韓国社会が米国務次官発言に反発——アメリカは日韓への姿勢を変えたのか

政治・外交

韓国社会とメディアが、2月末に行われた米国務次官の講演の内容に強い反発を示している。東アジアの歴史問題で、日本寄りの姿勢を示したというのだ。主要メディアが、一斉に非難報道を繰り返しただけでなく、3月5日には、ソウル市内で駐韓米大使が、刃物で切り付けられ負傷するという事件まで起きた。犯人はアメリカと日本に対する非難を口にしており、最近の日韓、米韓関係が影響している可能性が高い。

では、アメリカ政府は、日韓の歴史問題で日本側に立ったのだろうか。そもそも、最重要の同盟国の大使が襲われるという韓国の反応は、いささか常軌を逸しているが、何が韓国をここまで駆り立てているのであろうか。

国際協調の重要性を訴えただけだが

まず問題の講演内容を見てみよう。これはウェンディー・R・シャーマン米国務次官が、2月27日にワシントンD.C.のカーネギー国際平和財団で行ったもので、日本、中国、韓国の北東アジア3国とアメリカの国際協調について語ったものであった。

自身の直近の北東アジア訪問の感想として、北東アジア諸国が現在も歴史問題を引きずっており、今年、戦後70年を迎えることで、一層、問題が先鋭化する可能性があること。そして、3か国それぞれが、経済的発展でアメリカにとって重要なパートナーになっていることを挙げ、日本については、環太平洋経済協力(TPP)のパートナーであること、中東問題、対テロ戦争で国際貢献があることに触れている。そして、おそらく韓国の琴線に触れたと思われる個所に続いている。その部分だけを簡約してみた。

「……俯瞰してみると、この協調という潮流はこの北東アジア地域全域が取り組みを迫られているものなのである。では、過去の出来事が、どこまで将来の協調の可能性に影を落とすのだろうか。月並みな答えになるが、残念ことに、目いっぱいに、である。とどのつまり、北東アジア諸国間の外交関係は、しばしば順調さ欠いているのである。ご存知のように、この数年、尖閣諸島を巡る緊張が高まっている。この諸島は、日本政府が実効支配しているが、中国政府がかつて中国圏にあったと主張しているものである。また、日本は中国の性急で、しかも実態の分からない軍事力強化に憂慮を抱いている。一方、韓国人、そしてそれにもまして中国人は、日本の安全保障政策のいかなる変化にも神経質になっている。さらに、韓国人と中国人は、第二次世界大戦中の『いわゆる慰安婦』の問題で日本政府を非難している。彼らは、お互いの歴史教科書の記述に不満を持っているし、日本海の呼称も不一致である」。

「どれも言いたいことはわかる。でも、がっかりするものばかりである。今日、国際社会に安全と繁栄と平和の基盤を築こうと志す者は、誰だって、自らの外交青書の柱に『東アジアの調和と協調』という項目を立てたいと思っている。アメリカと日本と中国と韓国が、ぶれることなく一つの方向に進めば、世界が、もっと安全で豊かで安定することは疑いもない。そして、間違いなく、このことは、この地域の大多数の人々が望んでいるのだ。もちろん、愛国的感情を動員することは相変わらずたやすいし、かつての敵を叩くことで軽躁な喝采を集めることほど簡単なことは政治指導者にとってないのである。しかし、このような挑発は、停滞の原因になりこそすれ進歩にはつながらない。前に進むためには、過去がどうであったかにとらわれず、どうあるべきかに思いを巡らせなければならない。可能性を考え続けている限り、自らの過去に自分からとらわれてしまった国の末路を、将来、目にしなくても済むのだ」。

慰安婦問題でも中立を示唆か

どうであろうか。これが日本寄りの発言と言えるだろうか。3か国の対立は、日本もまた当事者という位置づけであるし、歴史問題の政治利用は日本に対する警告でもあるのだ。アメリカの立場とすれば、どちらにも肩入れせず、中立の立場を強調し、冷静を呼びかけるしかないし、まさにその内容になっている。「日本寄り」というよりは、「韓国寄りではない」というのが正しい評価だろう。

唯一、従来との変化を探すとすれば「慰安婦」の扱いであろう。2007年に第一次政権時の安倍晋三首相が慰安婦問題に言及して、「広義の強制はあったが狭義の強制はなかった」と発言したことに、アメリカ政界も社会も一斉に反発したことがあった。そのころから、特にアメリカの女性政治家は「慰安婦」を「性奴隷(sex slaves)」と強い非難を込めた表現で呼んでいたが、ここでは、「いわゆる慰安婦(so called confort women)」とかなり距離を置いた表現になっている。

韓国側からみて、アメリカ政府が自分と同じ立場に立っていないということが、フラストレーションの原因になったとしか考えられない。

アイデンティティに関わること

ここには韓国独自のアイデンティティ・ポリティックスが絡んでいる。韓国は、この数年、主に社会と司法が牽引する形で、1965年の日韓基本条約を否定する行動に出ている。この件については、当siteで、アジア政治経済研究家のロー・ダニエル氏が発表した評論「『1965年体制形骸化』に突き進む韓国、その深層とは」に詳しいが、一言でいえば、旧植民地が解放され樹立した国家という戦後国際社会での自国の規定を塗り替えたがっているのである。そのために戦争被害国に広く認められてきたのと同じ形で賠償を求めているのである。一言でいえば、第二次世界大戦の交戦国、戦争被害国として扱えということである。

いうまでもなく、韓国は、旧日本領朝鮮が戦後、南北に分断される形で成立した国で、第二次世界大戦における日本の交戦国ではない。にもかかわらず、初代大統領、李承晩の政権は、サンフランシスコ講和会議への出席を要求した。これはさすがに連合国に拒否されたが、竹島問題に代表されるように、韓国の対日要求は、このフィクションの延長線上にある。

慰安婦問題は、日本メディアの虚報が原因で、いわば日本のオウン・ゴールと言えるものであるが、いまや韓国では、「第二次世界大戦の被害国」としてのアイデンティティに関わる案件になってしまっている。そのために、対日戦勝国の代表であるアメリカ本土で一大キャンペーンを繰り広げているのであるが、アメリカは、それに乗ってこなかった。つまり、心情的に韓国に寄り添わなかったのである。それゆえ、韓国で心情的な反発を受けることになった。

シャーマン国務次官の講演は、理性的な対応の呼びかけであったが、事、韓国においてはアイデンティティという心情問題が本質となっており、冷静なアプローチが困難になっているということを、今回の大使襲撃事件は示す結果となった。

しかし、これは日本にとっても笑い事では済まされない。今年、国交正常化50周年を迎える隣国との関係は、このように感情的な理由で解決策が見えなくなってしまった。それだけではない。歴史問題での軋轢の中で、日本の中にも過去への歪んだ感情が生まれないとも言えない。まさに他山の石とすべき事柄なのである。

(編集部・間宮 淳)

カバー写真=襲われて負傷したリッパード駐韓国米大使(yonhap/アフロ)

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