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【富士フイルム】写真技術で女性の肌を美しく

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富士フイルム(東京都)は長年培ってきた写真技術をベースに、化粧品シリーズ「アスタリフト」を開発。写真フィルムの独自技術や高度な光学解析技術を用いて、肌の美しさを徹底的に追求した。

写真の色あせ防止策を肌老化対策に応用

カメラ、写真用フィルムなどの世界的メーカー富士フイルムは、2006年から化粧品事業に参入し、2007年からスキンケアシリーズ「アスタリフト」を発売した。抗酸化力の高いアスタキサンチンをメイン成分とする美容液(エッセンスデスティニー)、ジェリー状美容液(ジェリーアクアリスタ)などのスキンケアシリーズから、ファンデーションなどのベースメイクシリーズまで幅広く展開している。その「アスタリフト」は国内にとどまらず、中国・東南アジア諸国、欧州などでも売られ、グローバルブランドとして成長を続けている。

富士フイルムが化粧品を販売することを、不思議に思う人もいるだろう。しかし、アスタリフト開発の背景を知れば、それが極めて自然なことだったと納得できる。

アスタリフト開発に生かされたのは、フィルムづくりで培われた4つの基盤技術「コラーゲン研究」「光解析・コントロール技術」「抗酸化技術」「独自のナノテクノロジー」。(富士フイルム提供)

同社と化粧品を繋ぐ1つ目のキーワードは「抗酸化力」だ。プリントした写真をいつまでも色鮮やかに保存するため、色あせの原因となる紫外線による酸化を抑制する技術を徹底して研究してきた。天然の抗酸化物質として以前から着目していたアスタキサンチンをアスタリフトの主成分としたのも、特別なことではない。紫外線による酸化は、写真の色あせ同様に肌の老化も進める原因であるからだ。紫外線は、メラニンを増加させてシミを作ったり、皮膚の張りを保つ役割を果たしているコラーゲンやエラスチンといった線維状のタンパク質を切断してシワやタルミの原因を生んだりする。

しかし、高い抗酸化力のあるアスタキサンチンは、脂溶性で水に溶けにくく、化粧品に安定して配合するのが難しい。その難題を克服するカギとなったのもフィルム技術だった。写真フィルムを製造する際、約20マイクロメートル(1マイクロメートル=0.001ミリメートル)という極薄のコラーゲンの膜に、光を感知して発色させるなど、微細な100種類以上もの機能性粒子を乳化・分散させ、それを約20層も重ねていく。このナノレベルでの乳化・分散技術を活用することで、アスタキサンチンの微細・安定化が可能になるとともに、肌への浸透性も格段に向上した。しかも、フィルムの材料の半分は、肌の主成分と同じコラーゲン。長年コラーゲンを扱ってきた経験から、肌の潤いやハリに最適なコラーゲンを見極めることができた。

写真1(左)はアスタキサンチンを水で溶いた直後。左ボトルは富士フイルム独自のナノ技術で乳化・分散されたアスタキサンチン成分。ただ混ぜただけの右ボトルは分離してしまってきちんと混ざらないが、左はきれいに混ざる。写真2(右)は富士フイルム独自のナノ技術と従来のナノ技術との差。従来のナノ技術で作った右ボトルが濁っているのに対して、独自技術の左ボトルは澄んでいる。

 

「肌をきれいに見せる」は写真技術の得意技

温度22℃、湿度50%という一定の環境で肌状態を測るための測定室。この室内で20分程度過ごした後、肌の水分量、弾力、油分を計測する。

アスタリフト開発を担当したR&D統括本部医薬品・ヘルスケア研究所研究担当部長の中村善貞さんは、入社以来一貫してフィルム開発に携わってきた人物。研究対象が、フィルムから化粧品へ変わったことに戸惑いもあったというが、それまでの研究を化粧品開発に大いに生かすことができた。

「写真フィルムでは見たままを忠実に再現することが求められているように思われがちですが、人は実際よりも鮮やかで美しい“記憶色”を写真に求めています。特に、女性が写真うつりとして気にするのは肌の明るさや透明感です。このため、写真フィルムでは実際の肌よりもやや明るく再現するよう発色をコントロールしているのです。私たちは長年にわたって肌の美しさを追求してきましたから、これまでの技術の蓄積や視点を使って化粧品開発に取り組むことができました」(中村さん)

写真フィルムやデジタルカメラの写真画像は、光をとらえて色として表現したもの。その高度な光解析・コントロール技術を、化粧品開発にも応用した。電灯の光と屋外での自然光とでは肌色の見え方がかなり違ってしまうが、肌の状態を光学的に解析して、光の吸収と反射をコントロールすることで、どんな条件下でも肌が美しく見えるようなファンデーションを開発した。

すべての商品は自分で使ってみて評価しています。使用感の評価については誰にも負けないと思いますよ」と笑顔で話すのは、アスタリフト開発責任者の中村善貞さん。ファンデーションなどのベースメイク商品ももちろん使ってみる。

また、シミやくすみをカバーするコンシーラーでは、一般的な化粧品開発のように色を重ねる方法ではなく、光スペクトル解析に基づいてシミ特有の黄色光の吸収と反射をコントロール。シミのない肌とシミの部分との色調の差を感じさせなくする“絶妙なつなぎ色”を作り出している。その結果、肌色に合わせてさまざまなカラーバリエーションを揃える必要もなくなり、色を重ねないので不自然なむらもできなくなった。ユーザーから「塗った瞬間シミが消える」と高評価を得ている人気商品だ。

さらに、透明感のない「にごった肌」を光学的に解析すると、目に見えないほどのわずかな表皮層の乱れが原因となり、肌にあたった光の内、戻ってくる光が少なく、不均一であることが分かった。逆に、にごりのない透明感のある肌は、戻ってくる光が多く均一で、文字通り輝いている。こうした研究成果を受け、肌の表皮層をケアするためのスキンケアシリーズ「ルナメア」も、昨年7月から発売した。

フィルム技術からトータルヘルスケアへ

富士フイルムといえば、1988年に世界初のデジタルカメラを開発するなど、写真関連分野で世界をリードしてきた企業だ。しかし、デジタルカメラの台頭とともにフィルム需要は激減。新たな挑戦として、アスタリフトをはじめとした機能性化粧品と、機能性食品(サプリメント)による「予防」、医薬品事業による「治療」と、医療分野の中でも創業当初から手がけているX線フィルム、医療機器から事業を拡大させている。

アスタリフトの二大ヒーローアイテムと呼ばれる「エッセンスデスティニー」(左)と「ジェリーアクアリスタ」(右)

2006年には、「富士写真フイルム」から「富士フイルム」に社名変更。これまでに培ってきた独自技術をベースに、さらに幅広い新規事業を展開。「第二の創業」とも呼ぶべきチャレンジ実現のため、同年4月には、さまざまな技術分野が出会い融合する場として、「富士フイルム先進研究所」を設立した。ここからアスタリフトも誕生した。

「富士フイルムは常に最先端の未知の分野にチャレンジしてきた歴史があり、化粧品開発も決して特殊なことではありませんでした。写真フィルムをつくるなかで培ってきた数々の先端技術を駆使して、これからも新しい分野を開拓していきます」(中村さん)

ピンチをチャンスとして新しい分野で大躍進を遂げている富士フイルム。「事業には寿命があるが、技術には寿命がない」とする同社のチャレンジ精神こそ、ものづくりの推進力だ。

取材・文=牛島 美笛

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