静かに幕を開けた太平洋新時代の米中と日本

鈴木 美勝【Profile】

[2012.03.01] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

中国の次期最高指導者である習近平・国家副主席が米国を訪問、世界が注目する中で無難な対米外交デビューを果たした。オバマ米大統領は格下の習副主席との会談に1時間半近くを割き、歓迎式典では副大統領クラスとしては初めて、19発の礼砲によって手厚く迎え入れた。2002年に、同じく最高指導者への就任を前に訪米した胡錦濤・国家主席の米国大統領(当時、ブッシュ)との会談時間は30分。これひとつとってみても、今回の訪米は破格の厚遇であった。この10年間に中国の台頭がいかに顕著であったか、そして次の10年間を展望して巨大国家の指導者を、慎重に見極めようとする米側の姿勢が見て取れた。太平洋を挟んで向き合う両(超)大国が平和と繁栄を演出する新たな時代は、静かに幕を開けた。

習近平訪米の肝

約4日間にわたった習近平訪米のヤマ場は、初日の2月14日。カウンターパートのバイデン副大統領との会談を手始めに、オバマ大統領と会談、バイデン副大統領・クリントン国務長官主催の昼食会をはさみ、国防総省でパネッタ国防長官との会談が行われた。習副主席は「相互尊重」と「相互利益」を強調し、米側は「大国としての自覚」を促し、人民元問題、シリア問題への中国側の対応について不満を率直に伝えた。米中両国が協調関係を織り交ぜながら展開する戦略的せめぎ合い、虚々実々のパワーゲームはすべてこれからだが、その意味で今後を暗示するものとして注目してもいいものが、2点あった。

一つは、オバマ大統領との会談後に開かれたバイデン副大統領・クリントン国務長官主催の昼食会での発言だ。習副主席は次のように述べた。

「…われわれが出来るのは、鄧小平が言っていた『摸着石頭過河(手探りで河を渡ること)』だけであります。即ち、クリントン国務長官が引用した『人は山また山の連山に出くわした時、そこを通り抜ける一本の道を探し出す。大河によって遮られた時、向こう岸にまで橋がかかる道を探し出す』と同じことであります。中国のポップソングにある次のようなものです―『その小径がどこにあるのか教えてくれないか?君が初めの一歩を踏み出す所がそれなんだよ』」

10年前の胡錦濤(当時国家副主席)訪米時に比べると、中国のGDPは約4倍に、国防費も約4倍に膨れ上がっている。いずれも米国に続いて世界第2位。新時代に入った米中両国は、先行き不透明な川の流れを手探りで少しずつ前進して行く以外にない―習副主席は、鄧小平の言葉を引用しながら、共存共栄に向けて手探りで前へ進む必要性を訴えた。だが、米側からすれば、習副主席がどの程度、信頼に足る人物なのかを見極めたかったに違いない。習近平は率直な議論を通じて取り引きできる相手なのか否か。米国のジョン・ハンツマン前駐中国大使は、日経新聞のインタビューに「(習副主席は)調整能力が高い。軍でも党でも信頼されている。習氏は取り引きができ、実行力のあるリーダーになるだろう」と答えたが……。

「太平洋二分割」想起させたインタビュー

もうひとつは、訪米に先立って行われた米ワシントンポスト紙との書面インタビュー内容。その一節、「アジア太平洋地域に関して」にある次の部分だ。

「広大な太平洋は、中国と米国にとって十二分なスペースがある。われわれは、アジア太平洋地域における平和と安定、そして繁栄を促進する際、米国が建設的な役割を果たすことを、われわれは歓迎する。同様にアジア太平洋諸国の主要な利益と正当な懸念を、米国が全面的に尊重し調節することを望んでいる」

“広大な太平洋”、米中両国にとっての“十二分なスペース”―その表現の端々には右肩上がりの国力を背景に「対等な大国」として米国と渡り合おうという過剰な意識が感じ取れる。そこには、中国の太平洋進出、外洋化を分析する際に用いられる「第1列島線」「第2列島線」をはるかに越えて、太平洋を二分するのが当然との意味合いが込められているようにも思える。一瞬、中国人民解放軍の幹部が4年ほど前、キーティング米太平洋軍司令官に「提起」した「太平洋二分割」論を想起させた。

書面インタビューの発言は、北京五輪以来、外洋への進出意欲と併せて自信旺盛な軍を中心とする中国ナショナリストを鼓舞するための国内向けの発信なのか。

それとも、昨秋以来、国防費の大幅削減を迫られる中で、グアムをハブ基地化し海兵隊をアジア太平洋の同盟諸国にローテーション方式で分散駐留させる方針の具体化に着手した米国の新戦略に対して、中長期的観点からつけ込む余地ありと見ている意識の反映なのか―。とすれば、日米両政府は「抑止力は維持される」と強調しているものの、中国に誤ったシグナルを送った可能性もある。

経済成長が続く中国だが、環境問題や水不足、爆発的な都市化、貧富の格差の拡大、少数民族問題等々、多くの深刻な課題と抱える中国の脆弱性をどう見積もるか。一方、全盛期を過ぎたと言われる米国の持ち前の復元力をどの程度に見積もるかで、今後の米中関係の展開は違ってくる。

後手に回る「漂流政治」日本

今回の習近平副主席の訪米によって、今後10年後(2022年)までを視野に置いた米中両国による新たなパワーゲームが始まった。こうした中、日本の首脳外交は、後手後手に回っている。昨年末、野田/彦首相は中国、インドを相次いで訪問したが、後が続かない。今年に入っては、消費増税問題で通常国会に縛られたまま、外遊はゼロ。最も注目されている民主党政権になって初の本格的な訪米(ワシントン訪問は核安全サミットに出席した鳩山由紀夫元首相の一度だけ)も5月初旬まで持ち越されそうだ。新時代がスタートした太平洋の洋上には、日本政治だけが漂流しているように見えてくる。

  • [2012.03.01]
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時事通信解説委員。『外交』前編集長。早稲田大学政経学部卒業後、時事通信政治部に配属。ワシントン特派員、外務省、首相官邸、自民党各記者クラブキャップを経て、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、編集局総務、時事Janet編集長。著書に『いまだに続く「敗戦国外交」』(草思社)、『小沢一郎はなぜTVで殴られたか』(文藝春秋)など。

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