北方領土めぐる日ロ関係の深層

鈴木 美勝【Profile】

[2012.02.06] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

ロシアのプーチン体制への「回帰」が確実視されるなか、同国のラブロフ外相が来日、玄葉光一郎外相との会談が行われた。焦点の北方領土問題をめぐって実質的な進展は見られなかったが、ここ2、3年の日ロ関係を支配していた刺々しい空気は払拭され、プーチン現首相の大統領への返り咲きを前に両国関係はリセットされた。今、日本外交には、中長期的観点に立った対プーチン戦略が求められている。

ラブロフ外相のソフト外交

自民党政権末期の2009年7月ころ悪化し始めた日ロ関係は、民主党政権前期の10年11月1日、メドベージェフ大統領の国後訪問で最悪に達した。このため両国は横浜APEC首脳会合の機会をとらえて日ロ首脳会談(同13日)を行い、険悪ムードは底を打った。だが、その後も目覚ましい改善はなく、両国間の険悪基調は続いた。

今回の日ロ外相会談の肝は、「お互いに瘡蓋(かさぶた)を突つくことをしなかった」(外務省高官)点だ。両外相は「両国の立場は大きく異なるものの、この問題を棚上げすることなく静かな環境の下で両国間のこれまでの文書や『法と正義』の原則に基づき問題解決の議論を進めていく」ことで一致したが、それ以上踏み込まず、双方自制する姿勢に終始した。「口論を恐れぬ生まれつきの論客」(ライス米前国務長官)と評されるラブロフ外相は、日本の外交関係者の間では挑発的、傲岸不遜に見える言動をすることで知られるが、今回の共同記者会見でのパフォーマンスは違った。

まず両国の協力合意を丁寧に説明した上で、領土問題は最後に軽く触れただけ。「互いに受け入れ可能な解決方法を模索していきたい」「感情的にならないように作業する」「挑発的な発言を避けるよう努力したい」と、ソフトな発言が続いた。

「ラブロフ外相は7年余も外相として生き残ってきた人」(外務省筋)だけに、外交での所作、弁舌は強かな側面を垣間見せる。会見が終わりかけた時、慌てて体を正面に向け直して再びマイクに口を近づけた。「もう一つ申し上げたかった。6ヵ国協議と同時に、やはり拉致問題を解決しなければならない。日本の立場を完全に支持している」

同席した外務省高官は、驚きの表情を見せた。「ラブロフが拉致問題にあんなふうに言及したのは初めて。あれも、日本国民への印象を良くしようとしている表われ。プーチンを意識してのパフォーマンスに違いない」

プーチン「第三次政権」への期待と不安

北方領土「ロシア化」の一層の推進、そして今年9月のAPECウラジオストク首脳会合。今や「プーチン回帰」「帝国の威光回復」に向けて動き始めたロシアは、メドベージェフ時代の対日政策を転換しようとしている。巨大国家・中国と世界有数の長い国境線を持つロシアにとって、対中カード「ジャパン」は有効だ。

こうしたロシアの戦略的意図を踏まえて、日本政府はどのような戦略を描くことができるのか。

それを考える際のポイントは2点ある。

第1点は、ロシア大統領の任期が4年から6年に延びたことだ。政権交代後の態勢整備・準備期間1年と、最後の1年の再選戦略期あるいはレームダック期を考えれば、難題処理のために使える時間は、2年から4年に延びる。この時間幅の違いは大きい。その意味で、「日本を最もよく知るロシアの政治家・プーチン大統領の再登場は、日本にとってチャンスであるのは間違いない」(外務省高官)。が、逆に、プーチン「第3次政権」との信頼関係構築に失敗すれば、最悪12年間も不健全な日ロ関係が続くことも考えられる。

ポイントの第2点は、最強のリーダーシップを誇った第1次・第2次政権(2000~08)のプーチン大統領の出現は考えにくいことだ。「プーチンの強さは、右肩上がりの資源経済という国力膨張と共に備わった権力に起因したもの。もはやピークを過ぎたのだから前政権以上の強さを持ったプーチンの登場はない」(外務省高官)というわけだ。

現に、昨年12月のロシア下院議員選挙で与党「統一ロシア」は議席を激減、政権基盤が弱体化した。3月の大統領選でプーチン敗北を予想する者は、まずないが、第1回投票では決着がつかず決選投票となることもあり得る。それはプーチンの政権基盤の強弱を量る物差しとなるであろう。

玄葉外相vs前原元外相

ロシアに対する日本側の向き合い方は決して易しいものではない。

ある種の“圧力団体”となっている言論界では、政府の対ロ政策への通奏低音が響く。マスコミを通じて日ロ間で繰り広げられてきた「4島一括返還論」と「2島返還論」。これらを考慮して、日本側が領土問題解決に向けてどのような着地点を探り、「静かなる対話」を進められるのか。また折り合いをつけて「2島+α」で手を打てるのか。これには、鈴木宗男(元官房副長官)―佐藤優(元外務省主任分析官)ら反外務省派の発信力が絡む。また、取り巻く人間関係も複雑で、柱となるのは松下政経塾同期の玄葉外相と外相経験者の前原誠司民主党政調会長だ。首相の座を視野に入れ始めた2人には、対ロ関係をめぐりライバル意識が徐々に強まっている。ラブロフ外相が、日ロ外相会談に続いて、プーチン現首相をよく知る森喜朗元首相のほかに、前原元外相とも個別に会談したのも、プーチン回帰後の対日関係をにらんでのことだ。

プーチン「第3次政権」の出現は、日本にとってチャンス到来と言えるかもしれないが、相手はロシア。慎重極まる対応が不可欠だ。なぜなら、美味しそうな鰻の蒲焼の臭いを必要以上に煽り立ててきた楽観論者と棒を飲んだような対ソ強硬論者、それら双方の産物として、日ロ・領土問題の歴史が残されているからだ。

  • [2012.02.06]
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時事通信解説委員。『外交』前編集長。早稲田大学政経学部卒業後、時事通信政治部に配属。ワシントン特派員、外務省、首相官邸、自民党各記者クラブキャップを経て、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、編集局総務、時事Janet編集長。著書に『いまだに続く「敗戦国外交」』(草思社)、『小沢一郎はなぜTVで殴られたか』(文藝春秋)など。

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