シリーズ サイエンス・フロンティア
【国立環境研究所】多様な生物の遺伝情報を未来へつなぐ
[2012.06.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

国立環境研究所(茨城県つくば市)は、絶滅危惧種の臓器や体組織、生殖細胞などを生物試料として凍結保存している。言わば過去の生物の“タイムカプセル”。種の絶滅原因や感染症対策を探る研究に生かされるという。

生息域内外の活動に支えられる種の保全

地球上では数多くの生物が絶滅の危機に瀕(ひん)している。ベトナムでは昨年、一頭だけ残っていたジャワサイが撃ち殺された。オーストラリアでは先日、コアラが絶滅危惧種に指定された。日本でもすでにニホンオオカミなどが姿を消しており、環境省は1500種を超える生物が絶滅の危機にあると警鐘を鳴らしている。

国立環境研究所では生物試料のデータベース化が進んでいる。

ベトナムのジャワサイが絶滅したと聞いても、私たちにどのような影響があるのか、ピンとこないかもしれない。しかし、地球上の生物は壮大な食物連鎖の中で生きている。ジャングルの奥地を舞う鳥も、北極海を泳ぐ小さな魚も、すべては生物を介してつながっていて、一つの種が失われればどこかで均衡が崩れてしまう。自然界でも淘汰(とうた)は起こるが、それが乱獲や森林伐採などの人間活動によって引き起こされてはならない。

野生動物の保全活動に携わる国立環境研究所の大沼学研究員は「種の保全には、生息域内での活動と生息域外での活動をバランスよく行うことが大切」と語る。

「例えば、トキの保全活動では最後の野生種が生息していた佐渡島の自然環境を整備し、“里山”として蘇らせると同時に、中国から譲り受けたトキの繁殖活動を環境省主導で進めました。域内と域外、両方の活動があったからこそ、今では毎年たくさんのトキを自然界に放鳥できるまでになったのです」

「環境試料タイムカプセル」で絶滅原因の解明にも光が

絶滅危惧種の細胞や遺伝子の保存に力を注ぐ大沼研究員。

大沼氏の研究テーマは、絶滅の危機に瀕(ひん)している野生動物種の細胞や遺伝子の保存。まさに生息域外の活動だ。

国立環境研究所では2004年から、全国の研究機関や大学、NPO法人などの協力を得て、死亡した野生動物の個体を感染症の検査後に受入れている。交通事故に遭ったばかりの完全個体もあれば、死後かなりの時間が経過し、体の一部が無くなっている場合もあるという。脳や肺などの主要臓器は丸ごと取り出せる状態であれば臓器サンプルとして残し、皮膚や筋組織は細胞培養に使用する。

「個体としては死んでいても、細胞さえ生きていれば培養できますから、遺伝情報を残すことができます。これまでの研究から、鳥類はおよそ死後3週間、哺乳類はおよそ死後1週間でも、細胞培養できることがわかりました。一見腐敗が始まっているように見えても細胞レベルでは生きている。このことは我々にとっても驚きでした」

個体としては死んでも、細胞レベルで生きている!

生物試料の保存には「環境試料タイムカプセル」と呼ばれる金属製の巨大なタンクを使う。内部は液体窒素でマイナス150~160度に保たれ、外界との接触を最小限に抑えることで試料の変質を防ぐ。この技術を使えば、50年から100年は試料を保存できるという。

保存した試料は、主に生理学的研究に使われる。野生動物は家畜と比べ、格段に生理学的研究が難しい。特に希少種はほとんど研究されていない。しかし、生きた細胞の試料があれば、細胞や遺伝子レベルでの研究は可能だ。

例えば、あるウイルスに対して「この遺伝子型を持つ種は致死率が高い」「この遺伝子型を持つ種は感染しやすいが、死には至らない」といったことが明らかになれば、ウイルスの伝染経路の特定や創薬研究などに生かせるだろう。絶滅種や絶滅危惧種の細胞を使えば、個体数が減った原因を知るヒントが見つかるかもしれない。さらに将来、未知のウイルスや伝染病が発見された場合は時間をさかのぼって研究することもできる。

国立環境研究所では近々、保有する生物試料のデータベースを公開するという。「外部の研究者と情報共有することで、生物試料を使った新しい研究のアイデアが生まれるかもしれない」と大沼氏は期待を寄せる。

すでに3万本を超える試料が“タイムカプセル入り”

収集した試料は、種を守る研究に役立てられる。

大沼氏は以前、マレーシアでオランウータンのリハビリセンターで仕事をしていた。人間のせいで傷ついたオランウータンをケアし、自然に帰す仕事はやりがいがあったが、どんなに手を尽くしても救えない個体もたくさんあった。その命を何かの役に立てられないかと考えていたとき、アメリカのサンディエゴ動物園が動物の組織や細胞を凍結保存していることを知った。

「目の前の個体を救うことも大切ですが、遺伝情報を保存して研究することで、たくさんの個体や種を守れるかもしれないと考えました。アメリカでは生物試料を使ってiPS細胞やクローンを作る研究もしています。今のところ、当所ではそういった研究よりゲノム情報の解析や鳥インフルエンザなどの伝染病に関連した研究に収集した試料を活用し、絶滅危惧種の保全活動に役立てたいと考えています」

2004年に環境試料タイムカプセルの運用を開始し、すでに5基のタンクが3万本を超える試料で満杯になった。あと20年ほどは現在の施設で生物試料の収集を継続できる見込みだ。

国立環境研究所の「環境試料タイムカプセル」。

ここには日本原産最後のトキであるキンとミドリの細胞もある。日本のトキは絶滅したが、細胞レベルではまだ生きている。しかも、その凍結保存した試料が将来、何らかの形で地球環境保全の役に立つかもしれない。マイナス150度のタイムカプセルの中は生命の熱い息吹に満ちていた。

皮膚から培養した細胞(右はヤンバルクイナ、左はトキ)(国立環境研究所提供)。

 

ヤンバルクイナの細胞増殖の様子: 培養を開始したのは死後5日の時点。死亡個体の皮膚や筋組織を使って細胞培養を行い、その細胞はさまざまな研究に生かすことができる(国立環境研究所提供)。

 

取材・文=林 愛子
撮影=ハンス・サウテル

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