シリーズ 北村森の“ヒット商品道”
地方で確実に進行する“お土産革命”

北村 森【Profile】

[2012.09.03] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

今回は革新的な地方の“土産物”を紹介する。富山県の「幸のこわけ」と徳島県の「生きている海苔」。どちらも妥協を許さぬ姿勢と熱意で、地元の特産品の魅力を最大限に引き出したヒット商品だ。

定番の焼き直しでは売れない土産物

あふれんばかりの土産物が、地方空港や駅構内で売られている。日本人の土産好きは、一つの文化かもしれない。

日本の観光土産市場は、実に2兆5000億円(観光物産総合研究所調べ)。これほど大きなマーケットだけに、新規参入組も続々といった感がある。ただし、卓越したアイデアなどはそう出るものではない。ひとつヒット作が生まれると、似たような他社商品がぞろぞろと並ぶことになる。最近の例では、カレー味のあられやせんべい。北海道で火がつき、またたく間に関東や関西でも同様な商品が売られるようになった。

しかし、2兆5000億円の膨大な市場を冷静な目でみると、実は先行きが明るいとも限らない。観光物産総合研究所によると、売り上げはここ数年は横ばい。消費者のサイフのひもが固くなって、定番商品の目先を変えたような土産物では、もう見向きもされなくなっている。

ところが——。まさに目先を変えただけに見えなくはない土産商品が、いま旋風を巻き起こしている。その理由を調べていくと、これは土産業界の革新にもつながるのではと思えてくる大きなヒントが見える。まずその話から。

“こわけ”で挑む富山の土産革命

「越中富山 幸のこわけ」。JR富山駅や富山空港の売店を中心に売られている、かわいらしい包みの土産物である。手のひらに収まるような小さなサイズで、このシリーズで合計20品目。鯛の姿をかたどったカマボコ、ぶり大根寿し、しろえび姿干しなどのほか、和三盆を使った繊細な和菓子もラインアップされている。大半の商品が、ワンコインで買える500円前後の低価格。しかも富山という観光県でもない地域で、さして宣伝をしていないにもかかわらず、昨年2月の発売以来、1年で売り上げは3000万円にのぼった。今年5月には最高益を出したともいう。

小さな包みの“こわけ”だから、同僚や友人の顔を思い浮かべながら「この人にはこれを」と選ぶこともできるし、自分向けのちょっとした土産にするにも価格的に抵抗がない。

この「幸のこわけ」、革新的なところは2つある。

1つめは、ラインアップされている商品は、ひとつ残らず、もともとあった商品であるという点。地場のメーカーが古くから作り、販売してきたものだ。新規に開発して、人々の耳目を集めようとしたものではない。取ってつけたような、急ごしらえの開発商品とは違う。ただし、富山在住、富山出身の人間が見ても「あ、この店の商品なら薦められる」と納得できるものばかりをラインアップしているところがミソ。それら商品を、小さなパッケージにまとめ(つまり500円前後で買えるようなサイズにしてある)、包みには共通の意匠(デザイン)を施している。

富山空港の売店に並ぶ「幸のこわけ」。自由に組み合わせて、専用の小箱に入れてもらうこともできる。

“ます寿司”を欠番にした厳しさ

2つめは、ここに並ぶ商品は「峻別(しゅんべつ)されたもの」である点。審査委員たちの討議や試食を繰り返したうえで、「幸のこわけ」に加えられる。これが形ばかりのものでないことは、次のエピソードが示している。

富山といえば、ますの寿司(すし)が有名。当然、「幸のこわけ」もラインアップに加えようと、各社に打診した。それに応じたメーカーのます寿司は、試作段階ではおいしかったが、量産を始めて店頭に並べた品物は、審査委員の眼にかなう水準ではなかった。そこでどうしたか。商品は店頭から全部回収。再度の試作を依頼したが、味がやはり良くない。結果、そのメーカーには撤退を命じ、以来、ますの寿司は「幸のこわけ」の中で“欠番”となっている。一度出した商品に、ここまで徹底して駄目を出すことは、できそうでできないことだろう。

全20品目。どれも、長い年月、地元で評価されてきた商品ばかり。サイズとパッケージデザインだけを変えたのがミソ。

この「幸のこわけ」、プロジェクトを推進しているのは、県の出先機関・富山県総合デザインセンターである。自治体(の出先機関)が、地場産業を護送船団式にリードするならともかく、メーカーを峻別して、ときには駄目出しをして撤退させる……というのは、かなり挑戦的な取り組みだ。

プロジェクト推進は県の出先機関

このプロジェクトを推進する小幡豊、窪英明の両氏に話を聞くと、理由は明快だった。ひとつは「自分たちが本気で人に贈りたいものを選ばなくては意味がない」。出先機関とはいえ、県が絡むプロジェクトで、これはできそうでできないことだろう。実際、「ウチの社も入れろ」などという横やりもあったとも聞く。

もうひとつは「これまでの行政のやり方を刷新したかった」ことだ。2014年度末、富山へは北陸新幹線が開通する。それを受けて新しい土産物を開発せよ、という指示が県庁内で飛び交っているらしい。しかし、民間とは違う行政は多くが「やっては、やめて」の繰り返し。地場の民間企業は振り回されるだけだし、そもそもそれでは実効は上がらない。そうした悪弊を打破し、腰を据えて、もともとある実力派商品に光を当てたかったという、プロジェクト担当者の言葉は重く響く。

県庁内には「『幸のこわけ』がヒットしたのだから、別の部署でも似たようなプロジェクトを立ち上げよ」「『幸のこわけ』のロゴマークを自由に使えるようにせよ」といった声もあるらしい。だが、それをしては、土産業界の革新にも地場産業の支援にもつながらないと、私は思う。古い物にも魅力はあるし、峻別こそが大事——。「幸のこわけ」プロジェクトからは、いくつもの教訓が見えてくる。

漁師を救った徳島の“生きている海苔”

もうひとつ、今回紹介したい事例が「生きている海苔」。これは徳島県の食品衛生検査会社スペックが発売した商品である。 

生の海苔の味を堪能できたのは、これまではせいぜい地元の海苔漁師くらいだった。写真は、商品開発を陰から支えた漁師、賀川宣昭氏。スペック社員が実験に集中できるよう、自らの漁師小屋を提供した。

文字通り、生きた状態の生海苔(なまのり)を味わえるというもので、価格は1パック1050円。現時点ではメールオーダーして取り寄せる冷凍食品の形をとっているので、厳密には現地で購入する土産とは言い難いが、私はこの商品が徳島の新しい名産品になると踏んでいる。駅や空港に注文カウンターなどを設ければ、面白い存在になるだろう。

徳島は海苔漁が盛んだが、近年、海苔の価格下落と、漁のコスト高騰で、状況は厳しさを増している。

苦境にある海苔漁師を救おうと、3年前にスペックの社長である田中達也氏が、新しい海苔の商品開発にと立ち上がった。同社はもともと検査会社で、食品開発や製造販売に携わるのは、これが初めてだった。それでもプロジェクトを進めたのは、地元漁師を助けたいとの一心だったと聞く。

「門外漢」が生海苔の保存技術を編み出す

昨冬の終わりごろ、私は徳島を訪れ、海苔漁師の家で、採れたばかりの生の海苔を味わった。海苔を丼にどさっと入れ、そこに橙(だいだい)を絞り、砂糖と醤油を無造作にかけて、ひと混ぜしただけ。その味は——いつもの海苔とはまったくの別物。磯の香り、などという言葉では足りない。海をそのまま食べている、そんな味だった。

「これを商品化したい」と、スペックの田中社長は考えた。ところが海苔漁師は一笑した。海苔は採って半日もすれば変質してしまい、駄目になるからだった。(だから、海苔は海苔漁師の手で収穫されたら直ちに板海苔に加工し、出荷する)。

名だたる大手メーカーや大学の研究所が、生海苔の保存技術を開発しようと、数十年も試行錯誤を繰り返したが、成功したところは皆無。にもかかわらず、社員20人強、しかも食品加工の門外漢であるスペックが、どうして技術を獲得できたのか。

「生きている海苔」は1パック1050円。冷凍状態で届けられる。パック詰めは完全な手作業。

成功の秘訣は、「宝物は足許にある」

答えはあっけないほど簡単で、「考えられるマトリックスをすべて試したからだ」という。冷凍する温度、冷凍する速度、そして冷凍する海苔の含水量。それら3つの変数から導かれるマトリックスをひとつ残らずテストしたら、成就した、という。

大手メーカーや大学との違いは、そこだけだった。そこだけだが、同社は愚直なまでに実験を繰り返したわけである。このところ、各地の中小企業が大手メーカーにあっと言わせる商品を作り出す事例が多いのは、こうした違いによるものなのだと、私は思う。背水の中小企業は、先の見えない実験でも、ときに突き進む決断を下すものだ。

「たかが海苔に1000 円も出すの」と驚く人もいるに違いない。私も実際そうだった。だが、この「生きている海苔」、ほかでは決して味わえない存在だ。発売から1年余りだが、徳島名産品としての地位を築きはじめ、一般消費者のほか、すでに京都や東京の名料理店からの引きもあるという。

今回の2つの商品に共通しているのは「宝物は足許にある」ということである。新たな名産品をこしらえて町おこしをするのに、大物コンサルタント、有名シェフなどの招へいは必須ではない。ヒットする土産物が育つ芽は、ちゃんとハナから、そこにあるからだ。

 撮影=川井 聡(幸のこわけ<商品>)、北村 森(幸のこわけ<店舗>)、大高和康(生きている海苔)

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  • [2012.09.03]

1966年、富山県生まれ。小学校低学年の時に「暮しの手帖」を読んで、その商品テストの徹底ぶりに魅せられ、早くも雑誌編集者を天職と定める。慶應義塾大学法学部を卒業後、1992年に日経ホーム出版社に入社。「日経アドレ」「日経トレンディ」などの編集者として、ホテル宿泊チェックをはじめとした、数多くの商品テストに携わる。2005年から2008年3月まで「日経トレンディ」の編集長を務め、2008年以降は商品ジャーナリストとして「消費者がお金で買えるモノ全てを評価する」を旗印に、精力的に地方取材、講演、執筆をこなしている。ひと月にチェックする商品サンプルやサービスは数十アイテムに及び、国内外のホテル、レストランの覆面取材も行う。ソフトバンクなどが設立したインターネット上の「サイバー大学」では、ITマーケティング論の講座を担当している。

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