ホンダF1復帰:国際レースに戻ってきた日本メーカーの挑戦

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本田技研工業(ホンダ)が2015年、7年ぶりに自動車レースの最高峰フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)に復帰した。日産自動車も今季から、最も過酷なレースといわれる「ル・マン24時間」に出場する。日本の自動車メーカーがここへきてこぞってモーターレースに参戦、復帰しているのは、国際レースで「最速・最強」を争うことが、これからの量産車市場で生き残る唯一の道であるからに他ならない。

ホンダ、4度目のF1参戦

「レースをしなけりゃクルマってのは良くならん。大観衆の目の前でしのぎを削るレースこそ自動車会社として世界一になる道だ」。ホンダの創業者・本田宗一郎がかつて、レースにかける熱い思いを吐露した言葉だ。

ホンダは1961年、英マン島TTレースで完全優勝を遂げるなど世界的な二輪レースで連戦連勝を重ねた。63年には軽トラックと小型スポーツカーを発売し、四輪車に進出。彼が胸に抱いていた次なる野望はF1参戦だった。初出場した64年8月のドイツ・グランプリ(GP)は13位に終わったものの、翌65年には早くもメキシコGPで初優勝した。しかし、市販車用低公害エンジン開発を理由に、「第1期」参戦は68年シーズンで終わりを告げる。

1989年のF1メキシコGPでアイルトン・セナが乗った優勝車「マクラーレンMP4/5ホンダ」

その後、ホンダは経営状態に応じて2度、3度と参戦・撤退を繰り返し、今回の復帰は「第4期」となる。とりわけホンダの名前をとどろかせたのは「第2期」(83~92年)。84年の米ダラスGPで復帰後初優勝を飾って以降快進撃を続け、コンストラクター(マシン製造者)のマクラーレンとタッグを組んだチーム「マクラーレン・ホンダ」はグランプリ44勝。特に伝説のドライバー、アイルトン・セナ(ブラジル)と僚友アラン・プロスト(フランス)を擁した88年は16戦中15勝とチームの黄金期を築いた。

今期F1(全19戦)の初戦となるオーストラリアGPは3月15日に行われた。注目されたマクラーレン・ホンダだったが、結果は完走した11台中最下位。2台のうち1台はエンジン故障で走行すらできなかった。圧倒的な強さを見せつけ、ワンツーフィニッシュを決めたメルセデスAMGから2周遅れの惨敗だ。続く第2戦のマレーシアGP(3月29日)もフェラーリが優勝し、マクラーレン・ホンダの2台はともに途中リタイアに終わった。

他社チームが昨年改定されたF1の新レギュレーション(規定)に従い、2014年シーズンからマシンの完成度を高めてきたのに対し、今年から参戦したホンダにとって結果はむしろ「予想通り」。「(初戦は)完走できたことでかなりのデータを得られたし、開発面で大いに役立つ」(ドライバーのジェンソン・バトン)「マシンを守るためにピットに戻った。まだ走り込みが不足している。次の中国ではさらに一歩前進できるよう頑張る」(フェルナンド・アロンソ)と前向きの評価をしているが、やはり「レースは勝ってなんぼ」。負けが続くようだと、過去の栄光に傷が付く。

日産、ル・マンに16年ぶり復帰

F1がドライバーとチームによるスピード競争だとすれば、ル・マン24時間に代表される世界耐久選手権(WEC、全8戦)は自動車技術の開発競争と言えそうだ。そのWECに今季、第3戦目のル・マンから参戦するのが日産自動車だ。日産は1999年を最後にル・マンから離脱しており、16年ぶりのカムバック。参加するのは最上位カテゴリーのLMP1(ル・マンプロトタイプ1)。同クラスでは既にトヨタ、アウディ、ポルシェがそれぞれ独自技術を競い合っているが、日産は純粋なレーシングカーとしては珍しい「フロントエンジン・前輪駆動車」で殴り込みを掛ける。

ル・マンの規定は2014年から、メーカーがLMP1のレースにエントリーする場合、ハイブリッド・システムの搭載を義務付ける一方、組み合わせるエンジンや排気量、気筒数の制限をなくした。F1が1.6リッターV6ターボエンジンに一本化したのとは対照的だ。ル・マンはF1より新しいアイデアを追求する自由度がある点が魅力で、12年にはトヨタがガソリン自然吸気エンジンをベースにハイブリッド化したシステムをひっさげて参戦。アウディはディーゼルエンジンにモーターの動力を加えたハイブリッド車で対抗した。14年にはポルシェがガソリンターボのハイブリッド車で16年ぶりに出場している。

日産のWEC参戦もレギュレーション変更の流れに乗ったものだ。日本のメーカーで唯一、1991年にル・マンの頂点に立ったマツダも、13年から下位クラス「LMP2」参加チームに独自開発の先進環境技術「SKYACTIV」を採用した2.2リッターディーゼルターボエンジンを供給。将来的には自社での参戦を目指す構えだ。

18年ぶりに世界ラリー選手権(WRC、全13戦)に復帰するのはトヨタ自動車。欧州などで販売している小型車「ヤリス」(日本名ヴィッツ)をベースに専用マシンを開発し、17年から公道で争う。公道には砂利道も、雪道もあり、状況は刻一刻変わる。市販車をベースとしたレースであるため、量産車への技術の応用や、販売促進への効果も期待できる。トヨタは73~99年の参戦で、通算43勝と3度の年間優勝を飾った実績を持っており、名門の復帰だ。

世界ラリー選手権復帰に向け、開発中のモデル車両の前でポーズを取るトヨタ自動車の豊田章男社長=2015年1月29日、東京都内(時事)

欧州勢はディーゼル車で攻勢

自動車レースの参加には巨額の資金が必要だ。F1参戦資金は、エンジンの開発費や運営費などで年間400億円以上。相次ぐリコール(無償回収・修理)などで厳しい経営環境下にありながら、ホンダが参戦に踏み切った最大の理由は、四輪車市場で生き残るための技術開発で今が勝負時とみたため。最終的に背中を押したのはレギュレーションの変更だ。

F1などを主催している国際自動車連盟(FIA)は競技ごとに詳細な技術規定を定めているが、2014年の改正では、量産車開発にそのまま活かせる環境性能技術をレースに導入する内容に変わった。使用するエンジンの排気量を2.4リッターからターボ(過給器)付きの1.6リッターに小型化。

さらに、ブレーキを掛けたときに発生する運動エネルギーやマシンから発生する排気熱エネルギーも回収して加速に使う「回生システム(ERS)の導入も義務付けた。F1参戦によって、環境性能とエンジンパワーを両立させる革新的なハイブリッド技術開発に挑戦できる。挑戦をあきらめれば、量産車市場で生き残れないとの判断だ。

欧州勢は独自のディーゼルエンジン車を前面に打ち出し、世界中で攻勢をかけている。ディーゼル車は燃費効率がガソリン車より30%ほど良く、CO2の排出量も25%少ないなどの利点がありながら、排気管から黒煙を排出し、粉塵を撒き散らす問題を抱えていた。しかし、1997年に独ボッシュとダイムラー・ベンツがディーゼルエンジン向けに、超高圧で精密に燃料噴射を制御できる「コモンレール直噴方式」を共同開発。排ガスや騒音、走りにおけるディーゼル車の弱点を大幅に改善した。

欧州自動車工業会(ACEA)の統計によると、欧州連合(EU)15カ国におけるディーゼル車の新車登録台数に占める比率は1994年には23.1%だったが、2004年には48.9%、14年には53.6%となった。ディーゼルをメーン技術とするダイムラー・クライスラーは欧州で販売する車種すべてにディーゼルエンジンを供給しており、メルセデス・ベンツの新車の半分以上はディーゼルエンジン車が占めている。

サバイバルレースの始まり

自動車の軽量化・低燃費化を実現する上で鍵を握るのは素材。中でもF1レーシングカーには「鉄よりも強く、アルミよりも軽い」炭素繊維を混ぜた炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が既に活用されている。鉄と比較して比重で4分の1、強度で10倍、弾性率は7倍。強度や剛性が高いため、車体のモノコックフレーム(一体構造フレーム)にこの素材を採用することが今やドライバーの安全確保に不可欠となっている。

CFRPの自動車用素材としての好適性はF1レースで実証されたが、まだ高価格なため、これまで量産車に採用されることはなかった。しかし、ドイツのBMWが2013年に電気自動車「iシリーズ」でCFRPを採用し、常識を覆した。価格もそれまでCFRPを採用してきた高級車の半分以下だった。日本メーカーにとっては脅威だ。

自動車メーカーはスピード面で「最速・最強」を求められる一方、環境技術面では「低燃費・低公害」を迫られている。日本車メーカー各社はそれを実現するための場として、モーターレースへの復帰・参戦に踏み切ったが、それは量産車市場での生き残りを懸けたサバイバルレースの始まりでもある。

文・長澤 孝昭(編集部)

バナー写真:新たなホンダF1マシンを前に撮影に応じる(左から)ホンダのF1プロジェクト総責任者・新井康久氏、伊東孝紳社長、マクラーレン・ホンダのドライバー、フェルナンド・アロンソ、ジェンソン・バトン、マクラーレングループのロン・デニスCEO=2015年2月10日、東京都港区(時事)

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