シリーズ “超”老舗探訪
日本香堂—繊細な「香りの文化」を外国人にも

菊地 正憲【Profile】

[2016.05.26] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

仏教伝来とともに、6世紀に日本に伝わった香(こう)。16世紀には調香の専門職が生まれ、独自の発展を遂げてきた。国内最大手の日本香堂は伝統の継承と同時に、海外需要への対応や供養関連の新サービスにも力を入れている。

無骨な木に漂う優雅な香気

高さ80センチほどの樹木の幹が、厳かな風情でガラスケースに収まっている。素人目にはどうしても枯れ木にしか見えないのだが、これが高級品の「香(こう)」の原料になるという。

「ジンチョウゲ科の木で、日本には自生していません。主に東南アジアで採れます。並べられているのは、その木からできる『沈香(ぢんこう)』と呼ばれる貴重な香木です」

香木や香にまつわる品々が並ぶギャラリー「銀座香廊」。同じ本社屋内には茶道の茶室にあたる「香間」があり、定期的に香道教室も開いている。

日本香堂マーケティング部の吉野公祥(きみよし)部長は説明する。ここは東京都中央区銀座にある同社本社のギャラリー「銀座香廊」。普段は一般公開していないが、香をたくためのさまざまな道具、線香製品や原料となる香木が展示されている。香木とは、木に傷などがつき真菌が作用することで、黒色の樹脂が沈着した部分を指す。表面はごつごつと荒々しいが、そこから優雅な香りが生まれるのだと思うと、神秘的ですらある。

香木には、香りを持つクス、スギ、マツなども含まれるが、日本では沈香と、アジア南部で栽培されるビャクダン科の木から採れる白檀(びゃくだん)が代表的なもので、特に沈香が最も良質とされる。

一般的な香は、香木を粉にして漢方生薬をはじめとする他の原料と練り合わせ、棒や円すい、渦巻状に成形して作る。同社では仏教の供養や祈りのためだけではなく、癒しの香りそのものを楽しむための製品も数多く生産、販売している。数十本で1000円前後の汎用品から1万円を超す高級品までさまざまな種類があり、沈香の中でも含油料が多く最高級とされる「伽羅(きゃら)」を使った製品には、1束20万円の線香もある。

「伽羅は、ベトナム周辺の限られた地域でしか採取できないといわれています。現地の香木市場でも見かけることが少なくなっていて、非常に貴重な香木です」(吉野部長)

高級素材の沈香や伽羅を使った線香。最近は心の緊張をほぐすリラクゼーションのために買い求める顧客も多いという。

香木を使った日本の香の発祥は、はるか1400年前にさかのぼる。飛鳥時代の6世紀、仏教の伝来と同時期に中国大陸から日本に伝わったとされている。線香や焼香に代表されるように、古来、香気は宗教上の儀式の中で、精神を清める力があると信じられており、主に支配階級の人々に広まっていった。東大寺の正倉院には今も、「蘭奢待(らんじゃたい)」と呼ばれる国宝の伽羅の香木が所蔵されている。紫式部の「源氏物語」にも、香をたく場面が随所に登場する。

権利を継承し社業拡大

平安時代には、貴族たちが香木の粉を蜂蜜などで練り固めて作った練香(ねりこう)を焚いて香りの優劣を競ったり、香木の種類、産地を当てたりする遊びが流行した。室町時代になると、武家に信仰された禅宗とも関わり合い、一定の作法に則って香をたき、その香りを楽しみ鑑賞する「香道」が誕生した。同じころ、村田珠光や千利休によって確立した茶道とも深いつながりを持った。茶をたしなんだ戦国時代の実力者である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康はともに、香道にも深く通じていた。

信長が天下統一に向けて勢力を拡大していた天正年間(1573-92)前期に、心を和ます、心身を清らかにするなどの「香の十徳」に由来する「香十」と呼ばれる調香の専門職が生まれた。その初代が源氏の流れを汲む安田又右衛門で、京都の宮中に仕える香道具師だった。後に高井家が名跡を継いで代々、香道の普及に努めた。とりわけ江戸時代に多くの銘香を考案した高井家8代目の十右衛門が中興の祖とされる。

線香メーカー国内最大手である日本香堂は1950年代後半、その高井家の17代目から香十の秘伝書や、宮中に出入りするために使った通行証(鑑札)を継承した。これらは今も、社内で大切に保管されているという。同社では初代の香十が世に出た天正年間を創業期としており、香十の技を受け継いで作られた練香製品を今も生産、販売している。

日本香堂は大阪を本拠とする老舗線香メーカーの孔官堂の東京出張所だったが、1942年に分離・独立し、初代社長の小仲正規(まさのり)氏が率いる会社組織として設立された。その後47年には、後継者難に陥っていた大阪府堺市の名門「鬼頭天薫堂」から「毎日香」の商標権と名跡を譲り受けた。テレビCMの効果もあり、「毎日香」は同社のオリジナルブランドの「青雲」と並ぶ看板製品となった。90年代には海外事業にも積極的に乗り出し、芳香剤メーカーの仏エステバン社や竹線香メーカーの米ジェニコ社を買収した。

2000年には正規氏の孫の正克(まさよし)氏が4代目社長に就任。新商品開発や海外ブランドの商標・販売権の取得、ベトナム工場の設立などを指揮してきた。

小仲正克社長

「近年、繊細な香りを特徴とする日本の香は評価が高まっています。少子高齢化により国内市場が縮小する中、これからは訪日観光客を含めた海外のお客さんにもっと目を向けなければなりません」

正克社長はこう話し、幽玄な「和の文化」を象徴する香を今後とも開発していくと強調した。その一例として、今年2月には、東京の香り作りの職人(香司)が江戸の「遊びと洒落の文化」を意識して調合、製作した「大江戸香」を発売。和式の紋様をあしらった桐箱のパッケージには、英語での製品説明も記されている。

原点の京都に直営店を出店

線香業界全体の売上高はここ10年ほどの間、微減傾向が続いている。株式会社日本香堂の売上高は2000年度の約130億円から15年度は約140億円に微増したが、人口減が逆風であることには違いない。外国人にこそ、香のよさを訴えていかなければ線香業界も厳しい立場に立たされる。

実は、前述した1束20万円する伽羅の最高級線香は、日本ではなく、中国を中心とした海外の訪日客が主に購入していくのだという。「爆買い」ではないが、日本の香の文化に高い付加価値を見出す外国人は少なくないのだ。

そんな同社は16年4月、「香十」の名を冠した直営店を京都市内に開店。薫香や香道具類を専門に扱い、店のロゴマークとして和・英文の2種類を作成した。正克社長はこの店を「原点回帰の礎」だと説明した。

「海外の観光客に最も人気がある京都で、香十の暖簾(のれん)を掲げる意味は大きい。集客面で大いに期待しています」

京都に出店したばかりの直営店「香十 二寧坂(にねんざか)」。和風の落ち着いた店内に色とりどりの商品が置かれている(日本香堂提供)。

さらに同社は、線香の需要を喚起するために、販売サービス面を考慮した提案型事業も積極的に続けている。例えば、11月から年末にかけて届く日本の「喪中はがき」の返礼として、お悔やみのメッセージとともに線香を送るサービスを2007年に始め、その売上額を順調に伸ばしている。2015年秋には、遠い故郷の墓参りに行きたくても行けない主に大都市圏在住者向けに、墓の清掃などを代行するサービスを始めて注目された。

正克社長は「線香という製品だけではなく供養、そして香りに関する事業全体に目配りしています。ひいては新たな日本文化の創造、発信につながればと考えています」と話す。

写真撮影=菊地 正憲

バナー写真:一定の作法に従い、香を楽しむ「香席」で使われる香道具(日本香堂提供)

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  • [2016.05.26]

ジャーナリスト。1965年北海道生まれ。『北海道新聞』の記者を経てフリーに。『AERA』『中央公論』『新潮45』『プレジデント』などの雑誌を中心に人物ルポ、社会派ルポなどを執筆。著書に『速記者たちの国会秘録』(新潮新書/2010年)ほか。

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