北村森の“ヒット商品道”

コンビニ寿司、気づけば大進化

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数あるコンビニ寿司の中で、見た目も食感も一歩抜きんでている「チルド寿司」がある。その違いを生んだ商品開発の「こだわり」とは?

比較すると、1社だけが抜きんでていた

コンビニエンスストア各社の弁当コーナー。その目立つ位置に、昨年(2012年)あたりから握り寿司(ずし)のパックが並んでいる。「生の魚を使う握り寿司がコンビニに?」といぶかしげに感じる方も少なくないかもしれない。握り寿司というのは、カウンター越しに立つ職人がこしらえて、すぐに口にするもの、という感覚が多くの人にある。それだけに、配送を経てコンビニの棚に並ぶ寿司(すし)の味はいったいどうなのか、と気になるのは確かだ。

大手コンビニ4社の握り寿司を、江戸前寿司の著書を何冊も著している寿司評論の専門家と一緒に比較してみた。寿司の上にのっているタネそのものには各社そう違いはなく、どうということのない質だった。1人前が500円からせいぜい600円というコンビニ寿司だけに、そこは致し方のないところだろう。

ところが、タネの質はともかくも、食感や姿形などが寿司として成立しているものが、1社だけあった。その1社の寿司だけが、明らかに他社のものとは違っていたのだった。スーパーマーケットで売られている寿司はもちろん、繁華街の寿司屋にも迫る出来栄えで、異和感を覚えずに食べられる。コンビニの寿司がここまで健闘しているとは、意外な結果だった。

その1社というのは、ローソンだった。

何よりも寿司職人が握った食感

まず、ちゃんとした握り寿司の形になっている。各社の寿司のパックを上から眺めると、すぐにその違いに気づかされる。他社の寿司はそろって、タネよりもその下にあるシャリ玉が大きく、上から見たとき、シャリがはみ出た姿をしている。これでは見るからに素人の握りであり、寿司好きからすれば興ざめするに違いない。ローソンの寿司だけが、シャリ全体をしっかりとタネが包んでいる。

「お好みにぎり6カン」398円(右)と、「マグロづくし」498円。シャリ全体をしっかりタネが包んでいる

実際、口にしてみると、さらに大きな差があった。ローソンの寿司は、職人が握ったように、ふんわりとしたシャリ玉に仕上がっていたのだった。口の中できちんとほぐれる。

他社のほとんどでは、シャリがかなり硬めに握られている。そのために、寿司というよりも強く握ったおむすびを食べているような印象で、街中の握り寿司とはかなり違う食感だった。もぐもぐとかみ続けないと喉を通らない。

コンビニの寿司は3~6℃のチルド帯で配送され、店頭の棚でも同様の温度で保管される。このような低い温度では、シャリの水気をそのまま保つのは難しく、乾燥してしまいがちだ。中に空気を含ませるように柔らかく握ってしまうと、シャリはますます乾いてしまい、おいしさが損なわれてしまう。しかし本来、握り寿司は、中に空気を含ませて握るからこそ、口に入れたときにシャリがはらりとほぐれ、寿司らしい食感を楽しめる。コンビニ寿司の場合、チルド帯の商品だけに、ここが泣きどころとなるわけだ。

ローソンの寿司は、低い温度で保管しながらも、シャリは乾かず、しかも程よく柔らかな握りにできていた。これはなぜか。

硬くならないシャリを握るロボットを新調

ローソンの商品・物流本部米飯部シニアマーチャンダイザーの松本茂氏を訪ね、話を聞いた。

「確かに、スーパーマーケットの担当者からも、『どうして、シャリが硬くならないのか』と不思議がられましたね」

松本氏の話からわかったのは、同社の握り寿司は、明らかに街中の握り寿司を強く意識したものであるということだった。競合するはずのコンビニ他社でもスーパーマーケットでもなく、一般的な寿司屋を照準に置いているのが重要な部分である。

まず、シャリの重さ。コンビニ他社や回転寿司屋では従来、18~20グラムといったところ。ローソンではそれを16グラムにあえて落とした。これは繁華街のけっこういい寿司屋の握りと同じ。寿司のすらりとした姿形を大切にするなら、これは正解と言っていい。

次に(これがきわめて重要なのだが)、シャリを握る寿司ロボットを、他社とは全く違う、新しいものに変えたのだという。寿司職人の握りの技法に「小手返し」というものがある。手のひらにタネを寝かせ、そこにシャリをのせる。それを小手先でくるりと返すという、職人にすれば一般的な技なのだが、今回造り上げた寿司ロボットは、この技法を反映させた握りができる、業界初めてのロボットなのだという。

勝負のカギは「握り方」と「形」

このロボットは、握りの形にも注意を払った仕様になっている。握り寿司の理想の形について「扇の地紙のような姿」といわれるが、この寿司ロボットは、まさにそうした形に握ることができるようにした。低価格の寿司でよく見かける俵型ではなく、職人が握ったような形にしてくれるわけだ。

手に取ってみると、シャリの底面にわずかな窪みをつくってある。これが、いい握りの形であり、食感にも好影響を与える

小手返し、そして扇の地紙形。これによって、シャリのほぐれを良くした、つまりは硬さを感じにくい握りを作るのに成功した。しかもこの方法であれば、表面だけはしっかりと硬くできるので、シャリが乾くのを極力防ぐことができる。カギはすなわち、握り方と形にあったのだった。

「ロボットメーカーには、金型ひとつ、まっさらの状態から造ってもらったので、大変でした」と松本氏は振り返る。その大変さを乗り越えたから、コンビニの寿司とは思えない握りが生まれた。

何よりも “目標設定”能力が決め手

思えば、コンビニの歴史は、他業界に戦いを挑む歴史でもあった。近年でいえば、スイーツの品質向上がそうだ。繁華街の専門店を目標にすることで、「これがコンビニのスイーツか」と驚くほどの商品を、各社は開発するに至っている。ここ数年、ロールケーキやチーズケーキなどのヒットは、その代表事例。

コンビニの握り寿司にはひとつのミッションがある、と松本氏は言う。「夜間に受け入れられる商品というのが、実は少ないのです。この握り寿司を、夜間ターゲットの代表アイテムとして輝かせたい」

たとえば残業帰りのビジネスマン。そこそこの出費はいとわない層なので、500~600円の値づけでも、おいしければ買ってもらえる。こうしたミッションを担う商品だけに、細部の詰めはまさに勝負どころになる。

今回の事例から導き出されるのは、「目標をどこに置くかで、商品の完成形は大きく変わってくる」という教訓だ。

街中の寿司屋のまっとうな握りと、そうではない素人っぽく見える握りの違いは何か。姿形から食感までを分析したからこそ、コンビニ寿司の枠を超えた商品を世に出せた。

これはもちろんコンビニ寿司に限らない話であって、あらゆる商品を開発するうえで目標設定がいかに大切か、ということだ。

撮影=北村 森

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