シリーズ メイド・イン・ニッポン企業
世界最多の長寿企業を持つニッポン
―老舗企業に見る企業永続の秘訣を探る―

舩橋 晴雄【Profile】

[2013.08.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | العربية | Русский |

日本には創業百年、二百年を超す企業が多数存在する。その多くは何代にもわたり同じファミリーが受け継ぎ、守り、発展させてきた企業だ。シンクタンク「シリウス・インスティテュート」代表取締役の舩橋晴雄氏が、長寿企業の生き方とその背景を解説する。

創業百年以上の企業は約2万社

わが国に数多く残る長寿企業の生き方は、人類が今向かっている新しい産業社会や企業のあり方に、何がしかの示唆を持つものと思われる。なぜなら、彼らこそが持続可能性を「最も重視すべき価値」と考えてきた人間集団だからである。そこで、この長寿企業の生き方について、以下考えてみたい。

わが国には多くの長寿企業が存在している。その多くは何代にもわたって同じファミリーが受け継ぎ、守り、発展させていったものである。ある統計によると、全国124万社のうち、創業百年以上の会社が約2万社、このうち二百年以上が約1200社、三百年以上が約400社、五百年以上が約30社、千年以上が7社とされている。

長寿企業が多く存続している業種の傾向としては、(1)生活密着型の業種であること(2)ファミリー単位の事業であること(3)伝統文化と共存してきたこと――などが挙げられるだろう。

上記(1)は食品や薬品、即ち日本酒、和菓子、醤油、味噌、漢方薬などである。このような生活必需品関係が奢侈品、贅沢品よりも強いのは当然であろう。

(2)の典型例は、旅館とか紙漉師、鍛冶師、鋳物師などの職人的な技能を要する分野である。ファミリー単位で事業を継続し易いものは、世の中の変化に対する適応力が強いと考えられる。

(3)は、天皇家、大名、寺社仏閣、茶の湯、華道や能などの伝統文化に必要な材料や道具を作成し続けている事業で、最も知られているのは「千家十職」と呼ばれる茶の湯の道具を作成し続けてきたファミリー企業群である。

日本に長寿企業が多数存続する理由

なぜわが国には多くの長寿企業が現存しているのか、その理由を日本の置かれた地理的条件、過去の歴史の中で形成されてきた思想や宗教観、独特のビジネス観・企業観という三つの角度から考えてみたい。

第一に日本の風物風土。大海に孤絶した列島であることと、温暖で雨が多く、狭い割には変化に富んだ地形をなしていることをその特徴に挙げることができるであろう。大海に孤絶していたということは、異民族の侵入を受ける危険が少なかった(わずかに「元寇」のみ)ということであり、絶えず異民族の侵入にさらされた中国やヨーロッパなどの大陸国家とは著しく異なる点である。また、温暖で雨の多い気候は、米作を可能とし、狭い国土の割りには多くの人口を養うことを可能にした。さらに、変化に富んだ地形は一種の保険としての作用を果たした。

第二に、日本人の思想や宗教の中に異質のものを排除するのではなく、共存共栄を目指すといった考え方があった。その最も象徴的な表れが、元首としては世界で最も長い歴史を持っている天皇家の存在であろう。わが国には中国の伝統的思想である「易姓革命」という発想はなく、天皇家は「万世一系」であることが前提となっている。

また、思想的雑居性ともいわれているが、神・儒・仏の平和的共存の中で日本人は生きてきたことである。このような世界では、一神教の世界で生じるような排他的な血で血を洗うような宗教戦争は起こりようもなく、現に起こっていない。無原則で不徹底ともいえるが、それは一方において和を重んじ寛容を大切にする風土を生んだのである。

日本酒好きなら知らぬものはない「飛露喜」の“無濾過生原酒”。 無濾過生原酒は保存が難しく出荷数が限定されているため、一部の地酒専門店でしか手に入らない “幻の酒”としても知られている。蔵元の「廣木酒造」は、福島県の会津盆地の西側、会津坂下(ばんげ)町で、江戸時代中期から続く老舗。

(撮影=鵜澤 昭彦)

日本人のビジネス観・企業観も影響

第三に、日本人の独特なビジネス観・企業観がある。すなわち、日本人はビジネスの目的を単なる金儲けではなく、社会的な意義があるものと考えてきた。また、日本人は企業組織を所有の観念では考えてこなかった。われわれは、企業はまず家業であり、代々受け継ぐべきものとして考えてきた。長寿企業の経営者の何人かは、自分たちはリレー競技のランナーのようなもので、先代から受け継いだバトンを後代に間違いなく伝えるのがその使命だ、ということを話している。

さらに、企業のオーナーもしくは経営者が企業は金儲けの道具でしかなく、自分が何でも好きにしてよいものだと思わないのと同様、そこに働く従業員もまた企業を自分がそこで労働を切り売りして生計の資を得るためのもの、あるいは企業は資本家のもので、資本家と労働者は敵対的な関係にあるものだ、というふうには考えていない。

多くの日本人は企業の中で、あるいは職場で、自己実現、自己充足が得られることを期待して仕事している。お金は大切だがお金よりも大切なことは、自分がいかに充実した職場人生をそこで送れるかということだと考えている。こういう考え方に立てば、当然従業員は会社にそれなりの愛情を感じることとなる。

以上のように、日本人のビジネス観・企業観は企業の永続を促す方向に作用してきたものと思われる。

企業永続の8つの法則―明確な使命と長期的視点

とはいえ、すべての企業が生き残ってきたわけではない。数多くのリスクを乗り越えつつ生き残ってきたのは、限られた企業群なのである。では、これら個々の企業に即して考えてみた時に、その永続の秘訣はどこにあったのか。

第一は、明確な使命やビジョンを持っているということである。その事業の目的は何なのか、自社の失ってはならない強みは何なのか、経営者あるいは事業を継ぐ人として心がけるべきは何なのか、ということについて、明快な指針があり、実践がある。指針とは、家憲・家訓のような形ではっきり書かれたものを残しているところもあれば、口伝・秘伝のように後継者だけに代々伝えていくというようなこともある。

また、創業者のエピソードや言動であったり、その価値観を象徴する何らかの行為や儀式を伝える形であったりもする。しかしながら、ほぼ例外なしに言えることは、企業の目指す価値観や基軸のない長寿企業は存在しないということである。

第二は、事業を長期的視点に立って経営する、ということである。そもそも長寿企業には、歴史の重みというものがある。二百年続いた企業は二百年先を、五百年続いた企業は五百年先を見通すのである。従って経営の基本は短期的な利益優先、金儲け優先ということではなく、長期的繁栄を目指すということになる。

そして、長期的繁栄の証拠である暖簾(のれん)を守ることを最優先するのである。「のれん」はもともと日除け、泥除けのために使われていたものだが、次第に店のマークが染めぬかれていることから、企業の信用を表すものとなった。従って、この「のれん」を汚すこと、即ちブランドに傷をつけることが最もしてはいけないこととされる。

福島県会津若松市にある老舗旅館・東山温泉の「向瀧(むかいたき)」。江戸時代は会津藩の保養所として利用され、1873年に旅館として創業。伊藤博文ら明治の元勲から野口英世博士、歌人与謝野晶子、最近では小泉純一郎元首相まで、多くの著名人が訪れている。明治の面影を残す木造数寄屋建築は、国の登録有形文化財。

(撮影=鵜澤 昭彦)

人材重視の人間経営、顧客志向に社会性

第三の原則は、人間をまず先に置く経営、いわば人間経営である。 多くの長寿企業においては、従業員は単なる部品ではなく、成長する主体と捉えられている。従って企業内教育に熱心であり、長期的視点から人材の見極め、登用が行われていた。中には、従業員と家業は一体となって繁栄を目指すことを、わざわざ家訓などに明示しているところもある。

一方において経営者の側も、人材重視の姿勢が貫かれてきたことにも留意すべきであろう。特に、コーポレートガバナンスについては、多くの企業で経営トップとして資質や意欲を欠くものを排除する仕組みが考えられてきた(後継者の見定め、帝王学の実施、親族会議の場での失格者の排除)。さらに所有と経営を分離し、今日でいう執行役員制度に近い仕組みもとられてきた。

第四に、顧客志向の徹底である。企業は大小を問わず、顧客の存在があって初めて成立し、持続できるものであることはいうまでもない。しかし、利益に眼がくらんだり、老舗に胡座をかいて顧客のことをおろそかにしがちなのも、長寿企業の深く戒めるところである。

第五に、社会性というべきことである。これはその携るビジネスが社会から非難されることがないというような当たり前のことではない。より積極的に事業を通じて公へ貢献してゆくという姿勢が基本となっている。

変化を恐れず、質素・倹約

第六に、変化を恐れず絶えざる革新を目指す姿勢である。過去の成功体験からの脱皮と言ってもよいだろう。社会の変化、顧客のニーズの変化に合わせて変えていくべきものと、変えてはいけないものとを見極め、時として思い切って自らを変えていくこと、それが長寿の秘訣であることは間違いない。表現ぶりは様々だが、例えば「脚下照顧による現状否認」「不易流行」「老舗の新店」「各代ごとに必ず新しいことを一つやれ」などの例がある。その思いは一つ、いかに生き抜いていくかということにある。

第七に、質素・倹約の勧めである。わが国ではもともと資源を浪費することは「もったいない」こととして、たしなめられる対象であった。企業経営に当っても、そして自らの生活においても、強く説かれたのは質素な生活の励行と、倹約の勧めである。そして、この際必ず始末倹約は吝嗇(りんしょく)と違うということが強調される。

始末倹約は将来の投資のためにお金を節約することであるのに対し、吝嗇は物惜しみをしてお金を貯めること自体を目的とするものである。さらに大切なことは、質素倹約の励行ということが、その実践者である経営者や企業を向上させ、事業に不可欠な正直で誠実な組織風土を形成するのに大いに役立つという点である。

寺院の梵鐘(ぼんしょう)づくりで国内シェア70%を占めるメーカー・老子製作所。富山県高岡市にある創業200年の老舗企業だ。これまでの納入先は、西本願寺や三十三間堂、成田山新勝寺、池上本門寺など名刹・古刹が並び、海外からの引き合いも来ている。

(老子製作所提供)

価値観を継承する努力

そして、最後の原則は、上記の価値観や経営のあり方を組織内で維持し、継承してゆく努力を怠らないということである。長寿企業では様々な機会、手続き、儀式などがあり、このような場を通じて、事業が伝えてきた価値観、創業者やファミリーの記憶、困難な時代を手を携えて生きてきた従業員との紐帯、そのようなものを思い出し、噛みしめ、さらに後代に伝えていくことに努めている。

以上を要約すると、“企業長寿の法則”はその生きる目的・ミッションを明確にし、適度な競争条件と社会の変化へ適応する能力を持ち、ステイクホルダーを重視して、「企業も社会の一員である、社会とともに生き社会に生かされているのだ」という気持ちで、長期的に自らの能力を高める努力を続け、かつ質実に世を渡ってゆくーということである。

(参考)舩橋晴雄『新日本永代蔵―企業永続の法則―』(日経BP社/2003年)、英語版 Timeless Ventures: 32 Japanese Companies that Imbibed 8 Principles of Longevity, Tata McGraw-Hill, 2009.

※この記事の各論として、日本各地の老舗企業を随時、掲載します。(nippon.com編集部)

江戸庶民に親しまれていた食材の一つが「どじょう」。頭から尾まで丸ごと食べるどぜう鍋は、栄養豊富なスタミナ源として食されてきた。1801年創業の「駒形どぜう」は、江戸の料理と雰囲気を楽しめる貴重な名店だ。1964年に建て替えられた現在の建物は、江戸時代の姿をそのまま再現している。

(撮影=加藤 タケ美)

タイトル写真=歌川広重「岩城舛屋前の賑わい」(PPA/アフロ)

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  • [2013.08.19]

1946年東京生まれ。東京大学卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省副財務官、国税庁次長、証券取引等監視委員会事務局長などを経て、2002年国土交通省国土交通審議官を最後に退官。2003年経済倫理・企業倫理を専門とするシンクタンク「シリウス・インスティテュート株式会社」を設立、代表取締役。主な著書に『日本経済の故郷を歩く』(中央公論新社)、『新日本永代蔵』(日経BP社)、『「企業倫理力」を鍛える』(かんき出版)、『古典に学ぶ経営術三十六計』(ウェッジ)など。

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