シリーズ ムスリムの現実 in JAPAN〜「IS」が生んだ誤解の中で
③ 私が日本人にコーランを配る理由
[2017.07.14]

「イスラム教にまつわる誤解を少しでもなくしたい」――。そんな思いから、日本語で書かれたコーランを希望者に無料で配る運動をしている在日パキスタン人の会社社長がいる。

日本人殺害映像の衝撃

来日して34年になるパキスタン人リズビ・カマルさん(62)は、2年前に飛び込んできたニュースの一報を今も忘れることができない。2015年、イラクで身柄を拘束された日本人2人が殺害された映像が、ネットに公開された。殺害者は、ISの一員を名乗っていた。

「これまで、ムスリムだという理由で差別を受けたことはなかった。でも今回はダメージが大きい。自分が何かしなければムスリムは日本で住みにくくなるかもしれない」。 日本で暮らしてきて、こんな思いを抱いたのは初めてだった。

「ISはイスラム教の聖典であるコーランの文言を意図的に抜粋して、間違った解釈でイスラム教を説明している。こんな解釈をしている人はムスリムの中にはいない。ほんのわずかな人間の誤った行動で、イスラム教が怖い宗教だと思われたら、たまらないですからね」

インタビューに答えるリズビ・カマルさん=東京都品川区

出稼ぎ先の日本で起業、そしてコーランの教えに回帰

リズビさんが日本に来たのも、国際情勢と無縁ではなかった。商業都市・カラチ近郊のハイデラバードで生まれ育ち、大学を卒業.。だがその当時、1980年代初めのパキスタン国内は混乱の真っただ中だった。

隣国アフガニスタンでは、ソ連(当時)が79年に軍事介入し、冷戦下の「米ソ代理戦争」が起きていた。志願兵(義勇兵、ムジャヒディンとも呼ばれる)をパキスタン政府が支援し、米国は志願兵たちに武器を供与した。この志願兵の中に、2001年に9・11同時多発テロを起こすオサマ・ビンラディン(11年に米軍が殺害)が含まれていた。

リズビさんは83年、隣国の紛争で混乱する祖国を出て、日本に出稼ぎに来た。サッシ窓の会社で働き、多くの日本人に仕事を教えてもらった。神奈川・武蔵小杉のレストランで出会った日本人女性と恋愛の末、84年に結婚した。

「僕らは顔つきが違うから、日本社会ではどうしても目立つ。だから少しでも変なことをすると、『あの外人、変なやつだ』と言われてしまう。普段からまじめに振る舞うように気をつけていました」

工場などで働いた後、91年に東京都品川区で中古車輸出会社を起こした。00年になったころ、コーランを勉強し直したいと思い、母国語のウルドゥー語で読み直した。顧客と話しているうちに、コーランをよく理解していないムスリムが多いことにも気づいた。ムスリムはもちろん、日本人にもより深く知ってもらいたいと思い、コーランの解説を始めることにした。

2年余りで1800冊を郵送

ムスリムたちが集まる場や、日本人と交流するイベントがあると聞くと出かけていって、コーランを説明した。「コーランの先生」。周囲の人はリズビさんをこう呼ぶ。

そんなリズビさんだからこそ、2年前の出来事がショックだったし、心が傷んだ。日本人2人の殺害を受け、何ができるか自問した。そして思いついた。日本人にコーランをもっともっと知ってもらえばいい。日本語で書かれたコーラン(『聖クルアーン』日本ムスリム協会刊)を希望者に無料で渡そう。

リズビさんが無料で配り続けている『聖クルアーン』。「日本語で書かれたコーランの中で最も正確な本です」とリズビさんは言う

リズビさんはYou Tubeや自身の会社のホームページで、コーランを読みたい日本人を募った。思った以上に反応があった。「日本人は勉強好き。コーランを読んでもらって、イスラム教にまつわる誤解が少しでもなくなるとうれしい」

いまも日本人にコーランを贈り続けている。郵送したコーランは、6月までで1800冊を超えた。

文=河野 正一郎(POWER NEWS)
写真=今村 拓馬

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