の更なる実行、そして長期的にはきわめて重要なこととして、通貨統合に対応する財政統合の第一歩ともいうべき財政赤字・債務残高の上限設定について(英国を別として)合意を見た。しかし、これは、イタリア、スペイン等がいま直面する債務危機を克服するものではないし、かりに来年のどこか、できるだけ早いタイミングで危機克服のメカニズムが作られ、ユーロの崩壊が回避されたとしても、欧州経済の低迷は避けられない。

一方、中国共産党・政府は、12月の中央経済工作会議で、欧州債務危機も一つの理由として、これまで一年以上にわたって実施してきた金融引き締め策の「微調整」を決めた。中国は2008年の世界金融危機に際し、大規模な公共投資を実施し、これがインフレ、格差拡大、国営銀行、地方政府の債務悪化などのひずみをもたらした。今回、欧州債務危機を受けて再び景気てこ入れに動くことは、こうしたひずみを再び拡大し、そのタイミングは分からないけれども、それほど遠くない将来、経済の大調整の可能性も生まれつつある。

こうして見れば、世界経済はこれからますます厳しい状況になると考えておいた方がよい。そういう中で、日本は、これからいよいよ政治の季節に入っていく。11月27日の大阪市長選と大阪府知事選では、「大阪維新の会」代表の橋下徹氏と松井一郎氏が当選した。府知事選では民主党と自民党、市長選では、これに加え、共産党までが推薦した相手候補(倉田知事候補、平松市長候補)に大差をつけての圧勝である。これは民主党、自民党の2大政党、さらにはこれを支える教職員、公務員等に対する人々の大きなフラストレーションを示すものと考えてよいだろう。渡辺喜美氏の率いる「みんなの党」、国民新党の亀井静香代表などは、第三勢力の結成をめざして、橋下徹氏との連携をすでに試みている。一方、国政のレベルでは、税と社会保障の一体改革がこれからいよいよ政治の争点となる。これについては、また別途、論じる機会があると思うけれども、政府が2011年内をめどに取りまとめ予定の消費税増税を含む社会保障と税の一体改革の素案をめぐって、先号の「論点」で述べた政府・民主党内の「生産性」派と「ばらまき」派の対立がすでに表面化している。これから政治がどうなるかはもちろんわからない。しかし、世界経済がますます厳しくなる中、衆院選挙の可能性はいよいよ大きくなっている。これが政治の行き詰まりを打破する「歴史の分かれ目」となることを心から期待する。 

白石隆