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加速する日本企業の海外M&A

経済・ビジネス

日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)が件数、金額とも高水準で推移している。2015年は過去最高を記録。16年もソフトバンクによる英半導体設計大手アーム・ホールディングス社(ARM)の巨額買収が実現した。国内需要に大きな伸びが期待できない中、海外の成長を取り込むM&Aの動きは、今後も加速しそうだ。

2015年は過去最高の560件、11兆円超

M&A助言会社レコフ(東京)の調べによると、日本企業が2015年に海外企業に対して行ったM&Aは件数が前年比0.5%増の560件、金額では92%増の11兆1975億円といずれも過去最高を更新した。これまでの最高は件数が14年の557件、金額は06年の8兆6091億円だった。地域別では北米が11.3%増の177件、欧州が16.2%増の136件と好調だった半面、アジアは232件から194件と16.4%減少した。

旺盛なM&A意欲を支えているのは企業収益が過去最高となる中、企業の豊富な内部留保(利益剰余金)だ。財務省の法人企業統計調査によると、15年末時点の内部留保は355兆7600億円(金融・保険業を除く)とこれまでで最も多かった。14年末に比べると、23兆円超増えた。16年1〜3月期も10兆円以上増加した。日本国内が人口減少で需要の大きな伸びが期待できないのを受け、海外の成長をM&Aによって取り込む狙いがある。

昨年最大規模のM&Aは伊藤忠商事がタイの財閥チャロン・ポカパン・グループと組み、中国最大の国有企業グループ「中国中信集団」の子会社の株式を約1兆2000億円で取得した案件。日本企業の対中投資としても過去最大だった。東京海上ホールディングスが米医療・障害保険大手HCCインシュアランス・ホールディングスを約9400億円で、また三井住友海上火災保険が英損保、明治安田生命保険と住友生命が米中堅生保をそれぞれ買収するなど保険業界の大型買収が目立った。

今年もソフトバンクが英社を3.3兆円で買収

16年に入ってからも日本企業による海外M&Aは衰えていない。4月と7月こそ件数で前年同月を下回ったものの、1~7月累計では前年同期比14.9%増の363件となった。このままのペースでいけば、前年実績560件を上回る可能性がある。金額ベースでも1〜7月は5兆9122億円と既に14年1年間の実績(5兆8304億円)を上回った。

M&A金額を大幅に押し上げたのはソフトバンクグループによるARMの買収だ。買収額は約240億ポンド(3兆3000億円)で、日本企業による海外企業のM&Aとしては日本たばこ産業が06年に英たばこ大手ギャラハーの買収に投じた1兆7300億円を上回り過去最大となる。

ARMは1990年設立の半導体設計に特化した企業。同社の技術はスマートフォン用CPU(中央演算処理装置)や通信用半導体の回路設計に広く使われ、とりわけスマホ用では世界で9割のシェアを握る。ソフトバンクは、ARM買収によって車載向けなどあらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」時代に対応した新事業に布石を打った。

最近の日本企業による主な海外企業M&A

買収企業 被買収企業 金額(発表ベース) 発表日
1 ソフトバンク アーム・ホールディングス(英) 3兆3000億円 2016.7.18
2 日本たばこ ギャラハー(英) 1兆7300億円 2006.12.15
3 サントリー ビーム(米) 1兆6800億円 2014.1.14
4 ソフトバンク スプリント・ネクステル(米) 1兆5700億円 2012.10.15
5 伊藤忠/チャロン(タイ) 中国中信集団子会社(中国) 1兆2000億円 2015.1.20
6 東京海上 HCCインシュアランス(米) 9400億円 2015.6.11
7 三井住友海上火災 アムリン(英) 6400億円 2015.9.8
8 明治安田生命 スタンコープ(米) 6200億円 2015.7.24
8 日本郵政 トール・ホールディングス(豪) 6200億円 2015.2.18
10 日本たばこ レイノルズ・アメリカン一部事業(米) 6000億円 2015.9.29
11 第一生命 プロテクティブ(米) 5800億円 2014.6.4
12 三井住友フィナンシャル 日本GE(米) 5750億円 2015.12.15
13 住友生命 シメトラ・ファイナンシャル(米) 4600億円 2015.8.11
14 NTTデータ デルのITサービス部門(米) 3500億円 2015.3.28
15 ソフトバンク 日本テレコム(米リップルウッド) 3400億円 2004.5.27

アジアの成長取り込みに動く

日本企業が海外企業の買収を推進しているのは、M&Aを成長戦略の柱の一つと位置づけているからだ。日本より経済の伸びが大きい米国や新興国での買収は手っ取り早く成長を取り込み、業容を拡大できるメリットが大きい。とりわけ、最近目立ってきているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)を対象としたM&Aだ。

先鞭を付けたのは、金融機関。三井住友銀行が2007年にベトナムのエグジムバンクに出資したのを皮切りに、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)はベトコンバンク、三菱東京UFJ銀行はベトインバンクと出資が相次いだ。三井住友はインドネシア、カンボジア、香港の各銀行にも相次いで出資した。三菱はタイのアユタヤ銀行を買収したほか、今年初めにはフィリピンの大手銀セキュリティバンクの株式約20%(1000億円程度)を取得、持ち分法適用会社とした。

最近の日本企業によるアジア企業M&A

買収企業 被買収企業 金額(発表ベース) 発表日
1 伊藤忠/チャロン 中国中信集団子会社 1兆2000億円 2015.1.20
2 三菱東京UFJ銀行 アユタヤ銀行(タイ) 5600億円 2013.7.2
3 三井住友銀行 年金貯蓄銀行(インドネシア)40%出資 1500億円 2013.5.8
4 近鉄エクスプレス APLロジスティクス(シンガポール) 1400億円 2015.2.17
5 三井住友銀行 東亜銀行(香港) 1000億円 2014.9.9
6 三菱東京UFJ銀行 セキュリティバンク(フィリピン) 900億円 2016.1.14
7 三菱東京UFJ銀行 ベトインバンク(ベトナム) 600億円 2012.12.27
8 住友商事 年金貯蓄銀行(インドネシア)17.5%出資 560億円 2015.2.18
9 みずほコーポレート銀行 ベトコンバンク(ベトナム) 430億円 2011.9.30
10 三井住友銀行 エグジムバンク(ベトナム) 250億円 2007.11.27

今年に入ってからは中堅企業や法務分野での買収も始まっている。産業ガス大手のエア・ウォーター(大阪市)が米産業ガス低温機器メーカー、テーラー・ワートンのマレーシア子会社テーラー・ワートン・マレーシアの全株式を取得した。取得額は未公表。一方、弁護士数で国内第3位の森・濱田松本法律事務所は来年1月をめどにタイの同業のチャンドラー・アンド・トンエック法律事務所(バンコク市)を買収する。タイでの基盤を強化するほか、東南アジアにおける法務需要の拡大に対応する。追随するところも出てきそうだ。

大手企業の中には、16年3月期決算発表時にアジアへのM&A方針を明確にしたところもある。川崎重工業は中期経営計画(16~18年度)で1000億円以上の投資資金を確保し、アジアについては発電所の設計から調達、建設まで一貫して行うエンジニアリング企業の買収を目指す構えだ。味の素も現行中期経営計画(14~16年度)で投資余力のある2000億円程度を投入してタイ、ベトナムなど成長性の高い国の食品事業のM&Aに取り組みたい考えを表明した。

シャープ、鴻海に買われる

逆に日本企業が買われる側に回るケースも増えている。レコフの調べによると、2016年1〜7月にあった外国企業による日本企業の買収は120件で、前年同期(109件)比10.1%増。金額ベースでは1兆7829億円と、前年同期(5056億円)比3.5倍にも膨らんだ。

この中にはソフトバンクグループ子会社が保有するフィンランドのモバイルゲーム開発会社スーパーセルを中国のインターネット企業、騰訊控股(テンセントホールディングス)に売却(約7700億円)した案件のほか、TDKがモバイル機器向け部品事業の一部を米半導体大手クアルコムに譲渡(約3600億円)した事例などが含まれる。日本企業が丸ごと買収されるという点では、台湾の鴻海精密工業によるシャープ買収(3888億円)が象徴的だ。

日本企業同士の買収も活発化している。05~07年に2000件台を記録した後、11年には1086件まで減少。しかし、その後は増勢に転じ、15年は1662件、3兆6133億円となった。今年1~7月も既に1035件、2兆1566億円と前年同期の水準を上回っている。

経営不振の続く東芝が医療機器を扱う優良子会社東芝メディカルシステムズを6655億円でキャノンに売却したほか、日産自動車が燃費不正データ事件を起こした三菱自動車を2373億円で買収した。鉄鋼最大手の新日鉄住金は同業4位の日新製鋼を買収し、中国などに対する競争力強化に乗り出している。

バナー写真:英アーム・ホールディングス買収について記者会見するソフトバンクグループの孫正義社長=2016年7月18日、ロンドン (時事)

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