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“アラブの今”を映し出す現代アートが集結

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アラブ現代美術を紹介する日本で初めての展覧会「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」が2012年10月28日まで開催されている。世界中で熱い注目を集めている作品群は、急激に変化するアラブ社会を映し出している。

タイムリーなアラブ美術展

森美術館館長の南條史生さん。

私たち日本人は、どれだけアラブ諸国のことを知っているのだろうか。

2010年末から2011年にかけての“アラブの春”と呼ばれる政治・社会変革のあと、中東地域への関心は急速に高まっている。一方で、2011年3月の東日本大震災後、アラブ諸国から石油や天然ガスなど多くの支援が寄せられた。中東地域は日本にとってこれまで以上に重要な経済的パートナーとなっているが、中東地域の文化や社会について日本人はあまり知らない。

ハリーム・アル・カリール『無題1』(「キングス・ハーレム」シリーズより、2008年/所蔵=バルジール芸術財団、Courtesy: XVA Gallery)。

そんな中、現代のアラブ・アートを日本で初めて紹介する展覧会「アラブ・エクスプレス展」が東京・六本木にある森美術館で開催され、連日、多くの日本人が訪れている。

「中東地域ではアートへの関心が高まっていて、美術館も増えていますし、ビエンナーレも開催されています。日本でもアラブ諸国への関心が高まっている中、『アラブ・エクスプレス展』を開催できたことは非常にタイムリーだと思っています」と、森美術館館長の南條史生さんは強調した。

紹介されているのは、アラビア半島とその周辺地域(東はイラク、北はシリア、西はエジプトまで)で注目されている34作家の作品。女性作家も多く、国外を拠点に国際的に活躍しているアーティストもいる。

森美術館アソシエイト・キュレーターの近藤健一さん。

展示会場で、まず目に入るのが朱色の民族衣装を身にまとった一見、女性のような人物像。だが、衣装は架空で、モデルも女性なのか男性なのか、はっきりとは分からない。私たちの抱いてきたアラブ女性のイメージを揺るがせる。

「イントロダクションにこの作品を持ってきたのは、アラブに対する先入観を捨てて、もっとフラットな視点で、今回の展示を鑑賞してほしかったからです」とアソシエイト・キュレーターの近藤健一さん。

“アラブの今”に迫る作品群

3つに分かれている展示のセクション1のテーマは「日々の生活と環境」。等身大のアラブを表現した作品が集められている。そのひとつ『カイロ・ウォーク』はカイロの街角で見つけた日常のひとコマを撮影し、モザイク状に配置した作品。作家モアタッズ・ナスルさんは、2005年から毎週、撮影を続け、エジプト社会のリアルな現実を切り取り続けている。

モアタッズ・ナスル『カイロ・ウォーク』(2006年)。

「カイロの生活は厳しく、私には住民が疲れ果てているように見えました。窓から外を見ている男性の写真ですが、彼はコップを持ったまま、1時間近くも動かずにいたんです。彼の絶望に満ちた表情から、苦しい生活が垣間見えました」

アラブ首長国連邦出身のリーム・アル・ガイスさんは、急速に発展するドバイで見かけた工事現場をモチーフにしたインスタレーション、『ドバイ:その地には何が残されているのか?』を出品した。

リーム・アル・ガイス『ドバイ:その地には何が残されているのか?』(2008/11年)。作品の中に「夢」という文字がさりげなく刻まれている。

作品について語るリーム・アル・ガイスさん。

「砂漠の街ドバイは目覚しい速度で発展しています。でも、国土の80〜90%を占める内陸部の多くは、まだ開発されないまま取り残されている。そうしたドバイの今を記録に残したかったんです。世界中に開発の手本となるような国はありますが、中でも日本の建築、高度成長は尊敬に値するもので、ドバイはそのノウハウを取り入れていこうとしています。私はドバイをもっと活性化させたいと願っています。作品の中に『夢』という文字を取り入れたのもドバイの可能性を信じているからです」

出身地・イラクを離れ、スウェーデンとカナダで暮らすマハ・ムスタファさんは湾岸戦争のときに降り続いた黒い雨を、『ブラック・ファウンテン』というインスタレーションとして表現した。

「窓から一望できる東京の街と作品との構図は、とても気に入っています」と語るマハ・ムスタファさん。

マハ・ムスタファ『ブラック・ファウンテン』(2008/12年)。

「作品にはいろいろなコントラストが表れています。噴出し続ける黒い水は石油や重油に見えます。“環境破壊”をイメージする人もいるでしょう。一方で、イスラムの世界において噴水は平和で安らかな気持ちを誘引するものです。ここにひとつのコントラストがあります。湾岸戦争のときにバグダッドにいて、今はスウェーデンとカナダに暮らしている私の人生もコントラストです。日本で作品を発表するのは初めてですが、私の作品と、大きな窓から見える東京の街がうまくコラボレーションされているので、そこも注目してください」

3人の作家によるグループ、アトファール・アハダースはイメージを全てインターネットからダウンロードし、合成した作品『私をここに連れて行って:想い出を作りたいから』を出品。ネットのイメージで、どこへでも行け、思い出までも作れてしまう、そういったデジタルの世界に我々は生きているということを表現した作品。写真は、来日したグループの一人、ヴァルタン・アヴァキアンさん。後方に富士山、右横には六本木ヒルズ森タワーがそびえ立つ。

 

西洋的視点のイメージを打破する

セクション2のテーマは「『アラブ』というイメージ:外からの視線、内からの声」。西洋的視点から見たアラブのイメージを打ち壊そうとする作品が並んでいる。

6月16日、森美術館で行われたアーティスト・リレートークで、自作について語るマハ・マームーンさん。

女性作家マハ・マームーンさんは1950年代から2000年代までのエジプト映画の中から、ピラミッドが登場するシーンをまとめた『ドメスティック・ツーリズムⅡ』を出品した。

「映画の中で、ピラミッドは背景として扱われたり、シンボルとして登場する。世界中で量産されているピラミッドの陳腐なイメージに私自身、違和感を感じていたんです。新旧の作品をコラージュすることで、エジプトの持つ後進的なイメージが他者によって作り上げられたことを認識できる作品になったと思います」

他にも、「アラブ人=テロリスト」という偏見を逆手に取った映像作品、さらにはイスラム女性のベールをファッション写真のように鮮やかに、かつ軽やかに表現した作品など、西洋的な先入観が、誤解と偏見に満ちていることを浮き彫りにしている。

シャリーフ・ワーキド『次回へ続く』(2009年)。

ミーラ・フレイズ『グラディエーター』『マドンナ』『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(2010年/Courtesy: XVA Gallery)。

知られざる歴史に照準

最後のセクション3は「記憶と記録、歴史と未来」がテーマ。「実際に目にした出来事を世界中の人たちに知ってもらいたい」というアーティストたちの強い意志が込められた作品群だ。

レバノン出身のラミア・ジョレイジュさんは、「ある出来事を私自身がどのように経験し、どう見たのか。それを後世に伝えることが私の責任だと感じていますし、作品を制作する原動力になっています」と話す。出品したのはベイルートの街の歴史を、歴史資料や伝説の記述と近年撮影された写真や映像とともに三章で構成したインスタレーション、『ベイルート―ある都市の解剖』。「ベイルートではいまだに何が起こったか判明していないこともありますし、記録に残っていないこともある。それをどのように再現できるのかが、私の挑戦です」。

【写真左】ジョレイジュさんは、個人的な経験や記憶を集め、記録資料とともに考察し、都市の歴史を再考することを主題としている。【写真右】『ベイルート―ある都市の解剖』(2010/12年)

サウジアラビアのアブドゥルナーセル・ガーレムさんが出品した『道』は、1982年に発生した自然災害の被害者へのオマージュ。洪水が発生し、住民たちは完成したばかりの橋に避難したが、無惨にも橋もろとも押し流されてしまった。報道もされず、放置されていた現場を訪れたガーレムさんは、橋の残骸に白いスプレーで「道」という文字を無数に書きつけ映像作品に仕上げた。

アブドゥルナーセル・ガーレム『道』(2009年/所蔵=エッジ・オブ・アラビア)。

湾岸戦争、9.11、アラブの春……世界を揺り動かした戦争やテロ、政変はアラブに生きる人に大きな影響を与えた。今回展示されたどの作品にも、アーティストたちが“今、目の前で起きていること”を受け止めていく過程が刻印されている。しかし、アーティストによって、その表現はさまざま。そのバリエーションの豊かさこそ、アラブ・アートの充実を物語っている。ポップでファッショナブルな作品も多いので、ぜひ、足を運んでもらいたい。

撮影=コデラケイ
協力=森美術館
バナー写真=ハリーム・アル・カリーム『無題1』(「都会の目撃者」シリーズより、2002年)

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