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嘘——朝日新聞「従軍慰安婦」報道の軌跡
[2014.09.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | Русский |

朝日新聞は2014年8月5日、これまでの「従軍慰安婦」関連報道の検証を公表。32年前の吉田清治証言をはじめ、多くの事実関係の誤りを認めた。しかし、そこで浮き彫りになったのは、「従軍慰安婦」の実態ではなく、日本と韓国という特殊な戦後を歩んだ両国の相関する歪んだ言論空間だった。

朝日新聞の検証にもかかわらず変わらぬ事実

最初に確認しておかなければならないことがある。昭和の戦争において、アジア全域で日本と日本軍が関与した「従軍慰安婦」は現実に存在したということである。しかも、戦地においては軍の暴力を背景にして現地の女性を強制的に慰安婦にした例が複数あったことは、まぎれもない事実なのである。この点、ほかの戦争において軍隊が占領地で行った暴行と何も変りはない。

ただそれは、あくまで「戦地」においてである。「従軍慰安婦」システム自体は、当時、日本で公認されていた管理売春組織を日本軍の占領地にもっていってだけのものである。(ちなみに日本の管理売春制度は1958年に完全廃止される)。「従軍慰安婦」の大半は日本本土の日本女性、さらに当時日本領であった朝鮮、台湾の女性であった。管理売春制度とは公認された“人身売買制度”に他ならず、当事者の人権を著しく踏みにじるものであったことに何の疑いもない。しかし、この人権侵害は「戦地での強制」という戦争犯罪とは別物である。

近年、「従軍慰安婦」問題で日本を激しく非難しているのは韓国であるが、その主張は戦争犯罪であったということに集約される。ただ残念なことに、日本は1894~95年に清国(当時の中国の王朝)と戦争して以来、朝鮮半島では戦争を行っていない。まして、朝鮮半島の国と戦争を行ったことは近代以降、一度もないのである。

吉田清治が作り出したフィクション

故・吉田清治氏(写真提供・読売新聞/アフロ)

ところが、韓国ではいまだに、そして日本でもある段階まで、この問題は「戦争犯罪」として扱われた。その根っこには一つの嘘がある。それが、吉田清治(1913~2000年)という人物の証言である。吉田氏は戦時中、日雇い労働者を管理する山口県労務報国会下関支部で動員部長であったと自称していた。80年代に2冊の著作を出し、その中で自らの体験として「済州島において戦時中、約200人の若い女性を狩り出した」と記述した。のちに問題が大きくなってから、報道関係者、歴史研究家、さらには韓国の研究者まで現地に赴き裏付け調査を行ったが、だれも、何の証拠も、証言も得ることはできなかった。

このままであれば、単なる「創作」ということで世間の注目を集めることもなく消えていくはずだった。しかし、1982年、この吉田証言を朝日新聞が記事として取り上げたことで事態は急変する。いうまでもなく、朝日新聞は戦前から日本で最も影響力のあるメディアである。その報道のおかげで、朝鮮半島における「慰安婦狩り」は事実として韓国で大きく扱われ、対日批判の中心的なイシューとなっていた。

この件がさらに混乱したのは、戦時に国民の勤労奉仕として集められた「女子挺身隊」と混同されたことにある。「女子挺身隊」は日本国内と領内であれば学校組織を中心にどこにでも存在した組織である。そのため「慰安婦組織」は広範に存在したかのような言説が飛び交う羽目になった。

朝日新聞「慰安婦問題」検証の要約

① 強制連行の有無
1982年9月2日の大阪社会面での吉田清治証言に基づく済州島での「慰安婦狩り」報道。および92年1月12日の社説での「『挺身隊』の名で勧誘または強制連行され」と表現したことについて。

日本の植民地だった朝鮮や台湾では、売春組織の業者が『良い仕事がある』などとだまして多くの女性を集めることができ、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていない。一方、インネシアなどの日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されている。共通するのは、女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があったことである。

②吉田清治による済州島で「慰安婦狩り」証言
吉田証言を大メディアとして初めて報道以来、16回にわたり掲載した件について。

済州島を再取材したが証言を裏付ける話は得られなかった。吉田清治の証言は虚偽と判断し、記事を取り消す。

③1992年報道と政治的意図
1992年1月11日の「慰安所 軍関与を示す資料」報道は宮澤訪韓を狙ったものと非難されていることについて。

その意図はなく、詳細を知った5日後の掲載。一方、政府は報道前から資料の存在の報告を受けていた。

④ 「女子挺身隊」と「慰安婦」の混同
1991~92年の記事で、朝鮮半島出身の慰安婦を「女子挺身隊」の名目で強制連行したものであると報道したことについて。

女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とは全く別もの。記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから誤用した。

⑤1991年8月11日の「元慰安婦 初の証言」の背景

韓国メディアより先に報道した。だが、執筆した記者は韓国の慰安婦裁判支援団体幹部の親戚で、何らかのバイアスがかかっていたのではないかという疑い。

記事取材のきっかけは当時のソウル支局長からの情報提供。意図的な事実の捻じ曲げはない。

流れを大きく変えた1992年1月報道

その頂点となったのが、1992年1月の宮澤喜一首相訪韓前後の報道である。前年、元慰安婦の女性が初めて名乗り出て、日本政府を訴えるに至った。この過程も、韓国メディアより先に朝日新聞が報道した。その騒動の中で、首相訪韓の直前、「慰安所」への慰安婦たちの移動に軍や公的機関が便宜を図る資料についての報道があり、宮澤首相は、韓国で謝罪を繰り返し、さらに翌年、河野洋平官房長官が慰安婦問題についての談話を発表することになった。(ただしこの談話は、従軍慰安婦の存在と慰安施設の運営への公的関与、戦地での強制などを認めたものの、韓国での強制には特定して触れていない)。メディア各社も本格的に朝日の報道に追従し始めた。

さすがに、政府まで動くとなると、一連の報道への検証が急速に進むことになった。その結果、吉田証言の事実無根、「挺身隊」と「慰安婦」の混同などが明確になり、1992年8月以降は、日本のメディア各社は吉田証言を前提とした報道を控えることになる。ただ控えただけで否定も修正も行わなかった。

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