シリーズ 「ニッポンの100人」からのメッセージ
日中関係は、深読みの時代に入った—神戸国際大学教授・毛丹青さん
[2016.08.30]

いま中国の若者は、ニッポンの暮らしに、そして文化に大きな関心を払い始めている。仕事や留学で日本に暮らしたことのある中国人たちがつくるユニークな雑誌「在日本」を交流の場に、新たに広がる日中、そして東南アジアの未来を考える。

毛 丹青

毛 丹青MAO Danqing作家。神戸国際大学教授。1962年、中国・北京生まれ。中国社会科学院哲学研究所助手を経て、三重大学に留学。商社勤務などを経て執筆活動に。2011年日本文化を紹介する雑誌『知日』を中国で創刊し、5年間で300万部を売る。2016年3月、在日留学生が描いた日本の姿をまとめた雑誌『在日本』を創刊。村上春樹作品やドラえもんの翻訳も手がける。著書に『にっぽん虫の眼紀行』(法蔵館/1998年・文春文庫/2001年)などがある。

ここには失われた中国文化の香りがある

これからの日中関係を考える上で、「爆買い」という現象を強調するのは無意味だ。最近では沈静化してきたと日本のマスコミが伝えているが、本質を捉えていないような気がする。昨年、1億2000万人の中国人が海外旅行を楽しんだ。そのうち日本にやってきたのは、たかだか500万人に過ぎない。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの年には、2億5000万人が海外旅行に出かけ、2000万人が訪日すると予測されている。こうした状況を踏まえると超爆買い現象が起きるかと思うかもしれないが、そんなことはない。

それは、中国人旅行者の意識が変化しているからだ。買い物を楽しむ人も多いだろうが、それ以上に日本で文化体験をしたいと望む観光客が増えている。例えば4泊5日の京都文化体験というツアーは、100万円という高額にもかかわらず人気がある。禅寺で座禅を組み、京懐石に舌鼓を打ち、茶道をたしなむといった内容だが、みな大変満足して帰っていく。

彼らが日本に何を求めてやってくるのか。それは、ずばり「失われた中国文化の馥郁(ふくいく)たる香り」である。先日、永平寺に行ったが、その時も中国人観光客は「ここにはよき時代の中国文化が真空パックのように保存されている」という感想を述べていた。彼らにしたら、文化大革命以前の中国文化の神髄が日本人によって大事に保存・継承され、その姿を目の当たりにできたことに感動しているのだ。中国人旅行者の深層心理の奥底で、自分たちのルーツである文化を体験したいという衝動が芽生えつつあることを見逃してはならない。

高まる生活文化への関心

今後の日中関係を考える上で大切なのは、中国人の日本に向けるまなざしをどう捉えるかだ。普通の中国人は、やれ尖閣だ、靖国だ、従軍慰安婦だと声高に叫んでいるわけではない。彼らが注目しているのは、日本の生活文化。「断捨離」について書かれた本が100万部近く売れたり、綿棒の使い方など日本人の生活を知ろうという本が書店に平積みされたりしている。彼らは最初ユニクロや無印良品が日本のものだとは思いもしなかった。使い勝手がよく、機能的で、耐久性に優れているのでとても気に入り、使い込んでみて初めて日本製品だと知ったのだ。片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんの本も売れている。政治・外交よりも、ライフスタイルへの関心が高いのは当たり前のことで、そう思う中国人が増えているのだ。

中国で「ほぼ日手帳」がヒットする理由

ほぼ日手帳(発行所:糸井重里氏が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」)が中国でブレイクしているので、その原因を探ってみた。この手帳の購入層は、1990年以降に生まれた若者たちだ。ちょうど大学を卒業して社会人になりたての世代。中国語版が出ているわけでもないのに、中国の若者の間で静かなブームになっている。

リサーチを進めていくと、意外な事実が浮き彫りになった。ほぼ日手帳を愛用する若者たちは、親の世代へのある種の反発でこの手帳に魅力を感じていることが分かったのだ。親の世代は、私と同じかそれより下の世代で50歳前後の人たちだが、彼らは文革時代に幼少期を過ごした。私もそうだが、その時代は、街全体が紺や灰色など暗い色で覆われていた。赤い色も珍しかったし、化粧などもっての外だ。そんな時代に育った世代だから、自分の子どもたちにはもっと自由で開放的な気分を味わってほしいという思いが強い。子どもたちに着せる服にしても、派手でカラフル。文革時代の反動で、そちらの方に極端に針が振れてしまっているのだ。

しかしその息子や娘たちは、親たちのド派手路線がどうも気にいらない。ハッキリ言って格好悪いし、とにかくダサい。そこで彼らが求めたのが、デザインを自己主張しないデザインともいうべき無印良品のデザインセンスであり、渋い色使いのほぼ日手帳だった。こうしたセンスのいい中国の若者が増えつつあるのも事実で、これは中国の都市部に新中間層が誕生しつつあることを物語っている。

中国でも新中間層の文化が生まれている

同様のことは村上春樹文学の受容に関しても言える。中華圏での村上文学は、まず台湾で火がつき、香港、そして上海へと向かい、その後中国本土に広がっていった。村上文学を理解するには、都市部に暮らす新中間層のライフスタイルを共有できないと難しい。村上春樹も最初は日本人かどうかなど関係なかった。その小説が面白くて、それがたままた日本の作家のものだったのだ。中国人のアメリカに対する憧れは相当なものがあるが、かなり遠い国であるのも確か。そこでアメリカのライフスタイルにどっぷり浸かった村上春樹によってワンクッション置いて、アメリカ文化を体験していった。村上文学が世界中で読まれる理由も、そうした点にあるのではないかと思う。

日中の若者たちが創る「在日本」

今後の日中関係の改善において、私が期待したいのはこうした新中間層の若者たちだ。日中の若者たちの間ではシェアできる土壌が整いつつある。これは、文革後の政治抗争に明け暮れた彼らの親世代では不可能なことだった。

中国で新中間層が大量に生まれつつある中、日中間では相互に深読みする時代になった。政治や経済ではなく、生活文化をキーワードにして虚心坦懐(たんかい)に語り合い、お互いをもっと深く知ることが今ほど必要な時代はない。

こうした思いを込めて、「在日本」という雑誌を、今年3月に中国語、7月に日本語で発行することにした。5年前に始めた「知日」は、日本語がまったく理解できない中国の若者たちが日本文化を発見する雑誌で、トータルで300万部というベストセラーになった。

あれから5年、今度は日本文化を知り抜いた留学生と日本人学生が一緒になって日本文化を深掘りしていく雑誌を創刊した。このメディアを通じて、新たな日中関係の扉が開かれることを願っている。

聞き手=手嶋 龍一(ニッポンドットコム理事長)

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