シリーズ 桜物語
ポトマックの桜、“日米交流史”の象徴
[2015.03.25] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL | العربية |

米国にも日本生まれの桜「ソメイヨシノ」の名所がある。首都ワシントンのポトマック川の並木である。1世紀以上前に東京市から贈られたもので、その後の日米関係の激動も乗り越え、毎年、見事な花を咲かせている。

103年目、桜2000本のアーケード

米国の首都ワシントンDCの中心部を流れるポトマック川岸には、春になると2000本もの桜が一斉に開花し、日米友好の証である桜のアーケードが出現する。ポトマックの桜は日本から贈られて、2015年で103年目を迎え、全米桜祭り(Cherry Blossom Festival)はいまや多くの地元民、観光客が訪れるビッグ・イベントとなっている。

このポトマック川の桜は、実は兵庫県伊丹市で育った苗木を移植したもので、太平洋戦争中ですら切り倒されることもなく、現在に至っている。

3月上旬、ワシントンを訪問した際は、寒さと降雪でポトマック川は、川面が凍り付き、桜並木はほとんど芽吹く気配も見せていなかった。しかし、戦後70年という節目でもあり、今年の全米桜祭りの期間中開かれるストリートフェスティバル「さくらまつり」に寄せる在米日本大使館や関係団体の思いは例年より熱いものが感じられた。

今年も、3月21日にワシントンで「全米桜祭り」の開幕式が行われ、日本の歌手やジャズピアニストらによる演奏が披露され、恒例の行事に花を添えた。

ポトマック川畔の桜並木。降雪などの影響でつぼみ状態。2015年3月中旬撮影

氷が張り残雪が残るポトマック川畔。2015年3月中旬撮影

提案から4半世紀、タフト米大統領夫人の快諾で実現

桜をワシントンに最初に持ち込もうとしたのは、ナショナル・ジオグラフィックス協会の女性理事で紀行作家であったエリザ・シドモアさんだった。女史は1885年、日本への旅行後、公共施設などの管理をしていた米陸軍に対して、埋め立てが行われたポトマック川畔に桜を植樹するよう提案した。

提案は、何度も拒否され、実に24年間にわたる長い要望の末に実現する。

ポトマックの桜「100周年」を在米日本大使として迎えた藤崎一郎氏によると、桜植樹の話が急展開した功労者の一人は、水野幸吉ニューヨーク総領事(当時)だったという。水野氏は日露戦争で在留邦人保護に尽力した人物で、日露戦争を講和に導いた米国に対する恩義を強く感じていた人物でもあった。

水野氏はシドモア女史とも知り合いで、桜植樹の提案を熟知しており、1909年4月にワシントンへ出張したとき、シドモア女史と、ワシントンに偶然に滞在していたアドレナリンの発見者である高峰譲吉博士と3人で話す機会があった。高峰博士は当時、ニューヨークにおける日本人社会のリーダー的存在であった。

この会合で、シドモア女史から「タフト大統領夫人がポトマック川畔への桜の受け入れを歓迎した」との情報がもたらされ、話がとんとん拍子に進むことになった。高峰博士や水野総領事らは、移民排斥などでアメリカ人の反日感情の高まりを懸念していたこともあり、日本政府への桜の移植を強く働きかけることとなった。

最初の2000本はすべて焼却処分

桜の木の移植に動いたのは当時の尾崎行雄・東京市長。小村寿太郎外相の依頼を受け東京市は1909年8月に桜の米国移植関連予算を決定する。尾崎市長は当時、大変な”国際派“としても知られ、日露戦争終結のポーツマス条約締結で米国に世話になったという認識を抱いていた。

日本国内でのすべての準備が整い、1910年1月、2000本の桜の苗木が海路でアメリカに移送された。しかし、長い航海の途中、多くの桜が病害虫に侵され、ワシントンに到着はしたものの、防疫検査を通過できず、すべてが焼却処分された。

しかし、尾崎市長はこれにめげることなく、害虫に強い桜を確保するよう指示を出して再挑戦する。東京の荒川堤で採集したソメイヨシノをはじめとする五色桜を穂木として、兵庫県伊丹市東野地区の台木に接木し、健康な苗木を作り上げる。さらに青酸ガス薫蒸で害虫駆除も念入りに実施した。ポトマックの桜が“伊丹市育ち”というのは、こうした理由からだ。

ワシントンのタイダルベイスンから満開の桜並木。遠景はジェファーソン記念館。2014年4月11日撮影

記念植樹は1912年3月27日

一年以上かけて育てられた桜の苗木3020本は、1912年2月に横浜港を発ち、無事にワシントンに到着。同年3月27日に記念植樹が行われ、ヘレン・タフト大統領夫人が出席した。長期の航海にもかかわらず、病害虫に侵された桜が一本も見つからなかったことに、米側検疫官は感嘆したという。

最初に贈られた3020本の桜は12種類で、現在ではソメイヨシノとカンザンが多くを占める。また、ワシントンDCの人工湖タイダルベイスンの周りには現在までに、約3750株の桜が植えられ、イーストポトマック公園とワシントン記念塔周辺にも桜が立派に育っている。

ちなみに、伊丹市の東野には「里帰り桜」の木がある。日本から桜がワシントンに贈られてから90周年に当たる2003年に、ワシントンの桜の苗木がその記念として伊丹市に贈呈されたものだ。

大イベント「全米桜祭り」

「全米桜祭り」は、毎年70万人以上の人が参加する春の大事な行事となっている。主催は、ナショナル・チェリーブロッサム・フェスティバルInc.。3月最後の土曜日のファミリーデーから2週間開催される。祭りの最中には、寿司や日本酒に関する講義、アニメ・写真などの展示、落語など文化公演、着物のファッションショーなどが多彩な催しが繰り広げられる。人気の「スミソニアン凧(たこ)揚げ大会」も祭りの最初の週末に行われる。

一方、「全米桜祭り」の一環として在米日本大使館やワシントン日米協会などが主催しているのがストリートフェスティバル「さくらまつり」。いうまでもなく、アメリカ最大の日本文化祭となっている。在ワシントンの日本人、日系人社会が一丸となって長期計画をたて、毎年「さくらまつり」を実施している。

桜祭りに韓国の注文

ところが、近年、「全米桜祭り」に異変が起きている。桜の華やかさと100年を超える歴史もあって、ワシントンの一大行事となっているが、韓国、中国などが「全米桜祭り」をアジア系の大きな行事として位置づけ直すよう働きかけているからだ。

特に、韓国側は、ソメイヨシノは日本産ではなく韓国産であるとして、そのことを明確にするよう米国政府に働きかけをしているという。背景には、1905年9月に締結されたポーツマス条約によって、日本による朝鮮支配が国際的に認められたことがあるといえる。しかし、桜の植樹と、こうした歴史問題を絡ませるのは、桜に魅せられたタフト夫人やシドモア女史の思いとはあまりにかけ離れているのではないだろうか。

(nippon.com理事長・原野城治)

カバー写真=ワシントンのタイダルベイスンから満開の桜並木。2014年4月11日撮影

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