シリーズ シンポジウムリポート
パブリック・ディプロマシーの時代(2):敵国から友好国へ
[2013.12.02] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL | Русский |

「国益から国際益に向けて」をテーマとする第1セッションでは、戦後ドイツ外交との比較検討などを通じて、日本のパブリック・ディプロマシー(広報文化外交、以下PD)の在り方を討議した。モデレーターは、城西国際大学招聘教授のアンドリュー・ホルバート氏。

第1セッションでは、基調講演を行ったライシャワー東アジア研究所所長のケント・カルダー氏に加えて、ジョンズ・ホプキンス大学・米国現代ドイツ研究所シニアフェローのリリー・ガードナー・フェルドマン氏、慶応義塾大学・環境情報学部の渡辺靖教授の3名のパネリストが、戦後のドイツ外交における経験を振り返りながら、日本のパブリック・ディプロマシーの現状と今後の在り方を討議した。

「敵対から友好へ」を一貫して追求

ドイツ外交政策、国際的和解などに関する専門家であるフェルドマン氏は、パブリック・ディプロマシー(広報文化外交、以下PD)には二つの意味があると指摘した。ひとつは政府の公的努力としてのPDであり、国際社会に好意をもって受容されることを目的とする。もうひとつがNGOなどの非政府組織が主導する活動で、パラディプロマシー(paradiplomacy)、あるいは国境を越えた活動の意味でトランスナショナリズム(transnationalism)と呼ばれる。PDが成功するには、政府のNGOなどの民間部門のパートナーシップが必要だと指摘した。

フェルドマン氏は、戦後ドイツが一貫してとってきたPDの成功経験を、制度や文化、歴史が違うことを踏まえた上で共有し、比較検討することは、日本のPDの方向性を論議するにあたって有意義ではないかと述べた。

1949年以降、ドイツは国際社会で好意的なイメージを構築するために、積極的な努力を行ってきた。まず焦点となったのは、ユダヤ人との関係をどうするかという問題だった。長年にわたる継続的努力の結果、この10年ほどで、イスラエルから「ドイツはイスラエルにとって、米国に次ぐ第2の友人だ」と認められるほどの信頼関係を築いた。「ホロコースト後70年ほどで、こうした関係が築けたのは奇跡とも言えます」とフェルドマン氏は強調した。ほかの成功例としては、「伝統的な敵国」であったフランスとの和解、冷戦後のポーランド、チェコスロバキアとの友好関係の構築を挙げた。

過去に真正面から向き合う「勇敢なリーダーシップ」

ドイツにとっては、過去の犯罪に関して責任を受け入れ、歴史問題に正面から取り組むことが、PDの本質でもあった。

こうした成功を導いた戦後ドイツのPDの主な特徴を、フェルドマン氏は何点かに集約した。政権交代などに左右されない一貫性、相手国も積極的に関与する相互的アプローチ、そして、かつての「敵」との友好関係構築で市民社会が触媒的役割を果たしたことなどだ。東西ドイツ統一後は拡大ドイツに対する周囲の脅威を払しょくするために、一層積極的にPDを推進したという。

もちろん、「敵意から友好へ(from enmity to amity)」を実現する道のりは決して平たんではなかった。国内からの反発、抵抗は頻繁に起こり、その中で「ビジョンと勇気」をもってPDを推し進める政治的・社会的リーダーシップが必要だったとも指摘した。「勇気あるリーダーシップ」の代表例としては、抵抗勢力の声にも留意しながら、1951年にイスラエルとの補償交渉を開始したコンラート・アデナウアー首相を挙げた。

日本のPDにとって重要なポイント

『文化と外交』(中央公論新社)などの著書がある渡辺靖・慶応義塾大学教授は、東日本大震災後の日本の広報文化外交の在り方をめぐる有識者会議のメンバーとしてさまざまな議論を重ねた経験から、PDを考えるうえで重視すべき点をいくつか指摘した。

まず挙げたのは、相手国の挑発に乗らないことだ。反論が必要な場合でも、過剰な反応をすれば結果的に国益を損ねることになりかねない。また、PDにはまず相互理解、親近感醸成の基層があり、その上で初めて政策広報が成り立つという2層のレイヤー構造になっているが、現状では上層のみに関心が集まり、知的対話、文化交流などの基層がおろそかになっていると述べた。

もう一つの指摘は、国家のイメージを政府がコントロールすることはできず、だからこそ政府だけがPDを担うプレイヤーではないという点だ。例えば日本国内で最近増えているヘイトスピーチに関して安倍首相がどんなに批判しようと、映像はYouTubeなどを通じてどんどん世界に発信されてしまう。

さらに、「国際益」と「国益」を2項対立的に考えるべきではないこと、PDを推進する際に、他国を意識して文化や芸術発信の「競争」にはしるのではなく、競争を協調に変えていくメカニズムを生み出すべきだと述べた。特に、緊張が続いている近隣諸国との間では、ゼロサム・ゲーム的発想から、双方が「Win-Win」となるポジティブ・サム・ゲームのPDを模索すべきだと強調しだ。

まだ「学習過程」にある日本の市民社会

フェルドマン氏と渡辺教授の提言を受けて、カルダー氏とモデレーターのホルバート氏からいくつかの疑問や留意点が投げかけられ、議論は深まった。カルダー氏は、フェルドマン氏が言及した欧州共同体(EC)の概念に触れ、ECは欧州固有の事情から生まれたものだが、日本も多国間の組織の可能性に関してもっと検討する余地があると指摘した。2国間で行き詰まっている問題を、多国間での対話の場を通して緩和できるのではないかと述べた。

効果的にPDを追求するという見地からは、日本の市民社会はまとまりに欠けるのではないかというホルバート氏からの問いかけに対し、渡辺教授は、日本では明治維新以降、外交は政府の専属領域だという意識が市民社会に根強く残っている一方で、政府も市民社会を完全に信頼していない部分があると述べた。また、事業仕分けで姉妹都市に関する予算や、国際交流や対外発信に関する予算が削られるという背景には、政治家が短期的に成果を求める傾向があると指摘した。

一方、市民社会は政策への関わり方に関してまだ学習過程ではあるものの、実は「基礎体力」は備わっており、その力をどうやって効果的にPDに結集させるかを考えるべきだと付け加えた。

姉妹都市提携の活発化と教育交流

討議の中で、パネリストたちは、カルダー氏が基調講演でも言及した姉妹都市提携の重要性を改めて強調した。日米間のみならず、日韓、日中、東南アジアを含めた「環日本海」で姉妹都市関係を広げていくことを通じ、2国間での歴史問題にとらわれすぎることなく、地方レベルでの交流を活発化していく。それが、北東アジアの関係改善に役立つだろうと、カルダー氏は述べた。

最後に、ホルバート氏が、日本で成功しているPDの分野として教育交流を挙げ、京都をベースに1989年以来続いている留学プログラムなどを紹介した。その上で、もっと多くの日本の大学が、中国や韓国から経済的に恵まれない留学生を受け入れる余地が十分あるのではないかという指摘で、第1セッションを締めくくった。

写真=板橋 雄一

  • [2013.12.02]
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