シリーズ 日本のヤクザは今
アウトローの魅力:エンターテインメントの中のヤクザ
[2017.09.25]

ヤクザは昔から映画や漫画などエンターテインメント作品の題材になってきた。それらはどのようにつくられ、どうヤクザを表現してきたのか。大ヒットしたヤクザ映画から意外なジャンルの漫画まで、人気作を通してその魅力を探っていく。

北野武監督の映画『アウトレイジ』(2010年)シリーズの3作目『アウトレイジ 最終章』が17年10月7日に公開される。「全員悪人」――第1作のキャッチコピーのとおり、映画は裏切りに次ぐ裏切りの激しいヤクザの抗争を描いたもので、北野映画で初めてシリーズ化された。2作目の『アウトレイジ ビヨンド』(12年)と合わせて、興行収入は22億円を超えるといわれる。

『アウトレイジ ビヨンド』が公開されたとき、北野監督はこう語っている。

「日本のヤクザ映画の流れは、(俳優の高倉)健さんとか鶴田(浩二)さんとかの任侠映画がまず全盛時にあって、今度は深作(欣二)さんの『仁義なき』シリーズがある。(中略)ヤクザ映画の流れは深作さんで止まってた」(映画サイト「OUTSIDE IN TOKYO」のインタビュー)

そして、その流れの先に『アウトレイジ』がある、と。

映画『アウトレイジ 最終章』でのビートたけし(北野武監督)©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

北野監督が言うように、1960年代のヤクザ映画は、男の中の男である古き良きヤクザの世界を描いた任侠映画が全盛だった。それが70年代に入ると、実在の人物・組織をモデルとした実録路線が主流となった。その代表的作品が、深作欣二監督の『仁義なき戦い』だ。

ヤクザ映画の金字塔

73年1月13日に公開された菅原文太主演の『仁義なき戦い』(以下、『仁義』)は、実際に戦後の広島で起こったヤクザの抗争をリアルに描き出した。映画は、こんなナレーションから始まる。

〈敗戦後すでに1年、戦争という大きな暴力こそ消え去ったが、秩序を失った国土には新しい暴力が渦巻き、人々がその無法に立ち向かうには、自らの力に頼るほかなかった――〉

それより少し前の72年7月15日には、フランシス・フォード・コッポラ監督によるイタリア系マフィアを描いた映画『ゴッドファーザー』が公開され、日本も含め世界中で大ヒットしていた。当時、東映の岡田茂社長はこれに刺激を受けたと見られる発言をしている。

「72年の今求められているのは、実話性の強いものではないか。『ゴッドファーザー』にしてもしかり。私は実態映画という名でよぶが、こういうものはスターシステムとは別な魅力が発揮される。東映でもこうした実態映画を大作の構えで作っていきたい」(「キネマ旬報」72年9月下旬号)

そしてでき上がったのが『仁義』で、74年までの短いあいだに続編4作が次々と公開された。シリーズは記録的ヒットとなり、いまも多くの人の心をつかんでやまない。

日本の監督や俳優にインタビューし、ヤクザ映画を世界に紹介した『The Yakuza Movie Book: A Guide to Japanese Gangster Films』の著者で、アメリカ人映画評論家のマーク・シリング氏はもともと、60年代に一世を風靡した東映の任侠映画に魅せられた。鶴田浩二主演の『人生劇場』シリーズや、高倉健主演の『日本侠客伝』シリーズ、『網走番外地』シリーズ、『昭和残侠伝』シリーズなどだ。

「よい親分と悪い親分が出てきて、よい親分は良識のある人物として描かれた。高倉健が演じるヤクザは歩き方もしゃべり方もカッコよく、単純だけどそこが僕には魅力的だった。ストーリーにはファンタジーの部分が多いが、日本の社会の現実が垣間見えるものもあり、観る価値があった」

そういった任侠映画と、深作監督の『仁義』はどこが違うのか。シリング氏が続ける。

「戦争が終わったとき、深作さんは15歳。深作さん自身が、友人などの死を目の当たりにし、生きるためには何でもする辛い経験をしていた。それが作品にリアリティを与えている。深作さんは僕に、ヤクザ映画はヤクザが歩く姿が絵になればいい、細かいストーリーは関係ないと言った」

『仁義』の成功をきっかけに、東映のヤクザ映画は任侠映画から実録路線へと転換したが、長くは続かなかった。73年、実在の人物や組織を実名のまま映画化した『山口組三代目』(高倉健主演)が公開された。しかし、現役の山口組最高幹部である田岡一雄三代目の自伝を題材にしたストーリーは警察の反発を買い、当局の介入を招くことになった。結局、3部作になる予定が2作で終了し、実録路線のブームはしぼんでいく。

冒頭の『アウトレイジ』はこうした流れの先に登場し、ヒットを記録してシリーズ化された久々のヤクザ映画だ。任侠映画のようにファンタジーでもなく、実録路線のようにほぼノンフィクションでもないところに現代性と魅力がある。

映画『アウトレイジ 最終章』の一場面。©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

映画『アウトレイジ 最終章』のポスター。©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

BLが描く新しいヤクザの世界

映画以外では、86年に出版された小説『塀の中の懲りない面々』がベストセラーになった。同書は映画化、ドラマ化され、流行語大賞も受賞し一大ブームに。書いたのは、元ヤクザという経歴をもつ作家の安部譲二で、彼の服役経験に基づく自伝的小説だ。同じ86年に出版された家田荘子著『極道の妻たち』もベストセラーになった。ヤクザの世界に生きる女たちに密着したルポルタージュで、こちらはかなり脚色された形で映画化され、シリーズ化された。

マンガの題材としても豊富だ。『静かなるドン』(88年〜2013年)、『代紋TAKE2』(90年〜2004年)、『ミナミの帝王』(92年〜)、『殺し屋1』(98年〜2001年)……。最近でも『土竜(モグラ)の唄』(05年〜)などがあり、それぞれ娯楽性が高くドラマや映画になった。

このマンガの世界で、ヤクザものが思わぬ形で“進化”していた。男性同士の恋愛・性愛をテーマとしたジャンルを「BL(ボーイズラブ)」というが、主に女性向けであるそのBLマンガの人気題材の一つになっていたのだ。

代表的作品として評価が高いのが、『囀(さえず)る鳥は羽ばたかない』(以下『囀る』)だ。13年に連載開始、15年には女性誌「FRaU」が選ぶ第3回フラウマンガ大賞を受賞した。この賞は「働く女性たちに勧めたい作品」であることが選考基準となっており、前年の受賞作品は、つい最近ドラマ化されて大ブームになった『逃げるは恥だが役に立つ』だった。BL作品、しかもヤクザものの受賞は異例といえるだろう。

マンガ『囀る鳥は羽ばたかない』の単行本

『囀る』は、暴力団の若頭(子分の筆頭格)でマゾの矢代と、元警察官で矢代の付き人兼用心棒として雇われた百目鬼(どうめき)の関係を中心に、男同士の恋愛・性愛を描く。ただ、それだけで終わらないのは、ヤクザの世界を緻密に描き込んでいる点にある。それは、20年以上ヤクザの世界を取材してきたフリーライターの鈴木智彦氏にして、「『仁義なき戦い』を彷彿(ほうふつ)とさせる」と言わせるほどだ。

「ヤクザの世界では女性は穢(けが)れているとされるため、フィクション作品であっても、ヤクザの妻である『姐さん』くらいしか女性の話は入ってこない。そういうすべての物語が男で成り立つヤクザの世界は、BLに最適と言える。ただ、それだけではなく『囀る』のストーリーの根幹は、本格的なヤクザの群像劇にある。しかも、女とではなく男と男が情愛を交わすという、設定の単純な入れ替えをしただけで、場面をどこまでも広げられるというのは、目から鱗(うろこ)だった」

鈴木氏の言う「場面が広がる」というのは、たとえば以下のシーンだ。矢代と、一時期愛人関係にあった上部組織幹部の三角(みすみ)が料亭で食事をしている。

三角「お前にはこれから俺の下で働いてもらうんだからな」
矢代「本当なんですね。跡目争いにアンタが絡んでるって話」
三角「会長の様態が目に見えて悪ィな。今の上層部の中には俺を煙たがってる連中もいるから、実際はどう動くのか俺にもわからん」「平田には悪いが、俺はお前を側に置きたい。もう一度俺のものになれ。矢代。お前は俺のあとをくっついてくりゃいい。あとは全部面倒みてやる」

いかにもヤクザものでよくありそうな場面だが、鈴木氏はこのやり取りに思わず唸った。

「ヤクザは厳格な縦社会だが、矢代は三角を『アンタ』と呼ぶ。これは特別な関係を匂わせている。また『もう一度俺のものになれ』は、『俺の下で働け』のほかに、『俺のオンナになれ』という意味にも取れる」

『囀る』は、ヤクザ映画などには距離があった女性ファンを獲得し、鈴木氏のような男性をBLの世界に引き込んでいる。歌手で俳優の福山雅治も、出演したラジオ番組の中で「名作」と絶賛した。

ヤクザ作品の「リアル」

『仁義』にも出演した松方弘樹は、のちに梅宮辰夫との対談(「週刊現代」2015年4月25日号)で、「あの頃は、社会が良くも悪くも寛容でした。でも残念ながら、今はヤクザ映画が撮りにくい時代になってしまった」と嘆いた。梅宮も「今、ヤクザ映画の新作を作ったら、うけると思うんだけどなあ。あの頃と日本の組織の仕組みは変わっていないし、なにより群像劇を描く舞台としてヤクザの世界はぴったりなんだから」とヤクザ映画への思いを吐露した。

梅宮が言うように、『アウトレイジ』も『囀る』も、ジャンルは違うがヤクザの世界の群像劇を描く舞台として使い、成功している。任侠映画と実録路線の間、フィクションだけどリアルという位置に、これらの人気作はある。

ただ、現実のヤクザの世界は、また違ったリアルがある。15年にテレビで放送され、大きな反響を得て16年に映画化、ミニシアターに多くの客を集めたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』(東海テレビ制作)は、ヤクザに人権はあるのか、を問うディープな内容だ。

取材に応じた現実のヤクザは、映画の中でこう訴える。暴力団対策法の度重なる改正や、暴力団排除条例の全国的な整備によって、ヤクザでいることは苦しくなった。銀行口座を解約しなければならなくなり、保険に入れなくなり、子どもは幼稚園に入園できない――。

「ヤクザ認めんということやろ? 暴力団いうて。本当に認めんならヤクザなくしたらええ」

映画『ヤクザと憲法』の一場面 ©東海テレビ放送

エンタメ作品で描かれる「リアル」は、あくまでも一面だ。かつての任侠映画のように、ある意味のファンタジー性を内在させながら、これからもヤクザを題材にしたエンターテインメント作品の世界は広がっていくのだろう。

文・桑原 利佳(パワーニュース)

バナー写真:映画『アウトレイジ 最終章』の一場面。©2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

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