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労働生産環境をビジネス化する未来企業——エーエス

経済・ビジネス 科学 技術

防音・防振・免震によって「労働環境」を守り、その高い技術力で海外進出を果たす。社員の自立心を「情」をもって育てる超プロフェッショナリズムの世界。

世界から高く支持される先見性

エーエスは、70年代、日本で公害が問題視され始めた時期に誕生した企業である。通常、公害対策というと大気や水質汚染などの環境問題への対処を想像しやすい。だが、エーエスは、「防音」「防振」による、人が安全で働きやすい「労働生産環境づくり」に心血を注いだ。自然環境ではなく、労働生産環境への対策に着目したのだ。

早川政光氏労働生産環境づくりに一早く取り組んだ代表取締役社長の早川政光氏。

また昨今では、東日本大震災でも多くの産業や美術品を救った「免震」の技術が、世界各国で採用されている。その先見性が、世界から高い支持を得ている。しかし、エーエスの小さな工場には、目を引く機械も人影もない。「工場ではほとんど物をつくっていません」と語る早川政光社長。では何をつくっているのか。先端技術そのものである。まさに究極のプロフェッショナルな試み。その仕組みとは何か。

難聴者を出さない環境づくりを

1978年、エーエスは、意外にもゴム工業から出発したという。ゴムから労働環境へ、どのようにして展開していったのか。

「エーエスという社名は、もともと『エアスプリング』の略でした。ゴム工業の一部門で、空気バネによる防振装置をつくっていたのです。その部門を新規技術開発事業として独立させて、エーエスにしました。この分野における技術獲得と、顧客獲得の見込みがあったためです。最初はプレスメーカー(自動車のボディ用の鍛圧機械メーカー)の『防音』や『防振』が主な製品になりました」

防音装置防音装置。扉の中は遮音と吸音の二段構えで、騒音を外に漏らさない。

「防音」とは、主にプレスの音を遮断する壁や特殊なボックスづくりである。「防振」とは「上から来る振動を下に伝えない」特殊装置のことである。しかし独立当時、こうしたニーズは予想よりはるかに少なかったという。基本的に企業は生産設備優先で、労働環境への配慮まで費用が回らないのが世の常だからだ。ところが1967年以降、公害対策基本法で、労働者の作業環境にも85デシベル以下という規制値(耳栓なしで難聴にならない程度)が定められる時代になった。

「まず重視されたのが防音です。作業環境が悪いと、難聴になってしまう。難聴者を出さない、というわれわれの思いがいつしか時代に支持されはじめたと思いました。でも、この作業環境への配慮がほんとうに必要とされたのは、ここ10年ぐらいのことです」

その後、「防振」も注目され、時代の流れが変わり始める。大小さまざまな危機管理への対応が「技術」として社会が必要とし始めた。

東日本大震災に耐えた技術の裏付け

「防音」「防振」と並んでもう一つのエーエスの技術がある。「免震」である。「免震」とは、「地震などのエネルギーを下から上に伝えない」装置のことである。この技術が、あの東日本大震災に生かされたのである。

「半導体製造工場のための免震装置を共同開発し、試験的に導入していました。そこに震災が起き、非免震のものはほとんど全てが駄目になりましたが、免震のものはまったく問題ありませんでした。周囲の驚きを呼び、今では、生産が間に合わないぐらいのオーダーがあります」

さらに美術館の美術作品やサーバー装置など、繊細なものにも免震が必要になる時代である。「美術館の場合はいかに目立たずに納めるかが重要です。装置が『免震です』なんて堂々と表に出てはいけませんから。実は、国立西洋美術館のロダン作『考える人』の下にも、エーエスの免震装置があるのです」

美術作品の免震装置美術作品の免震装置。社長自らが説明し、その仕組みの細部を熟知している。

この「免震」の原理とは、どういうものなのだろうか。

「ここに美術品を上に置く台があります。普段は展示台の形をしていて、地震があると四方に開き、内蔵されたレールと車輪が振り子の原理で動きます。前後・左右の二段構造により、斜めを含む全方向に揺れを逃がすのです」

TCR免震方式構造

TCR免震装置は振り子の原理を用いた車輪とレールのシンプルな構造の組み合わせでできているものが特徴的です。
TCRは「TUNED COBFIGURATION RAIL」の頭文字を取ったもので、TCR免震装置とは設定が調整されたレールで構成されている免震装置のことです。

免震装置説明図免震装置説明図(会社資料より)

レールの車輪エーエスの免震装置は、揺れがあるとレールの車輪が大きくスライドする。

99%外注、全行程を把握するプロフェショナル集団

こうした先見性のある製品をつくるには企業の組織体制が問われる。「技術そのものを売る」攻めの体制が当然必要となってくる。

「われわれは、ものづくりの99%を外注し、自社の工場ではほとんどなにもつくっていません。つまり製品の『全体設計(設計図から施行)、進行管理、最適コスト化』に的を絞り、そしてその『特許』をとっています。これが小社の戦略です。特許で一番多いのは免震関連です」

いわば「技術集約型」の集団である。では、その社員育成はどのようなものなのか。

「社長任せでは、若い人は絶対に育ちません。技術については頃合いを見て責任者に抜擢し、すべて任せるようにしています。『君が本部長だ』と言って。最初は誰でも躊躇しますが、そうしないと本人も育たないし、甘えも出てきます。社員は、指導より経験で成長するのです」

「目標は、全技術員が、防音・防振・免震において設計ができ、納期に納められるプロフェッショナルになることです。製作現場も、見られる人間になってほしい」

「課題解決」を売りにし、「義理人情」で押す

このエーエスの企業精神とはどのようなものなのか。

「古い言葉ですが“義理人情”が好きです。世の中には会社に恩を感じる人もいれば、割り切りのいい人もいる。恩がないと、やっぱり寂しいですから、できれば義理人情に厚い会社でいたいです。顧客にも、われわれはもの、つまりハードだけを売っているつもりはありません。ハードを納めた後、『音が下がる・振動が下がる・地震が来ても問題ない』という価値を買っていただいている。エーエスが提供するのは『課題を解決する』という新しい価値なのです」

今回の震災では、顧客からたくさんの感謝の言葉を送られたという。海外では「うまくいって当たり前」というドライな価値観もある中、「その感謝の言葉は本当にありがたい」と社長は言う。その裏には、日本人の古くからの相互の情を重視する労働観がにじみ出ているように思える。

「2011年、北京に事務所を出しました。美術館・ITサーバー向けの免震が狙いですが、産業用の防音・防振でも動きを早める予定です。アメリカ、ブラジル、ASEAN地区、アジア、アフリカでも導入されています。これからの事業だと思います」

身近な仕事場の危機管理を考え、問題解決をする企業。「人情」を重視しながらも、情を理性的な「技術」として落とし込む、しなやかな未来企業の今後に注目したい。

早川政光 社長の一言
「情(JYO)」という情熱 (代表取締役 早川政光)
英語でいえばPassion 。情熱、それと義理人情です。私の情が深いというより、お客さんや社員が「情」の感覚を持っていて、会社を支持してくれているように思います。情があるからこそ付き合いができる。私が現場と付き合う技術職から社長になれたのも、お客さんの情のおかげだと思います。
企業データ
  • 株式会社 エーエス
  • 住所:〒131-0034 東京都墨田区堤通1-18-26
  • 代表者:代表取締役社長 早川政光
  • 事業内容:防振、除振、免震装置、衝撃防止装置、防音装置、各種空気バネ応用機器の設計、製造ならびに販売/省力機械、機器、装置の設計、製造ならびに販売/振動、騒音の測定、解析業務/上記各号に附帯する一切の業務
  • 資本金:8500万円
  • 従業員数:70人
  • ウェブサイト:http://www.a-sys.co.jp/

取材=津田広志・今野綾花
写真=鍵岡龍門

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