シンポジウムリポート

国際会議「フォーラム2000」(パート2):藤原帰一が語る「民主主義と法の支配」

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2011年のフォーラム2000は「民主主義と法の支配」をテーマに開催された。日本からの参加者の1人である政治学者の藤原帰一・東京大学教授は、パネルディスカッション「アジアにおける法の支配」で基調講演を行った。

旧ソ連・東欧とアジアの民主化を比較する


藤原 帰一
FUJIWARA Kiichi

東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門は国際政治、東南アジア政治。1956年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得中退。著書に『デモクラシーの帝国―アメリカ・戦争・現代世界』(岩波新書/2002年)、『新編 平和のリアリズム』(岩波現代文庫/2010年)など。

――藤原さんはパネルディスカッションでどのようなお話をされたのですか?

「アジアにおいて民主化は法の支配を強化してきたか」(Has the transition to democracy enhanced the rule of law in Asia?)というテーマで話しました。「民主化」という言葉は、独裁政権の打倒と民主的制度の形成という2つの現象を指します。この2つは同じ民主化といっても、性格が異なります。独裁政権を打倒しただけでは、統治の仕組みに大きな変化が生まれるとは限りません。旧ソ連・東欧諸国のように、独裁政権を倒すという意味での民主化は一応達成されても、共産党支配が倒れた後、前の体制の中で活動していた人々が復活したり、あるいは官僚機構があまり変わらなかったりということが多くあります。「これが民主化だったのか」と幻滅するような変化が起きたり、あるいは変化が乏しかったりするのです。

また、民主化といっても、議会制民主主義は一票の平等は与えますけれども、それによって法の支配に基づいた統治を実は保障しないのです。フォーラム2000では「ロシアにおける法の支配」という別のパネルディスカッションがあったのですが、ロシア人のパネリストが、開口一番「答えは簡単だ。ロシアには法の支配はない」と述べていました。プーチン政権になってから権威的な支配の復活がさまざまな形で見られることを念頭に置いた言葉と見てもいいでしょう。

民主化を達成した国が抱えるこのような課題は、私にとっては馴染みがあるものでした。アジア諸国が民主化の過程でそれを経験してきたのを見てきたからです。そこで、私の講演では、アジア諸国における民主主義と法の支配がどういうもので、旧ソ連・東欧諸国と比べて何が言えるのかという問題提起をしました。共産党の独裁体制が倒れた国であれ、軍事独裁が倒れた国であれ、そこで生じる問題、例えば議会制民主主義の枠内で政府の指導者が実質的に大きな権力を保持して法の支配が歪められていく問題は共通しています。

アジアでは、かつての韓国の大統領制についてこの問題が指摘されました。他方、旧ソ連・東欧の人々には、現在のロシアの問題だとすぐにピンとくるはずです。アジア諸国の民主化について我々が学び、考えてきたことを紹介することで、アジアは独自だということではなく、歴史と文化が違っても、新興民主主義国が抱える課題はよく似ていることが聴衆に理解してもらえるだろうという気持ちで話しました。

パネルディスカッション「アジアにおける法の支配」のパネリスト。左から藤原氏、スティーブン・ガン氏(マレーシア)、マリテス・ビトゥッグ氏(フィリピン)、スレンドラ・ムンシ氏(インド)、笹川陽平日本財団会長(写真=フォーラム2000財団)

結果として、アジアについてあまり知識がない人々も非常に熱心に聞いてくださり、様々な質問を受けました。このフォーラムに参加した甲斐があったと思いました。

――単に自分の国や地域の話をするだけではなくて、他の国や地域の課題と結びつけることは大事ですね。

国際的な議論の場では、他の参加者と関心が重なる事柄を提示することで、文化の違いを踏まえつつも、国や地域を横断した議論ができると思っています。今回、私はあえて日本の話はしませんでした。こういう時に日本人は日本のことを話すのが仕事だと狭く考えてしまうと、相手との対話が成り立たないですから。相手が関心を持っていることと自分が関心を持っていることの重なっている部分をとらえて、それをさまざまなバックグラウンドから議論していくことが重要だと思っています。

「無用の学の用」

――フォーラム2000は、政府間の政策議論とは異なる国際的な議論の場という特徴を持っていますが、その意義をどうお考えですか。

いくつかの意味があると思います。1つには、私のような実務家ではない人間が参加することです。私たちは政府の利益などを背負っていませんから、政府間の協議ではあまり議論できないような大きな問題を提起することができるわけです。国際的な問題を政府間の案件処理とは違ったところに持ってくることができる。これが政府関係ではない人間が参加するメリットです。

もう1つ大事なのは、すぐに答えは出ないかもしれないけれども考えなくてはいけない問題を議論することです。米国のプリンストン高等研究所では、通常の学問よりもさらに長い視点で、すぐ役に立つかどうかわからないテーマを議論しています。私の先生の1人で、同研究所にいらした斎藤眞先生は、こうした学問のあり方を「無用の学の用」とおっしゃりました。一見したところは役に立たずとも、答えなければいけないけれども答えは容易に出てこない課題について考える空間を作っておくことは重要です。ハベル元大統領亡き後も、フォーラム2000はそういう場であり続けると思います。

聞き手=近藤 久嗣(一般財団法人ニッポンドットコム理事)
撮影=加藤 タケ美

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