「はやぶさ2」打ち上げ
日本企業の技術乗せ再び小惑星探査へ
[2014.12.03] 他の言語で読む : ENGLISH | العربية | Русский |

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3日、種子島宇宙センター(鹿児島県)から国産主力ロケット「H2A」で、小惑星探査機「はやぶさ2」を打ち上げ、成功した。初代探査機「はやぶさ」の後継機で、日本企業のものづくり技術を結集した独自の宇宙探査技術力を駆使して、生命起源の解明に挑む。

人工クレーター形成による地下物資採取など世界初の試み

「はやぶさ2」が着陸を狙うのは地球と火星の間で太陽の周りを回っているC型小惑星「1999JU3」(サトイモ形で直径約920m)。「はやぶさ」が挑戦したS型小惑星「イトカワ」(ラッコ形で約500m)が石と金属だけでできていたのに対し、1999JU3は生命の誕生に欠かせない水とともに、動物や植物の体を作っている有機物や含水鉱物でできているとされる。さらに、太陽系が誕生したころの状態を保っているとも考えられている。

「はやぶさ2」は2018年半ばごろに1999JU3に到着。1年半ほど滞在して、砂や岩石などを採取する。19年末ごろに同小惑星を出発し、20年末ごろに約52億kmを飛行して採取した「小惑星の表面の物質(サンプル)を地球に持ち帰る」(サンプル・リターン)予定だ。ミッション期間は約6年。

03年5月に打ち上げられた「はやぶさ」は10年6月に無事帰還にこぎ着けたものの、数々のトラブルに見舞われ、4年だったはずの旅は7年、35億kmだったはずの飛行距離は60億kmに達した。イトカワへの着陸には成功したものの、機器の不具合などで十分なサンプル採取とは言えなかった。「はやぶさ2」は「はやぶさ」で確立したサンプル・リターン技術の実証実験と技術の継承を目指す。

また、「はやぶさ」以降に開発された新しい技術にも挑む。小惑星の表面に、「衝突装置」により、人工的に直径数メートル程度のクレーターをつくり、衝突で露出した表面から太陽の熱や宇宙風化の影響を受けていない新鮮な地下物質を採取することだ。世界初の試みだ。

ものづくり企業の技術がぎっしり

「はやぶさ2」には大手メーカーから従業員数十人の町工場まで、100社以上の日本のものづくり企業がかかわっている。「はやぶさ2」の重量は約600kg(打ち上げ時)。この中に日本の宇宙開発技術が凝縮した形で詰め込まれている。

今回のミッションの目玉はクレーターをつくる「衝突装置」。重さ約10kgで、円錐形のステンレスと直径約25cmの銅板が溶接された容器に爆薬が詰め込まれた装置。爆薬を爆発させると、銅板が秒速2kmで発射され、ソフトボール大の大きさに変形し、小惑星の表面に衝突してクレーターをつくる。

装置の容器と銅板の製造を受け持ったのは、精密機械加工のタマテック(福島県鏡石町、従業員83人)。試行錯誤の結果、重量を抑えるために、円錐形の側面の厚さを従来の3mmから常識を超えた1mmにすることに成功。「爆薬部分」を作ったのは同県西郷村にある日本工機白河製造所(本社東京、白河は生産拠点、444人)。JAXAから衝突装置の製作を依頼された翌2011年3月には東日本大震災が発生し、約1カ月間休業を余儀なくされた。施設復旧後、実験を再開し、昨年10月、タマテックと連携しながら、衝突装置の設計を完成させた。

小惑星からサンプルを採取するのは探査機の下に張り出した長さ1mの筒型の装置「サンプラーホーン」。先端が着地した瞬間に弾丸を撃ち、舞い上がった石や砂などを集める。同装置のバネをつなぎ合わせる部品を作ったのは従業員30人の航空宇宙機器部品メーカー、下平製作所(横浜市)の職人だった。

日本の宇宙探査は失敗の歴史

日本が初めて宇宙に挑戦したのは1955年に糸川英夫東京大学教授の開発したペンシルロケットだった。そして惑星探査機は火星探査機「のぞみ」(1998年)以降、「はやぶさ」、金星探査機「あかつき」(10年)と続いた。しかし「のぞみ」は電源故障で失敗。「あかつき」もエンジン系トラブルで同年12月の周回軌道投入に失敗。現在、15年の再投入を待ちながら、金星に近い軌道で太陽を周回している状態だ。

初代「はやぶさ」も、イトカワに到着(05年9月)し、サンプルを何とか地球に送り返すことにも成功したものの、内容的にはかなり危ういものだった。燃料漏れや通信途絶、イオンエンジンの寿命切れと絶体絶命のピンチ続き。それを一つ、一つ粘り強く克服しながら、やっとのことで地球に戻ってきたからだ。それだけに、感動と希望を与えられた日本人は多い。

欧州宇宙機関(ESA)の無人探査機「ロゼッタ」から切り離された着陸機「フィラエ」が11月13日午前零時すぎ(日本時間)、地球から約5億km離れたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に世界で初めて着陸した。15年末までとどまる予定だ。欧州でも大きな反響を呼んでいる。

米航空宇宙局(NASA)が「惑星探査機ボイジャー」1、2号を打ち上げたのは1977年。37年前に打ち上げられたボイジャーは太陽系の外側に向かって飛行を続け、木星、土星、天王星、冥王星などの惑星に接近し、貴重な写真を地球に送信。2機のうち1号は太陽系の外に出たと昨年9月、NASAが発表した。偉業の達成だ。

「はやぶさ2」が新たに宇宙探査の旅に出た。初代が味わった問題点は格段に改良・改善が加えられた。しかし、それは「安全飛行」を保証するものではない。結果は東京オリンピック開催の年を待つしかない。

(編集部・長澤 孝昭)

カバー写真=「はやぶさ2」打ち上げ(提供:時事)

  • [2014.12.03]
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