シリーズ ビッグデータ新時代 進化する利活用
変化の時代、現場裁量がない組織はビッグデータを活かせない
佐藤一郎・国立情報学研究所副所長に聞く
[2017.11.09]

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)技術などの発達に伴い、顧客の行動に関する膨大なデータを瞬時に解析し、刻々と次のビジネスにつなげていく「データドリブン経営」が注目が集めている。先進的な企業では、実際にビッグデータをどのように活用しているのか。コンピューターサイエンス研究者で国立情報学研究所副所長の佐藤一郎教授に聞いた。

消費者の「行動」を瞬時に分析、対応

——「データドリブン」がマーケティングの分野などで注目されています。

いま消費者は、企業の広告ではなくSNSや情報サイトなどに掲載された口コミを参考にして商品を買っています。そのため、マーケティングには個々の消費者の行動分析が必須となっています。分析するデータ量は一気に増えました。しかし、AI(Artificial Intelligence)などの処理能力が上にがったことで、ビッグデータを瞬間的に分析できるようになりました。

ネット通販サイト「アマゾン」で買い物をするとき、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という表示がされます。この商品推奨ですが、アマゾンはユーザーごとに、全商品を対象にして、例えば、ある商品のページを見たら「1」、実際に買ったら「5」、何もアクションがなければ「0」というように商品に対する関心事を数値化しています。そうすることで、その人自身の購入数やページ閲覧数が少なくても、数値パターンが類似した別のユーザーがいれば、そのユーザーと類似した関心があるユーザーとして、別のユーザーの購入品などを推奨します。

アマゾンは、この商品推奨が非常にうまく、ユーザーが「これは違う」と思うような商品を勧めてくることはありません。マーケティングに「消費者の購入行動」というビッグデータをAIを使ってうまく処理して利用しています。

ところが、国内のその他の事業者は、比較すべきユーザー数が少なかったり、ユーザーの意図を反映するとは限らない周辺情報を使ったりするため、推奨商品の選択精度が高くありません。消費者は気に入らない商品を勧められれば、二度とそのネット通販サイトを利用してくれないかもしれません。また、あまりに監視されていると思うような推奨をすれば、気持ち悪がられます。商品推奨では、人気の商品ばかり勧めてもいけません。不人気な商品や在庫が多い商品を含めて、どんな商品を推奨するかが、とても重要です。アマゾンは、こうしたことが総合的にうまくできています。

ビジネスモデルが大きく変わる「使用時点情報」

——商品推奨以外には、どんな事例がありますか?

バーコードリーダーで商品のバーコードから商品情報を読み取り、コンピューターに接続して情報を転送、それに基づき売り上げや在庫などを管理するPOS(Point of Sales=販売時点情報管理)システムはすでによく使われています。

一昔前は、この商品を売った時点のデータを扱うだけで精一杯でした。しかし現在は、AIなどを使うことでビッグデータの情報処理能力が上がったこともあり、商品を使ったときのデータを集めるPOU(Point of Use=使用時点情報)が可能です。この考え方がこれから広がってくるでしょう。

例えば、国内で販売された日産の電気自動車「リーフ」は、車に搭載されているリチウムイオン電池の使用量を1分おきに充電ステーションに送り、それをデータセンターに集めています。使用量を監視することで、必要な場合は充電ステーションの場所を教えることができます。電気自動車に限らず、商品のPOUがわかるようになると、商品は売り切りでなくサービスとしても展開できるので、企業のビジネスモデルも大きく変わるでしょう。

佐藤一郎・国立情報学研究所副所長

顧客の損失減らすIoT事例

——それはIoT(Internet of Thing)の事例でもありますね。

IoTとビッグデータは不可分です。データを集めるということに着目すればIoTで、データを分析して利用するところに着目すれば、ビッグデータです。さらに言えば、AIの機械学習、ディープラーニングなどはビッグデータの技術の上に乗っかっている。ビッグデータが言われるようになった5年ほど前にはウェブ上のデータしか分析できるものがありませんでしたが、IoTによって現実世界のデータを集めることができるようになりました。

いくつかの事務機器メーカーでは、顧客のコピー・プリンター機器がネットワークにつながっていて、利用状況をモニタリングしています。紙詰まりや部品の摩耗、トナーの使用状況、用紙切れなどを見ているわけですが、これは顧客からトラブル対応の依頼電話を受ける前に、顧客に電話、または営業担当者を派遣できるようにするためです。

例えば、トナーの残りが少ないということが分かったら、モニタリングしている「遠隔管理センター」が倉庫に事前配送を指示します。倉庫から顧客の近くの営業所にトナーを配送し、トナーが完全に切れる前に顧客に届ける。そうすれば、顧客は消耗品切れを起こすことなく機器を使用し続けられます。また、モニタリングにより、夜間や休日の利用も多い顧客が分かるので、そういった顧客の事業所には耐久性の高い機器を設置するなどして、突然の故障が起こり顧客のビジネスに影響が出る可能性を最小化しています。

これは、IoTとビッグデータを組み合わせて、うまく活用している事例です。世の中のビッグデータ分析の話の多くは、ビッグデータの活用で自社の売り上げや利益を拡大することに関心が集まりがちですが、この事務機器メーカーの事例は顧客の損失を減らすことを重視している点で特徴的です。

損失縮小に効果的なビッグデータ

——ビッグデータで売上拡大、というのは難しいのですか?

とても難しいです。そのため、ビッグデータの主要な応用先でうまくいっている事例は、損失削減が多いのが現実です。ビジネスの失敗ケースを集めて蓄積し、分析します。

例えば、あるネットゲーム事業者が行っていたのは、過去に退会したユーザーの行動パターンの分析でした。当時、ユーザーは月単位の契約をしてゲームをしていて、会社としていちばん怖いのは退会されることだったのです。退会ユーザーには、ある程度の典型的なパターンがありました。退会前に、アクセスが減ったり、他のユーザーとの通信が減ったりするのです。そのパターンにはまる「退会しそうなユーザー」を事前に発見し、彼らに特典を付与したり、新しいゲームを提案したりするなどして引き止めていました。

もうけにつながるデータ特性は「未知のもの」であるのに対して、損につながるデータ特性は、この例を見て分かるように「既知のもの」です。そのため、短期的には売上拡大よりも損失縮小にビッグデータを応用するほうが確実で効果的です。

クレジットカード会社はカードの不正利用発見のために、購入履歴から一人ひとりの購買パターンを作っており、そこから少しでも外れた買い方をすると不正を疑います。これもまた損失縮小のためのビッグデータ活用です。

データを活かせるのは「現場」の人たち

——見逃している既知のデータ特性を見つけ出すためには、どうしたらいいですか?

ビジネスに役立つ興味深いデータ特性について、実は現場の人たちは薄々気づいているものです。ところが実際は、データの分析者であるデータサイエンティストが現場の意見を聞かずに仕事をしてしまうことが多い。分析者は現場の人たちの気づきをデータで裏付ければいいのですが…。

ビッグデータの分析は、「こういうデータ特性があるだろう」という仮説を立て、その仮説を検証するためにデータを収集して調べる、この繰り返しです。100個の仮説を立てて、そのうち1個が当たればいい世界。まず現場の状況を知らなければ、仮説は立てられません。そのため現場の気づきを適切に集められることと、このサイクルを早く回すことが求められます。

また、ビッグデータによる分析結果は、例えば個々の店舗の商品の配列による売り上げ変化など詳細情報が多い。どちらかといえば経営者向きではなく、現場向きです。そうなるとデータの分析結果を活かすのも現場ですから、現場裁量がない組織はビッグデータを活かせないということになります。

個人情報を保護しながら、データ利用も促進

——生活のさまざまなところで、私たちはデータを取られていますね。

それによって、個人情報やプライバシーの侵害も起こりえます。強い技術ほど、副作用を伴います。その副作用について、開発する側も使う側も知っておく必要があります。

ビッグデータの場合、アマゾンの例でお話したように、他のユーザーのデータをもってきて推測して、個人をプロファイリングするということがあります。これは合っていれば便利ですが、間違っている場合は問題があります。仮に正しい推論でもプラバシーが垣間見られてしまう場合があります。適切なデータ活用をするには個人情報やプライバシーは技術や法律で守っていかなくてはいけません。

法律面では、ビッグデータを想定して個人情報保護法が改正され、2017年5月に施行されました。法律を緩めにつくると、企業のデータの利活用は増えるかもしれないが、個人がデータを出さないようになってしまう。そのため、ここで目標とされたのは、個人情報及びプライバシーの保護に配慮すること、そしてパーソナルデータの利用・流通を促進することです。

データ収集で後れを取る日本

——日本のビッグデータの現状はどうなっているのでしょうか。

アマゾンやグーグル、フェイスブックなどはそれぞれEC(電子商取引)サイト、検索サイト、SNSというプラットフォームをつくり、ユーザーのデータをうまく収集し、そのデータを自社のみで囲い込んで使ってビジネスを広げ、さらにまたデータを集めています。

一方、日本は、データを集められるプラットフォームの構築・普及で世界に先を越され、その結果、データの収集では後れをとっています。政府は「データは公共財として、共有すべき」と言います。これもひとつの考え方もしれません。しかし、データ収集で先行したグーグルやフェイスブックなどは収集したデータを共有しているでしょうか。答えはノーです。自社のサービスによって収集したデータの囲い込み、つまり自社で集めたデータを独占的に利用することをある程度は許さないと、企業はデータを収集するインセンティブがないのも現実です。

日本の企業にはよい人材が現場にいますが、それが逆に災いをしているのか、現場も経営陣も過去の経験や勘に頼りがちです。変化のない世界ならば過去の経験に基づけば十分ですが、現代のように変化する時代では、現実を表すデータから、ミクロな変化も見つけて、それにきめ細かく対応していかないと、世界からは取り残されるだけです。

取材・文:桑原 利佳(パワーニュース)

バナーイラスト:(chesky/PIXTA)

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