日中の懸け橋

日本での京劇復興にかける魯大鳴さん-内助の功で第一人者に

文化

今年は中国・京劇の伝説的な名優、梅蘭芳の生誕120周年に当たり、東京、大阪、名古屋で京劇の公演が行われている。日本での京劇復興は27年前に日本にやってきた京劇俳優、魯大鳴さんの夢。日本全国には既に1万5000人もの京劇ファンがいるという。魯さんは「文化(を伝えること)は日々の積み重ね」と強調する。

魯 大鳴 LU Daming

1958年中国北京生まれ。北京市の戯曲専門学校を卒業後、「北京風雷京劇団」に入団。日本語を学ぶために87年に来日。東京で京劇教室を開き、京劇普及のための講演、日本の古典芸能である能との共演、宝塚歌劇団での演技指導などを精力的にこなし、NHKの教育番組「テレビで中国語」にも出演。現在は明治大学非常勤講師などを務めている。

滞在27年、京劇への情熱変わらず

中国を代表する古典芸能、京劇の俳優、魯大鳴さんが初めて来日したのは28歳のときだった。「独学で勉強した日本語が通じるかどうかを確かめたかった」という軽い気持ちでの来日だった。当初は、「(魯さんが所属する)劇団からは2年間は籍を空けて置く」といわれたそうだが、日本での生活は実に27年にも及ぶ。

しかし、この間、魯さんが北京で学んだ京劇への熱い思いは変わらず、「京劇の素晴らしさを日本の方々にも知って欲しい」と、東京で「京劇教室」を開催したり、日本の古典芸能である能との共演を果たしたり、日本での京劇の普及に尽力してきた。ちなみに、魯さんの妻、圭代(たまよ)さんは最初の「教室」の生徒の一人だった。

京劇の伝統的名優、梅蘭芳生誕120周年

京劇は英語で「ペキン・オペラ」と呼ばれる音楽劇で、二百年以上の歴史をもち、清朝の皇帝や皇族から厚い保護を受けて発展。鳴り響く銅鑼(どら)の音と共に、色鮮やかな衣装をまとい、隈取(くまどり)をした役者たちが舞台で動き回るさまは日本の歌舞伎を連想させる。

このため、戦前は、日本人の京劇ファンも少なくなかたようで、男でありながら女役を演じた京劇の伝説的な名優、梅蘭芳は日本でも公演しており、作家の芥川龍之介が梅蘭芳の演技を激賞している。今年は、その梅蘭芳の生誕120周年に当たり、漢の劉邦に敗れた楚の項羽と虞姫(ぐき)の今生の別れを描いた人気の演目「覇王別姫」が中国の劇団「天津京劇院」によって東京、大阪、名古屋で上演されている。まさに日本での京劇復興の兆しともいえ、今や東京だけで7000人から8000人、日本全国では何と1万5000人の京劇ファンがいるそうだ。

宝塚歌劇団で「覇王別姫」の演技指導

この中で今、京劇といえば日本ではまず「魯大鳴」の名前が挙がる。魯さんが日本を拠点として活躍するほとんど唯一の京劇俳優で、歌舞伎に京劇の要素を取り入れて舞台に立った歌舞伎界の名優、先代市川猿之助や名女形、坂東玉三郎とも雑誌で対談。未婚の女性だけで構成され、人気の高い宝塚歌劇団の演目「覇王別姫」では演技指導も行い、京劇を紹介する本を次々に出版するなど、日本における京劇紹介の第一人者と評価されているからだ。

魯さんを支えた日本人妻の“内助の功”

魯さんの著書『京劇役者が語る京劇入門』と『京劇への招待』

そんな魯さんの著作のひとつが『京劇役者が語る京劇入門』(駿河台出版)で、イラストを多用。約束事が多く、奥の深い京劇を日本人にもわかりやすく解説しており、「京劇を学ぼうとする人の必読書」となっている。もちろん、日本在住27年の魯さんは日本語が堪能。それでも、北京生まれの中国人である魯さんにとって、京劇の複雑な所作や決まりごとを、日本語で、分かりやすく説明するのは容易なことではない。

ここで“内助の功”を発揮してくれたのが圭代さんだ。魯さんに納得がいくまで質問を繰り返し、難しい京劇の専門用語などをかみくだいた分かりやすい日本語にしてくれた。表紙の挿絵や髪型などのイラストは圭代さんの手作り。魯さんは「感謝しても感謝しきれません。彼女の協力なくして本はできなかった」と語る。

文化は日々の積み重ね

魯さんが京劇を志したのは小学校時代。周囲の大人たちから「声がいい」とほめられ、北京の戯曲専門学校に入学した。卒業後は「北京風雷京劇団」に入り、一流の京劇役者を目指して歩み始めた。

来日した動機は前述した通りだが、当初は「日本語をマスターして2年以内に北京に戻り、日本語を活かして日本人観光客にも京劇の良さを分かってもらおう」と考えていた。しかし、いざ日本で京劇を教え始めると、そうした生徒たちを置いて、帰国することができなくなった。

「文化(を伝えること)は日々の積み重ねなのです」

文化を伝えることは、一朝一夕にはできない。そんな思いから魯さんは日本に残り、京劇を伝える道を選択した。呼ばれれば、どこへでも飛んでいって京劇について話をした。NHKの教育番組「テレビで中国語会話」では「おにぎりパンダ」のナレーションを担当。さらに同番組ではバーのマスター役などでも出演し、存在感をアピールした。

京劇は中国文化の“窓口”

日中を問わず、古典芸能にとっての課題は、若い世代のファンの獲得だが、京劇も日本の能や歌舞伎と同じようにうまくいっているとは言い難い。

「京劇も若い人たちのことで悩んでいます。しかし、問題解決のためのさまざまな試みも行っており、シェークスピアの『ハムレット』(中国名『王子復讐記』)なども演じられるようになりました」

魯さんは現在、明治大学の非常勤講師を務め、学生たちに京劇を教える傍ら、創作活動を続けている。作品の中には日本の御伽噺(おとぎばなし)をベースとした新京劇『桃太郎』がある。

「京劇は中国文化の“窓口”。同時に、学生たちは京劇を学び、演じることによって、社会におけるいろいろな知識も獲得でき、将来社会での適応力も身につけることができます」

日本と中国の心をつなぐ魯さんの夢に終わりはない。圭代さんとの間には一粒種の小学5年生の男の子がいる。

「彼は京劇のファンです」

魯さんはうれしそうに微笑んだ。

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