シリーズ 東アジアの中の日本の歴史〜中世・近世編〜
【第1回】東シナ海と倭人の世界

村井 章介【Profile】

[2011.11.15] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | Русский |

14世紀から16世紀にかけて東アジアで活動した「倭寇(わこう)」は、従来、「日本人海賊」と同義で理解されてきた。しかし、「倭寇」の国籍を特定しようとする議論は、その本質を正しくとらえているのだろうか? 

倭寇・倭人と境界人

私は1993年、『中世倭人伝』という小さな本を書いた(東京・岩波書店刊)。版元から依頼されたテーマは「倭寇」だったが、私はそれを「倭人」に読み替えて、日朝間の国境をまたぐ空間で活動する「境界人(marginal man)」として描き出そうとした。

従来「倭」という語は「日本」と等置され、倭寇即日本人海賊と単純に理解されていた。この常識は今もさほど変わってはいないが、私は15世紀の朝鮮の記録から、朝鮮政府が倭と日本とを別のものと認識している事例、あるいは、対馬から朝鮮を訪れる者は民族的には朝鮮人でも「倭人」と呼ばれた事例を示して、そのような理解に疑問を呈した。

80年代後半、日本人研究者から、14~15世紀の倭寇集団の中で日本人は1、2割にすぎず、高麗人・朝鮮人が多数を占めていた、という見解が出され、日韓の学界で議論が起きた。私はその新説に蒙を啓かれつつも、「倭寇は日本人か高麗人か、その割合はどうだったか」といった問題の立て方に、提起者も批判者も捕らわれていると感じていた。そして、国家的、民族的には多様な出自を持ちながら、国家支配の限界領域である国境空間を生活の基盤とするようになった人間集団、すなわち「境界人」にこそ、倭寇・倭人の本質を見いだすべきではないかと考えた。

このような観点からは、海賊行為に重心のある「倭寇」という語は一面的で、交易や漁業や海運の民として彼らをとらえなおし、海賊行為をもその一部として位置づける必要がある。その場合は「倭人」という語がより適切である。それによって、朝鮮王朝の登場で海賊(pirates)が交易者(trader)に転身していった15世紀をも、さらには、海賊=交易者集団が多民族性を増し、中国大陸沿海部をおもな活動舞台とするようになる16世紀をも、一貫した視点で見とおすことができる。

正反対の倭寇イメージ

その後、韓国や中国の研究者と交流を持つ機会が多くなったが、上記のような倭寇・倭人の理解ははなはだ不評だった。近・現代はともかく古代・中世史においては、日本と韓・中の間で見方が鋭く対立することは少ないのだが、倭寇問題がその最たるものであることに直面して、私は困惑した。批判を要約すると次のようになる。

(1)高麗末期の倭寇は純粋に日本人のみの集団であり、高麗社会にとっては100%外部的な存在である。倭寇の実体は戦闘を職業とする中世武士団で、略奪の目的は南北朝内乱という日本国内戦争のための兵粮米(ひょうろうまい)の獲得にあった。(李領韓国放送通信大学教授)

(2)国家間の公的関係の存続は、地域に安定をもたらす善であり、それを攪乱する倭寇や、倭寇に同調する中国沿海人民の超国家性・境界性を強調することは、悪の肯定的評価という倒錯であり、日本側が負うべき責任を忘れた態度である。(王新生北京大学教授)

両者ともに、倭寇を日本人の海賊集団ととらえ、朝鮮/中国の社会に対する外部者とする点で共通している。それによって、帰属の曖昧な境界空間は消し去られ、国家によって統合された均一な内部空間が確保される。国家の支配圏から離脱しようとする内部民は、裏切り者あるいは犯罪者として処理され、その存在によって内部空間の均一性が揺らぐことはない——。こうしたイメージに、近代国民国家による国民掌握の実態あるいは理念が投影されていることは明瞭である。

歴史事象に対する解釈の対立が存在するとき、歴史学がたちもどるべき原点は史料であり、可能なかぎり捕らわれない史料解釈である。倭寇・倭人の場合、圧倒的多数の史料は朝鮮・中国に残された記録だから、そこに現れた同時代の朝鮮人、中国人が何を見、何を語っているかに、まずは眼を注ぎ耳を傾けなければならない。

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  • [2011.11.15]

東京大学大学院人文社会系研究科教授。1949年大阪生まれ。東京大学史料編纂所を経て現職。文学博士。専門は日本中世史、東アジア交流史。2004年8月から2005年1月まで北京日本学研究センター派遣教授。主な著書に『アジアのなかの中世日本』(校倉書房 1988年)、『中世倭人伝』(岩波書店 1993年)、『境界をまたぐ人びと』(山川出版社 2006年) など。

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