憲法96条改正問題の政治的背景

人羅 格【Profile】

[2013.04.10] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS |

「直接民主制的」要素濃い自民案

憲法改正問題で安倍晋三首相が最優先課題と位置づける96条改正の動向が7月の参院選に向けて注目度を高めている。改憲手続きを定める同条項見直しには、野党にも同調する勢力があり、今後の政権の枠組みや政界再編にも影響するとみられているためだ。

仮に自民党案通りに憲法改正の手続きが緩和された場合、日本政治がこれまで遠ざけていた直接民主制的な要素を帯びる転機となる可能性がある。

憲法論争は戦争放棄を定めた9条を中心に改憲、護憲派の対立がクローズアップされてきた。だが、96条問題には民主主義のスタイル、さらに統治機構の改革論への波及など多様な側面がある点に留意すべきだろう。

憲法96条は、憲法改正について衆参両院の総議員それぞれ3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数の賛成を得なければならないと定めている。

国民投票の手続きを定める法律は安倍1次内閣時代に制定され、2010年に施行された。だが、これまで一度も改憲や国民投票が実施されたことはない。

改憲を悲願とする安倍首相は、その第一弾として96条改正を目指す姿勢を明確にしている。自民党は憲法改正案で、改憲手続きについて、国会による提案に必要な各院の賛成を「総議員の過半数」に引き下げる案をまとめている。国民に比較的受け入れられやすいとの読みに加え、改憲のハードルを下げることで他条項も含めた改正を容易にしていく“突破口戦略”と言える。

「参院で賛成派3分の2」が焦点

安倍首相は96条について「3分の1をちょっと超えた国会議員が反対すれば、国民は憲法に指一本触れることができないというのはおかしい」と強調する。戦後米国は6回、フランスは27回、ドイツは58回の憲法改正を実施している。各国の改憲条項に比べ96条がとりわけ高いハードルかどうかは議論もあるが、容易に変更できぬ「硬性憲法」を念頭に置いた規定であることは間違いない。

現憲法の基になった連合国軍総司令部(GHQ)の原案はもともと1院制を前提に総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票を経る内容だった。

ところが日本側が2院制を希望、結局衆参両院が置かれることになった。その際、「憲法改正については衆院と参院を全然同じ立場に置く」(当時の国務大臣答弁)との考えから「衆参各院で3分の2以上の賛成」とハードルは事実上、高められた。

自民案が具体的に議論される場合、主要論点のひとつとみられるのは衆参各院で通常の法律を制定すると同様の多数(過半数)で改憲案を国民投票で問うことの是非だ。

主要国でも政策テーマを問う国民投票が行われることは珍しくない。だが、憲法改正に国民投票を必須とする例は非常に少数派だ。国民投票による改憲が可能なフランス、イタリアは国会の手続きのみによる改正も可能であり、ほとんどは後者で実施されている。

米国、ドイツなどではそもそも改憲手続きから国民投票は除外されている。国民投票でひんぱんな改憲が実施されることで有名なのはスイスで、最近も企業幹部の高額報酬を制限する憲法改正が国民投票で実現した。

自民党は従来通り改憲に国民投票を必須として、それを実施するハードルを下げる内容だ。国際的に見てもかなり国民投票の比重が高い改憲規定と言えるだろう。

党内には過半数では憲法の安定制に問題が生じるとして、各院に必要な賛成を「5分の3以上」とする意見もあったが、現行の「3分の2以上」との違いがわかりにくいなどとして採用されなかった。かといって国民投票手続き自体を省略するわけにもいかず、結局両院とも「過半数」まで引き下げた。

首相公選制導入論などに影響も

仮に自民案通りに投票実施のハードルが下がっても、投票で国民の賛成を得られなければ改憲が実現しない事情は変わらない。

国民投票でひとたび「ノー」の判定が下ると、これを再投票で覆すことは難しい。このため実際には国民の理解が得られやすい題材に改憲のテーマが傾斜しやすくなるとの見方も政界にはある。

首相を国民が直接投票で選ぶ首相公選制導入には各種世論調査で国民の支持は際立って高い。国会で「3分の2以上」の多数の賛成を得ることが難しいのとは対照的に、国民の同意が比較的得られやすいとみられる統治機構をめぐる議論が96条改正に伴い加速する可能性がある。野党でも統治機構改革に積極的な日本維新の会は自民党に劣らず96条改正に熱心だ。

今後議論がどこまで本格化するかは、7月参院選の結果と安倍政権の勢いに決定づけられる。日本維新の会、みんなの党に加え賛成派の政党で発議に必要な参院の3分の2以上を確保するには大幅な議席の上積みに加え、民主党分裂など政界再編含みの要素が必要とみられている。

与党でも公明党の山口那津男代表は「是か非か判断するには熟度が足りない」と慎重姿勢を崩していない。96条は手続き条項であるため、結局は9条も含め「何のための手続き緩和なのか」が問われる。

野党の一部には、天皇、戦争放棄、国民の権利と義務を定めた憲法の1章から3章までは現在の改正要件のままとし、それ以外で要件を緩和すべきだとの議論もある。

議院内閣制の下、わが国ではこれまでエネルギー政策など単独のテーマですら国民投票が行われることはなかった。とりわけ自民党は国政への直接民主制的手法の導入に慎重だった。党是である改憲実現に向け、国民投票のハードルを下げる動きに出ていることは政治の因縁である。

  • [2013.04.10]
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毎日新聞論説委員。北海道札幌市生まれ。85年毎日新聞入社。89年から政治取材に携わり官邸キャップ、政治部デスクなどを経て現職。

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