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医療、福祉の新分野に挑む発想力——安久工機
[2012.02.17] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

製品の基となる「プロトタイプ」「試作品」をつくり続ける安久工機。町工場地帯・東京都大田区のシンボルであり、医療、福祉分野など、日本の新しい経済成長分野を支える安久の挑戦とは?

人工心臓のプロトタイプを作る

安久工機は1969年の創業以来、製品の基である「プロトタイプ」や「試作品」を作り続けている。対象は企業、大学からのオーダーである人工心臓、視覚障害者用の触図筆ペン、パタコーン(折りたたみ式カラーコーン)など多岐にわたる。しかも前例のない製品がほとんどだ。そのユニークな「発想を形にする」仕事は、まさに日本のイノベーションそのものである。

東京大田区の町工場地帯の1工場で、アメリカのシリコンバレーのような恵まれた環境があるわけではない。しかしその開発への挑戦は、医療や福祉など、日本の新経済戦略の分野で革新的な成果を挙げている。

血のかたまりのように見えるのは、人工心臓装着モデル。この製品の動きをスムーズにすることに心血を注いでいる。

安久工機の工場の中は、油にまみれた、どこにでもある工場だ。しかしよく見ると、赤い血肉のような固まりが、作業台に置かれている。「これは人工心臓のプロトタイプです」と田中 隆社長は説明した。

「早稲田大学依頼の人工心臓のプロジェクトに参画しています。ポンプの中に膜があり、空気圧で血液を送り出す仕組みになっています。血栓ができると脳梗塞や腎不全を引き起こすので、血液がスムースに流れるために素材選びを慎重にし、特にパーツの接続部分のコーティングなどは神経を使います」

命にかかわるものだけに、血液の流れがスムーズに動くようにしなければいけない。安全を担保しながら、顧客である大学側が求める「動き」に近づけていく。顧客が製品に求めるのは、一言で「シンプルで、正確で、安く」だという。その要求に応じるために、社長は、人工心臓の研究で早稲田大学大学院の博士号を取得している。モノにならない製品は、無駄なオプションが多く、費用がかかる割には精度が低いものは研究が足りない。この違いこそがプロダクトの価値を決めるという。

組み合わせを変えることが発想だ

安久工機の特許製品「パタコーン」。先端部分をつまめば簡単に折りたためるカラーコーン。海外の企業から注目されている。

安久工機の高価値を実現する困難さは、製作歳月の長さが雄弁に物語っている。人工心臓ポンプ開発には、10年以上の年月を費やした。パタコーン製品化では5年、また視覚障害者用のペンづくりでは8年。試行錯誤の限りを尽し、まさに悪戦苦闘。どのような気持ちで仕事に取り組んでいるのか。

「まずは、きれいごとかもしれませんが人の役に立つものをつくりたいと思っています。特に視覚障害者やリハビリ、福祉施設などで貢献したいです。加えて、ニッチなところで付加価値をつけていかなくては大企業には勝てません」

そうした思いが、発想や技術にも転化されていく。経済産業省が選ぶ「世界トップレベルのベンチャー企業7社」に選定された技術力とは何か。意外な答えが返ってくる。

「実は安久工機には、得意な技術はありません。一般的な機械要素をうまく利用して、製品にするだけなのです。機械要素の常識にとらわれず、新たな組み合わせを常に模索する、その妙が安久の独創だと思っています。『普通だったらこれ』という固定概念ではなく、意外性のある方法で問題を解決するのです」

先代から捨てずにためている工具や部品は、安久工機の発想の素。

新しいものを一からつくり出すのではなく、「別のものを組み合わせる」。ITなどの先端企業の多くが、この新しい組み合わせ(クロスオーバー)の発想によってイノベーションを起こしていることと相通じるものがある。

「そういう発想の素は、ミリ単位でサイズの違う部品の収集から始まります。前の行程で使った部品を、工場の引き出しにストックし、いざというときにすぐ試作品の部品として使う。一見、「無駄」と見えるもの(部品)こそが大事で、それらを組み合わせることが新たな可能性を生みだすのです」

ネットワークをつくってリードする戦略

それにしても、なぜプロトタイプや試作品なのだろうか。

「大量生産品は地方の安い工場に注文がいく厳しい現実があります。反対に都心では、その原型となる試作品やプロトタイプの開発ができる産学協同などのネットワークが作れ、企業として生き残り、発展できます。さらに安久には、大田区の50社以上の加工業者とのネットワークがあります。それぞれの加工技術の得手不得手を把握して、共同でよりよいものが開発できます。

歩いていける距離で、密なつながりを持っています。『安久ならできるかもしれない』という話が来て、私が内容を見て試作の段取りを行い、適した加工屋に仕事を振るのです。顧客や加工屋を『橋渡しする役』です。そうしたネットワークによって、高い技術が築かれています」

通常は顧客、会社、下請け、孫請け……という上から下への流れがあり、末端の加工業者がアイディアを持っていてもなかなか実現できないのが実状だが、安久工機はまさにその逆をやる。産学協同で、地域連携をしてリードする「ネットワーク型企業」である。そのネットワークの中から今日も障害者用の「触図筆ペン」など独創的なものが作られていく。

視覚障がいの子ども用の触図筆ペン。みつろうの芯がインクとなる。「厚生労働省 平成22・23年度障害者自立支援機器開発促進事業」の対象となった。

「このペンは、もともと香川県立の盲学校の美術の先生から提案があり、開発したものです。当初は毛筆で、すぐ固まってしまったり、ロウがポタポタ落ちてしまい、大変、開発に苦労しました。蜜蝋粘土を固めて芯にして、20秒程度で固まる手法を苦心して開発しました。いわば『触れるペンユニット』です」

最後に、こうした独創的な製品を作るために、どのような顧客との関係性を築き上げているのか、聞いてみた。
「私たちは、お客さんから『頼まれたこと、言われたことをやっていればいい』とは思っていません。逆にこちらから提案しています。いいものを作るためには、お客さんにへつらうのではなく、対等な立場でストレートに意見を言わなくてはいけない。たとえ相手がお医者さんでも、話し方を変えたりはしません」

下請け企業に甘んじるのではなく、対等な関係から新しいプロトタイプを生み出す。これからの新産業をつくる新しい日本の企業の姿が見えてくる。

田中隆 社長の一言
「尽(JIN)」の心を持て (代表取締役社長 田中隆)
会社を表す一文字は「尽」。何事に対しても誠意を尽くしています。仕事ではネットワークを最大限に使って、できることをやり尽す。お客さんも喜ぶ。「お客さんからの仕様に“ひとあじ”加えたい」と思っています。実験精神ではありません。良い意味で「受身」に、虚心坦懐の精神でやっています。「尽す」ことは、開発への究極の試行錯誤なのだと思います。(左図の『尽』は、視覚障がいの子ども用の触図筆ペンで書かれた)
企業データ
  • 有限会社安久工機
  • 住所:〒146-0092 東京都大田区下丸子2-25-4
  • 代表者:代表取締役社長 田中隆
  • 事業内容:機械設計・精密機械部品加工・治具製作/各種専用機・試験装置の設計製作/各種材料の加工/その他試作開発等に伴う設計製作
    受賞歴:経済産業省が選ぶ「世界トップレベルのベンチャー企業7社」に選定/警察装備資機材コンクール長官官房長賞受賞(折りたたみ式カラーコーン「パタコーン」)/大田区新製品コンクール特別賞(触図筆ペン)
  • 資本金:1000万円
  • 従業員数:6名
  • ウェブサイト:http://www.yasuhisa.co.jp/

取材=津田広志・今野綾花
写真=鍵岡龍門

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