日中の架け橋

日中関係は尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題などから極めて厳しい状況にあるが、両国は一衣帯水。二千年に及ぶ交流の歴史は経済、文化・芸術、学問など各分野で大きな成果を挙げてきた。“草の根交流”こそ、日中友好の架け橋。そんな双方の国の人々を紹介する。

流行語大賞を受賞した家電量販店社長 羅怡文さん

2015年の日本流行語大賞を受賞した家電量販店ラオックスの羅怡文社長。6月の株価急落時にも「訪日客はまだ増える」と語っていたが、逆に賞をもらったいまは「継続的に日本の商品を世界に届けたい」と流行にとどまらないビジネスを目指し気を引き締めている。
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映画と“結婚”した中国の元新体操の妖精=NPO法人日中映画祭実行委員会理事長・耿忠さん

2015年10月の開催で10周年を迎えた「日中映画祭」。主催者に日本と日本映画とのなれそめを聞いた。
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「中国に愛された男」に外務大臣表彰=来年から日本での活動本格化—俳優・矢野浩二さんインタビュー

中国で活躍する俳優の矢野浩二さんが今年8月、「日本と中国との相互理解を促進した」との理由で日本の外務大臣表彰を受けた。表彰を受けた機会に「日中の架け橋」としての思いについて聞いた。
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高齢化社会対応システムで日中をつなぐ中国人女性実業家—聶梅さん

日中の政治関係は「戦後最悪」と言われながら、中国人観光客は2014年、83.3%も増えて240万9200人(※1)を記録するなど、日中の民間交流はさまざまな分野で拡大を続けている。この中で、中国のソフト開発力と日本の金融ノウハウを結びつけ、日本と中国の高齢化社会を支えていこうとしている中国人女性実業家がいる。株式会社ファン・ジャパンの代表取締役社長で、中国のソフト開発会社、帆揚高新技術産業(武漢)有限公司(通称ファン・チャイナ)総経理の聶梅(にえ・めい)さんだ。
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中国や東南アで和製スイーツを売る若手実業家、蘇悦さん

餡(あん)の入ったクリーム大福やハローキティの人形焼など和製スイーツやたこ焼きが中国や東南アジア諸国で人気を博している。この仕掛け人が上海の中国人若手実業家、蘇悦(そ・えつ)さん。日本暮らしで知った「和」の味に魅了され、中国に戻って上海摩提工房食品有限公司を設立。中国や東南アジアで和製スイーツ、たこ焼き、チーズケーキなどの専門店を次々にオープンしており、店舗総数は今や900店にも上る。
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中国ネット通販市場での日本企業の強い味方、盧八味さん

急拡大する中国のネット通販市場は大きな利益が見込まれるが、参入が多く競争が激化しており、中国事情に疎い一部外資系ネット通販企業は苦戦を強いられている。こうした中で、日本の通販会社の心強い味方になっている中国人がいる。ネットを使った対中プロモーション企業「Find Japan」副社長の盧八味(ろ・はちみ)さんである。
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日本語で勝負する中国人若手声優—劉セイラさん

海外における日本のアニメや漫画の影響力は絶大で、社会主義・中国にも多くのファンが存在し、何と、日本にやってきて声優になった女性がいる。劉セイラさん。スタジオでは日本人のベテラン人気声優に交じって日本語で勝負。「パ、ピ、プ、ペ、ポの破裂音や(小さな)ッで表記される促音で苦労することもあります」とはいうものの、所属する「青二プロダクション」(東京・南青山)の事務所でインタビューに応じてくれた劉さんの日本語は完璧。改めて「好きこそ物の上手なれ」を実感させられた。
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上海で草の根の「日中若者交流」を推進する留学生・倉岡駿さん

日中関係は依然厳しい。だからこそやらなければならないのが“草の根”交流だ。上海にそんな日中の若者交流を推進している留学生がいる。上海交通大学の大学院で学ぶ倉岡駿さんである。父親は日本に帰化した中国人研究者。「顔の見える交流でお互いを知り、メディアで見る相手のイメージの齟齬(そご)を取り除いていく一助となりたい」と語る。
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中国で日本の着物文化発信に挑むアートプロデューサー・ 冨田伸明さん

「和服」の着物は日本文化を代表する伝統衣装ではあるが、「呉服」の呼び名がある通り、もともとは中国・三国時代の「呉」の国から伝来したとされている。この着物にエネルギーを注ぎ込み、欧米やアジアなど世界各国で着物の着付けショーを開催し、日本文化の発信を続けている人物がいる。京都生まれの日本文化継承アートプロデューサー、京香織代表取締役社長の冨田伸明さん。中国では上海、大連、北京の大学で着物に関する講義を実施し、反日感情が根強い中国の若者たちに日本のよさを伝えている。
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波乱の人生・日本で俳優の夢つかんだ中華の料理長—解世雄さん

「どこの国の人に生まれてくるか自分では選べません」―。日本が第二次世界大戦で降伏した2年後の1947年、中国の北京で一人の男の子が誕生した。解世雄(ジエ・シーション)さん。父は日本人の医師で、母は中国人。父はその後、日本に送還され、解さんは母と共に中国に残って生活を続けた。父子が再会できたのは37年後のこと。父の勧めもあって一家で日本に移り住んだが、当初は日本語がまったくできず、苦労の連続。しかし、解さんはへこたれることなく努力を続け、中華料理の店を持ち、俳優の夢もつかみとった。
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