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日本は「オランダ型輸出農業」から何を学ぶか

経済・ビジネス

日本の農業が政府の成長戦略を踏まえた「攻めの農業」にかじを切り始めた。視線の先に意識しているのは、小国ながら世界2位の輸出大国にのし上がったオランダだ。しかし、何をどう学ぶのか。

2020年に1兆円へ、食の輸出倍増狙う

安倍晋三政権は2013年5月、成長戦略の一環として、農林水産物・食品の輸出額を20年に1兆円まで拡大する「輸出倍増戦略」を打ち出した。国内市場の縮小を見越したものだ。具体的には①世界の料理界での日本食材の活用推進②日本の「食文化・食産業」の海外展開③日本の農林水産物・食品の輸出——を一体的に推進し、増大するグローバルな「食市場」を獲得することを狙っている。

農水省は、2009年に340兆円規模だった世界の食市場が、2020年には680兆円に倍増すると予想している。中でもアジアの伸びが顕著だ。2012年の日本の農林水産物・食品輸出額は約4500億円(約56億ドル)。円高や東京電力福島第一原子力発電所事故(11年3月11日)の影響で落ち込んでいたが、14年には過去最高の6117億円(約58億ドル)となった。

農水省はこれを、20年には1兆円に拡大するという。特に「食文化・食産業」の海外展開に伴う日本からの原料調達の増大に期待しており、「加工食品」(調味料・菓子・レトルト食品など)の輸出(2012年実績1300億円)を約4倍増の5000億円に引き上げる目標を掲げている。コメ・コメ加工品(同130億円)は600億円、花き(同80億円)は150億円、青果物(同80億円)は250億円の輸出を目指す。

日本の輸出額はオランダの3%

日本が参考にしているのはオランダだ。国土は日本の1割弱だが、輸出額は米国に次ぐ世界第2位。14年は807億ユーロ(約1076億ドル)と過去最高を記録した。欧州連合(EU)27カ国向けが輸出全体の77%を占める。

輸出品目で最も多いのは、チューリップなどの観賞植物(81億ユーロ)で世界1位。次いで食肉(80億ユーロ)は4位、牛乳・チーズなどの乳製品(77億ユーロ)は3位、トマト、ナス、パブリカなどの野菜(61億ユーロ)も1位である。油脂(49億ユーロ)はインドネシア、マレーシア、アルゼンチンに次ぐ4位。

日本の農産物(水産物・林産物を除く)輸出額も、2014年は世界的な和食ブームが続いていることなどを背景に前年比13.8%増の3569億円(約34億ドル)と2年連続で過去最高を更新した。それでもこの数字は、オランダの約3%にすぎない。両国の農産物輸出額は1970年ごろまではほとんど差がなかったのだが、何がこの違いを生んだのか。

日本とオランダ

日本 オランダ
1億2700万人(2013年) 人口 1680万人(2013年)
3780万ha 国土 415万ha
456万ha 農地 190万ha
32億ドル(世界57位) 農畜産物の輸出額 893億ドル(世界2位)
1.8ha 農家1戸あたりの耕地面積 25ha

(2011年、FAO統計)

市場開放と土地の集約化で差

オランダ農業金融機関、ラボバンク(本社ユトレヒト)のボードメンバー、ベリー・マーティン氏は2014年12月に東京で開催されたシンポジウムで、「オランダ農業の成功は市場の開放と土地の集約化だ」と指摘した。

オランダは人口(1680万人)が少なく、国内市場も小さい。しかし、EUの中心に位置し、隣は大消費国ドイツ。輸出に励む環境に恵まれた。輸入(カカオ豆、大豆、タバコの葉など)にも力を入れ、付加価値を付けて再輸出(ココアバター、大豆かす、タバコなど)する加工貿易の仕組みも作った。開放的な経済体制が輸出競争力を高めた。

日本は戦後、零細な農家を温存する農地制度を導入し、小規模農家をたくさん作った。一方、オランダは1950年代に政府、産業、科学界が力を合わせて土地の集約に取り組んだ。この結果、農家1戸当たりの耕地面積は日本が1.8ヘクタール、オランダ25ヘクタールと大きな差が付いた。日本の14倍だ。「2ヘクタールくらいでは生き残れない。第1に農地の集約化を行うべきだ」(マーティン氏)。安倍政権は成長戦略で農地の集約化にも取り組んでいるが、成果の出るのは先の話だ。

国策としての導入は乱暴

第2の手は何か。マーティン氏は「農業にイノベーションを持ち込むこと」だと強調する。最新の情報通信技術(ICT)や環境制御技術を駆使した「スマート・アグリ」を導入。温度や湿度、二酸化炭素濃度、培養液成分などの環境条件を人工的にコントロールすることで、1年を通して野菜、花き類などの安定栽培が可能になる。オランダは既にバラやキク、フリージア、トマトなどを、太陽光を使った大型植物工場で生産している。輸出競争力の源泉だ。

きっかけは、1980年代にスペインがEUに加盟し、オランダに安価なトマトが流入してきたことだった。危機感をバネに、ワーヘニンゲン大学(農業大学)を中心に現場ニーズを優先した研究開発(R&D)体制に転換し、植物工場主体のハイテク農業に移行した。日本でも今年から、株式会社サラダボウル(山梨県中央市)が三井物産と組んで同県北杜市で国内最大級の太陽光利用型トマト工場を稼働させるなど、ハイテク化の動きが加速している。

しかし、日本がアジア諸国に野菜などを輸出する場合、物流問題が立ちはだかる。相手国の空港まで運んでも、その先の流通が整備されていないためだ。先進国市場がすぐそばに控えているオランダと日本では条件がまるで違う。「ごく限られた経営体なり、狭い地域ではオランダ型農業を取り入れて地域振興を図っていく方向性はあり得るにしても、国策として導入するのは乱暴な話」(一瀬裕一郎・農林中金総合研究所主事研究員)と言えそうだ。

文・長澤 孝昭(編集部)

タイトル写真:国産米の輸出拡大に向けて作成した統一ロゴマークを発表する林芳正農林水産相(中央)、全日本コメ・コメ関連食品輸出促進協議会の木村良会長(左)ら=2015年3月13日、東京・銀座(時事) 

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