シリーズレポート「老いる日本、あとを追う世界」

ライフスタイルが変容する中国で「親孝行」の意識を醸成

社会

春節(旧正月)などの祝日は家族がそろって祝うのが伝統的な中国でも、大都市では帰省しない人が増えている。親孝行のため頻繁な帰省を義務付けた『中国高齢者権益保障法』はこうした傾向に歯止めをかけることができるのか。

精神面の「親孝行」を促す帰省の現実とは

近年、少子高齢化が深刻化しつつある中国では、「親孝行」を巡る家庭内外の環境も変貌している。特に、1980年代から改革開放による経済発展に伴って都市部へ働きに出る若者が増えた結果、孤独に暮らす「空巢老人」(高齢者のみの家庭)も増加している。『中国家庭発展報告(2015)』によると、「空巢老人」は、高齢者総人口の半分で、1億1千万人に達しており、そのうち、独居高齢者は約10%、夫婦のみ生活高齢者は41.9%となっている。また、30歳以上の単身者の43.2%(都市では45.4%)が親と別居している(2010年)。

このように、高齢者の孤独感が高まる中で2013年7月に施行されたのが、前回の連載で紹介した『中国高齢者権益保障法』(改正)だ。「高齢の親と離れて生活している子供が頻繁に帰省し、親に顔を見せなければならない」という条文で、精神面からも親孝行を促しているが、実行性・強制力が欠けているとの指摘もある。例えば、仕事上や経済上、または価値観上の原因で常に帰省し親に会うことを現実的には果たせない場合は多い。

春節(旧正月)でも約半数が帰省しない

中国では伝統的な祝日には家族が集まる慣習があるが、一番大切にされているのはやはり春節(旧正月)である。昔は、春節には子供たちが親の家に集まってきて親の傍に正月を過ごすのが一般的だったが、近年、様子が少ずつ変わってきた。今年215日に華中ビッグデータ取引所(CCBDE)が発表した「ビッグデータ記録:2016春節生活の変化」によると、2016年の春節で新年を迎えた場所は、帰省先の親の家が53.4%、出稼ぎ先・仕事先が34.3%、他の場所が12.2%であった。これは、親と離れて生活している人の約半数は帰省せず、親と会っていないことを意味している。

夫婦どちらの実家に帰省するか

また、既婚者の帰省先を見てみると、春節を一緒に過ごした場所は、夫の親の家が49.5%、妻の親の家が28.1%、その他の場所が22.4%であった。現代中国では男女平等が強調され、家庭内においては女性のほうがより強いイメージもあると思われる中、意外だと感じる人もいたようだ。中国の人々にとって一番大事な春節に妻の親を見舞うカップルは夫の親を訪ねるカップルのほぼ半数という結果だった。

帰省せずに「他の場所」で新年を迎える沿海都市部

さらに、新年を迎える場所として「他の場所」を選んだ夫婦が多いトップ3は、北京市、上海市と天津市で、それぞれ、44.0%、37.4%、と35.2%という順になっており、全国平均の22.4%を遥かに上回った。大都市に住んでいる人々は他の中小都市と比べると、一年で一番大切な帰省の機会である春節であっても、帰省せずに親と会わなくてもいいという意識がかなり強いことがわかる。「他の場所」というのは旅行先というケースも多く、沿海大都市部の住人は、収入水準が高く、春節の長期休暇を生かした旅行のニーズが高まっているといえるだろう。

家庭・コミュニティ・社会全体で「親孝行」の意識を醸成

上海『条例』施行に際し専門家に聞くテレビ番組に出演する章晓懿教授

上海高齢者福祉政策研究の権威専門家・上海交通大学国際及び公共事務学院副院長の章晓懿(ZHANG Xiaoyi)教授は、『上海市高齢者権益保障条例』の施行に際し上海のテレビ番組で、「常回家看看」の新法規条文についてこう述べた。

「本来、『子供・家族が常に実家へ帰り親に会う』という精神的な親孝行は、文化道徳の範疇ではあるが、法律によって義務化されることで、多くの子供家族が気づくことができる。この新法規・新制度の目的は親に会いに行かせるという形式的なものだけではない。別居中の親とコミュニケションを取り、精神的な面からも高齢者ケアを重視してほしい。新法規・新制度によって家庭・コミュニティ・社会全体における『親孝行』の良好的な雰囲気を形成させることが期待できる」

プロジェクトの概要について

笹川平和財団 新領域開拓基金「アジアにおける少子高齢化」事業

バナー写真=海外旅行に出発する客でにぎわう春節の南京禄口国際空港(Imaginechina/時事通信フォト)

少子高齢化 中国 アジア 笹川平和財団