シリーズ “中国で一番有名な日本人”加藤嘉一とは?
日本人のブランド力を高める
加藤嘉一インタビュー【第4回】

竹中 治堅 (聞き手)【Profile】

[2012.05.16]

連載最終回は、加藤氏と「京論壇」の関係、それが目指す対等な日中関係について語る。また、全方位外交、「距離感外交」等で表現される加藤流スタイル、将来の職業、研究対象としての加藤嘉一に研究者竹中治堅教授が迫る。


加藤 嘉一
KATŌ Yoshikazu

1984年静岡県生まれ。2003年高校卒業後、北京大学に留学、同大国際関係学院卒業。英フィナンシャルタイムズ中国語版、香港≪亜洲週刊≫、The Nikkei Asian Reviewコラムニスト。2012年3月現在、香港系フェニックスニューメディア(鳳凰網)における加藤氏のブログは 6000万アクセス、中国版ツイッター(新浪微博)のフォロワーは130万人を超えている。

日中の対等な対話をめざす「京論壇」

竹中 京論壇(Jing Forum)(※1)を重視されていますね。

加藤 はい、2005年、日中関係が体力を失っていた頃、東大と北京大の仲間と立ち上げました。日中関係のあり方を変える、新しい時代を切り開くくらいの気合で取り組んできました。東大サイドの代表者が北京まで自費でやってきて、「京論壇」という名前を考えるところから始めました。

竹中 ファウンダー(創設者)ということですね。

加藤 僕はファウンダーの一人に過ぎません。京論壇では、僕よりも若いたくさんの後輩たちが実動部隊として活躍してくれています。ここ数年は、僕自身いろいろ忙しくて、口だけしか出せていないのが申し訳ないです。世界の中に日中関係がある、これから大事なことは日中の対等なコミュニケーションだと、僕は言っています。それを京論壇を通じて体現していきたい。日本の対中ODA(政府開発援助)における円借款が2007年に終わりました。日本の対中軽視でも、中国孤立でも何でもない。中国の成長の結果であって、これからは中国企業が日本の企業を買うかもしれない。買ってもらったほうがいいんですよ。これから対等な日中関係の時代が切り開かれるんです。勝負はこれからですよ。

竹中 買ってもらったほうがいいということですか?

加藤 そうしたら、日本が変わりますよ。

竹中 変わるって、どのように変わりますか?

日本人の急所はものづくり

加藤 日本が近現代以降、大きく変わった画期の一つは黒船到来を通じた明治維新、そして戦後でした。今回の3・11でも変わりませんでした。やはり目に見えた外圧・外力が必要不可欠だと思っている。次の外力は「グローバリゼーションというコンテクストの中での中国の台頭」しかないと思う。日本人が最も気になる存在は中国です。そして、日本人の急所はものづくりですよ。

竹中 ものづくりは大切ですね。

加藤 ものづくりは、日本人が一番誇りを持っている分野です。その急所を突かれるということです。世界のだれもが知っている大企業が中国の企業に買われるときがくるかもしれない。日本が変わるにはこれしかないと思っている。現代版黒船ですね。

竹中 黒船ね。

幕末遣欧使節団の正使・岩倉具視(中央)と副使4人

加藤 それを煽ることはしないけれども、僕はそういうイメージを持って今という時代と付き合っている。本当は、日本人自身がビジョンを提示して自ら変わって行くのがベストなんですが、空気を読んでばかりの日本人はどうも自己変革が苦手なようです。やはり外国の「引力」を適切に使っていくしかない。ただ今度は、外国人が現れるのではなくて、日本人自身が外国に行って、例えば岩倉使節団(※2)みたいに。菅原道真の遺訓とされる「和魂漢才」、渋沢栄一の「士魂商才」などありますが、今は何もないじゃないですか。今の日本は「戦略後進国」だと、僕は思っています。

竹中 そうですね。

加藤 そういうことを日本人が意識するには、みんなが目に見えて分かることが必要です。たとえば、日本人が誰でも知っている製造業の大企業が中国の会社に買われたりすれば、日本人のマインドセット(思考様式)は変わりますよ。真の意味で危機感を持ち始めると思います。本当に時代が変わったと思うはずなんです。

変革の志士グループとともに

加藤 時代的背景が変わる中で、日中が対等な時代になっていくということです。ですから、そういうことをきちんと認識できる人間が京論壇に集まって、英語で中国人と対等に議論をする。英語でとことん論じ合うことが大事だと思っているのです。僕なりのビジョンを込めて、京論壇というプラットフォームで。

竹中 加藤さんは、京論壇をすごく重視されていますね。最近は「秘密結社」という評価もあるらしいですが、そのことをどう思われますか?

加藤 アクションを取ればリアクションが来る。当たり前です。リアクションを恐れていては何もできない。何も始まらない、なにも動かせない。突破力を磨いていかないといけない。京論壇の人たちに「世の中のさまざまなリアクションに一喜一憂するな」と言っています。自分たちが信じることに突き進めばいい。世論対策、発信の仕方・タイミングなどを慎重にやるのは当たり前。我々自体が開かれた組織ならぬネットワークである必要がある。「開かれた」ということを示すために、萎縮するのではなくて、調整しながら、発信する所は発信し、動くところは動いていくということです。きちんと毎年続けていく、続けていくことに価値があると思っています。

仮に京論壇が侮辱され、誤解され、歪曲されているとした場合、そのこと自体が今後の日中関係のあり方、日本における人材育成、教育のあり方を考えるうえで価値のある鑑になっていると思うのです。僕は日中関係における研究モデルの一つという意識で京論壇をやっています。

基本は全方位外交

竹中 付き合うときは全方位外交ですか?

加藤 基本的には全方位ですね。中国では「南方週末」というリベラルな新聞と「環球時報」という保守的な新聞に同時に寄稿してきました。

竹中 「環球時報」はラディカルなメディアだそうですね。

加藤 自信を持って言いますけど、この両メディアに寄稿しているのは僕だけです。右と左、国務院と党・軍、中央と地方、政策決定者と大学生、学者とジャーナリスト、バランス良く付き合うことが大切だと考えています。

竹中 なるほど。

加藤 その意味で、僕は保守的ですよ。あとは「距離感」です。「距離感外交」というか。

中国の中央財経大学で講演する加藤氏

 

“価値観外交”より“距離感外交”

竹中 距離感外交?

加藤 価値観より距離感ですね。価値観が合わないから付き合わないというのは僕のスタイルではない。「距離感外交」は自分でもいい用語だと思っているのですが、「価値観外交」は安倍・麻生両元首相が言った「自由と繁栄の弧」を指しています。明らかに中国包囲網を露呈してしまった。これでは対中外交はうまくいきません。

竹中 確かに。

加藤 価値観外交よりは距離感外交。距離感外交はリアリズムですよ。ビスマルク(※3)がやったバランス・オブ・パワー(勢力均衡)のようなイメージ。価値観外交は、僕に言わせればオーバー・アイデアリスティック(理想主義的過ぎる)。僕が一番好きな思想家はマックス・ウェーバー(※4)、かっこいいと思う外交官はビスマルク。僕は典型的なリアリストだと自覚しています。バランスとパワーが勝敗を決める。価値観よりも距離感。「右か左、マルクス主義か自由主義」とかいうのではないです。距離感を保ちながら攻めることが大事です。それを裏付けるのはチカラと戦略だと思っています。これさえできれば、あとは自分の直観力と突破力を信じています。

自分がブランドになる

竹中 最後に、これからアメリカでやって行くことを示唆されていますが、最終的にはどういう目標を持っているのですか? 政治家、ジャーナリスト、それとも研究者になるのですか?

加藤 2011年、香港で開催されたアジアで最も大規模な香港ブックフェアに、僕は外国人として初めて招待され、中国語で基調講演をしたんです。そこで「亜州週刊」の編集長に「アメリカでドクターを取る予定です」と言ったら、「ドクターなんかに行くな」と言われました。

竹中 えっ?

加藤 「ドクターたちが加藤さんを研究する」「お前が研究される存在になればいい」と言うんです。「週刊プレイボーイ」のコラム(※5)、面白いので見て欲しいんですけど、「ブランド品は買わない、自分がブランドになる」と書いた。「株は買わない、自分が株になる」とも言いました。僕自身がいろんな評価や、研究の対象になるということです。特にヒストリアン(歴史研究者)の研究対象になること。そのための努力をしていこうということです。

時代を動かしているのは人。人こそが万物の尺度。時代の流れの中で人に関する研究は面白いと思います。何でビスマルクはあんなことをしたのか。吉田茂は何を考えていたのか。白洲次郎って何者なのか。坂本竜馬は何を達成しようとしたのか……そういうスタンスで加藤嘉一という人間の生き様を見ていてほしい。

加藤嘉一という研究対象

加藤 そこに迷わないで突っ走って行きたい。誤解も歪曲もいろいろあるかもしれないけれども、常に研究される存在でいたいと思います。竹中先生みたいな人に、僕のライズ・アンド・フォール(浮き沈み)を、きっちり研究して欲しいんです。

竹中 きっちり研究させていただきます。

加藤 僕みたいな人間がどういう風に持ち上げられて過大評価され、つぶされて過小評価されるか。そのプロセスそのものが日本の現状・問題点を浮き彫りにしています。若者と女性と外国人、僕はこの三者の関係性を生かさないといけないと言ってきました。眠っている日本のパワーを、ポテンシャルをどう生かしていくかを考えるうえで、本当に自らの行動を通じて発信していかなければいけないと思っています。

僕が今思い描いていることを言うと、政治家は、小学校に上がる前ぐらいから意識していました。日本人・外国人・中国人・アメリカ人を問わず、「加藤さんは政治家しかない」とアドバイスされるし、比較的適した職業ではあるのかな、という意識はあります。ただ、政治家になると言ったことは一度もないし、これからも言うつもりはありません。

僕が考えないといけないのは、「そもそも政治をやるとは何なんだ」ということ。日本の今の政治が迷走、破局状態にあるのは、その根幹が揺らいでいる、或いはきちんと定義されていないからですよ。大手新聞社や野党が「有権者」や「国民」という言葉を乱用するのも根は同じです。じゃあ国民とは何か。政治とはそもそも国民生活のこと。昨今の日本では、批判する側もされる側も、当事者意識が希薄すぎると感じています。

現今の政治のあり方を厳しく問う

加藤 政治イコール国民生活だから、国民の生活がどうかという点こそが政治だと思います。国民の意思、国家の繁栄・安定を守るという行動を、国民から権利を授かった政治家が行使したとして、それは国民のためにならないのか。少なくとも5年間、10年間、国民に嫌われたとしても、政治家が大局から決断を下すことが必要になります。

今という時代の政治のあり方、政治家の目指すべき道を再定義・再提示しなくてはならない。そもそも「政治家になる」いう言葉そのものを疑ってかかる必要がある。勝負はもう始まっています。

僕にとって、人生の原点は伊豆、成長の原点は北京です。次の原点がどこになるのか、今から楽しみでならない。順番としては、中国、世界、そして最後に日本です。だから、アメリカに行くのも、日本に帰ってきてやるべきことをやるために行きます。やはり最後は祖国に帰ってきて勝負したい。自分が一番輝ける場所で、一番やるべきことに汗を流したい。今はそのための準備期間だという思いも強いです。

竹中 自分がやるべきことをやるということですね。

加藤 自分がアクションを取らないで、周りにやれと言っても説得力がない。21世紀を生きる日本人として、向こう5年から10年のポジショニング(立ち位置)としては、ジャーナリストと研究者の中間点を行くぐらいの意識で、国際社会で発信力とプレゼンスを高めていきます。具体的な職業を主張する必要はない。それは見ている人たちに判断してもらえばいい。僕がすべきなのは、時代の趨勢を反映する、加藤嘉一としてのストーリーを描いていくことだけです。

同時代人を通して時代を見る必要

岩崎夏海著・加藤嘉一訳「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(中国語版)の表紙

加藤 国際社会でインディペンデントな存在として、日本人のブランド力を高めていくことができる人が本当に少ない。だから、そういうことをやるのが日本のためになると信じています。実際、僕はそれを中国でやってきました。これから8年間、あるいは10年間、今度はそれを世界の舞台でやるのが最低限の目標になります。

竹中 研究の対象にしますよ。

加藤 いやもう今から、そうしてください。

竹中 一人の人物を同時代的にインタビューするのは面白そうだけれど、結構時間がかかるから誰がよいかな、とずっと思っていたんですよ。オン・ゴーイングで。60歳とか70歳の政治家には何度もインタビューをしているんですけど、どうしても以前の政治過程の話が中心になってしまいます。だからオン・ゴーイングでやるのを面白いと思っています。

加藤 しかも、僕はこれをやりますと言っているんだから。

竹中 ありがとうございます。

加藤 僕は10年、20年これをやりますと言っています。でも、それができなかったらできなかったで、「なぜか」という時代的な背景を分析できる。個人の理由なのか、時代的な背景なのか、文化的な背景なのかということも、先生にはきちんと研究して欲しい。一人の人間の生き様を通じて時代を見る、時代を知ることは、絶対やらなくてはいけないし、僕は研究されなくてはならないと思っています。先生にやっていただければ、願ってもない話です。しかも、僕たち「同世代」ですからね。(笑)

聞き手=竹中 治堅(政策研究大学院大学教授、nippon.com編集委員)
撮影=高島 宏幸

(※1)^ 2005年に東京大学と北京大学の学生によって結成された国際学生討論団体

(※2)^ 1871年末より1873年9月まで米国と欧州に派遣された大型の使節団、正使は岩倉具視右大臣

(※3)^ プロイセン・ドイツの政治家(1815-1898)

(※4)^ ドイツの社会学者、経済学者(1864-1920)

(※5)^ 2012年3月6日号

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nippon.com 編集企画委員。1971年東京都生まれ。1993年東大法卒、大蔵省(現財務省)入省。1998年スタンフォード大政治学部博士課程修了。1999年政策研究大学院大助教授、2007年准教授を経て現在、教授。主な著書に『参議院とは何か 1947~2010』(中央公論新社/2010年/大佛次郎論壇賞受賞)など。

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