シリーズ シリーズレポート「老いる日本、あとを追う世界」
農村の介護を支えるボランティア網(タイ編 ①)

竹内 幸史【Profile】

[2016.09.15] 他の言語で読む : ENGLISH |

アジア諸国で少子高齢化が進んでいる。日本を先頭にして順番に老いていく構図は、「高齢化の雁行陣」とも言える。東南アジアでシンガポールに次いで高齢化の勢いが速いのは、タイだ。農村や都市部における介護の現状や日本の協力の課題などを報告する。

タイ農村部の在宅介護にかかる費用

あちこちの農家の庭先にバナナや、ひと抱えもありそうなジャックフルーツが実っている。タイ北部のチェンマイ県バーンマイ村には54世帯、約240人が住んでいる。高齢者は58人で、そのうち4人が一人暮らしだ。

チェンマイを拠点にタイ北部で高齢者の健康づくりなどの支援をしているNGO「高齢者発展財団(FOPDEV=Foundation for Older Person’s Development)」のサワン・ケウカンタ理事長の案内で、村を歩いた。働き盛りの男女は都市部の会社や日雇い労働に出て姿は少なく、昼は老人と幼な子ばかりである。

一人暮らしのプラカイさん(85歳)宅を訪ねた。彼女は10年前に夫に先立たれ、2年前から寝たきり生活となり、介護者を雇っている。

だが、ベッドの上でも表情は明るい。一人娘のプラタナさんが結婚後も近くに住み、頻繁に来てくれるからだ。プラタナさんはチェンマイの病院に勤める看護師で、看護学校の教員でもある。母のために介護用ベッドを1万2000バーツ(約3万6000円)で、車椅子を5000バーツ(約1万5000円)で購入した。

一方、介護のため毎日訪問してくれる女性には月8000バーツ(約2万4000円)を払っている。介護保険でコストがかなりカバーされる日本と異なり、保険制度がないタイの家庭では大変な出費だ。プラカイさんは政府から高齢者福祉手当てとして月600バーツ(約1800円)を受給しているが、それでは介護の経費を賄うことができず、政府系銀行に勤めていた亡夫の遺族年金月1万バーツ(約3万円)を充てている。また、毎月1回、公立病院の診察を受けに車いすで通っているが、タイ政府のユニバーサル・ヘルスケアによって基本的な医療サービスは無料だ。

プラカイさん(右)、プラタナさん母子

介護の担い手を支える仏教国タイならではのボランティア網

しかし、プラカイさんのように在宅介護が支えられているお年寄りは、タイでは恵まれた方だといえる。高齢者発展財団によると、タイでは伝統的に娘が介護の主な担い手になり、特に末っ子の娘が親の世話をする慣習がある。ところが、近年は一人っ子の家庭や子供がいないケースも増え、介護の担い手は減っているという。

農村で頼りにされるのは、行政区(タンボン)ごとに組織されるボランティアだ。地域住民の保健衛生に携わるボランティアは全国で約100万人もいる。この村には18人いて、1人が3人程度の高齢者を分担し、プラカイさん宅にも頻繁に巡回している。政府から支給される手当ては月600バーツ(約1800円)程度に過ぎないが、彼らボランティアの意欲を高めているのは、仏教国タイならでは功徳の心である。

日本は公的な介護保険が制度化され、家族とプロフェッショナルが介護を担っており、ボランティアが主なアクターを担う余地はなくなった。タイにおいても、都市部ではボランティアのネットワークは機能しにくくなっている。次回はタイの都市部に進出し始めた日本企業の活動について報告する。

高齢者を訪問するボランティアの女性

 

プロジェクトの概要について

笹川平和財団 新領域開拓基金「アジアにおける少子高齢化」事業

バナー写真=タイ北部チェンマイの農村(写真はすべて著者提供)

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  • [2016.09.15]

「国際開発ジャーナル」編集委員、笹川平和財団「アジアにおける少子高齢化」委員会委員。1980年、慶応大学法学部卒業後、朝日新聞社に入り、バンコク、ニューデリー特派員、編集委員などを務める。2011年に退社後、米国ライシャワー東アジア研究所客員研究員などを経て、2014年からODA専門誌「国際開発ジャーナル」編集委員。岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授、拓殖大学大学院(国際協力学研究科)講師。共著に『脱原発の比較政治学』(法政大学出版)など。

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