『半沢直樹』を考える

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型破りな銀行マンが融資回収をめぐり、銀行内外の不当な圧力と戦う痛快企業テレビドラマ『半沢直樹』(TBS系)。放映は9月末で終了したが、最終回の平均視聴率は42.2%(関東地区/ビデオリサーチ)と民放テレビのドラマとしては平成(1989年〜)の最高値を記録。関西地区での瞬間最高視聴率は50%を超えた。全10回の平均でもほぼ30%を記録、「やられたらやり返す。倍返しだ!」の決めセリフはなお視聴者の心にグサッと突き刺さったままだ。このドラマがなぜ、これほど視聴者の熱狂的な支持を得たのか。それを知れば、今の日本が見えてくる。

熱狂的支持を得た痛快企業ドラマ

東京・赤坂にあるTBSショップではドラマ「半沢直樹」の公認グッズが大人気になっていた。写真提供=日刊スポーツ/アフロ

原作は今や企業小説の第一人者に躍り出た作家の池井戸潤氏(50)の『オレたちバブル入行組』(2004年12月)と『オレたち花のバブル組』(08年6月)。バブル景気時代(1986~91年)に入社した銀行マンの葛藤を描いた作品だ。入社して20年ほど経ち、年齢的には40歳代前半。組織内でも管理職ポストに就き、会社を支える中堅世代だ。

ドラマの筋書きは極めてシンプルだ。前半の舞台は大阪。支店の融資課長を務める半沢が支店長の作った5億円の不良債権の責任を押し付けられる。義憤を感じた半沢は支店長を敵に回しながらも何とか5億円の回収に成功する。後半は東京に舞台を移し、本部営業第2部次長に昇進した半沢が、今度は上司である常務による不正融資を暴く。銀行内の権力闘争に監督当局の金融庁が絡み、銀行内の暗部があぶり出される。

ドラマは銀行マンの生態を描いているが、組織への忠誠心や思考形態は平均的な日本企業で働く一般サラリーマンと大差ない。出世欲もあるし、ねたみや嫉妬も渦巻いている。理不尽な上司もいるし、仲間内の足の引っ張り合いもある。それが実態だ。

人事の不公正さや上司に逆らえない雰囲気はどこの国のどの組織にも付き物だ。

しかし、欧米型国際企業で働くビジネスマンから見て、理解しにくいと思われるのは、「出向」への受け止め方だろう。会社の業務命令で、子会社や関連会社に移ることは、左遷といったマイナスイメージで受け取られるケースがほとんど。当人にも「飛ばされる」ニューアンスが濃い。

高視聴率は非グローバル社会の裏返し?

ドラマの中でも、支店長は上司に歯向かう半沢をタイの関連工場に出向させようとし、逆に自分が出向させられる。出向先で悲哀をかこつ半沢の同期の姿も描かれる。常務の不正を徹底的に暴いた半沢自身もやり過ぎて“危険人物”視されたせいか最後に、頭取から証券子会社への出向を命じられる。

気になるのは、社員たちが会社側の出向命令に従順であることだ。命令をおとなしく受け入れ、組織に反旗を翻そうにしないことだ。裁判に訴えることなど思いも及ばない。そんな組織にさっさと見切りを付け、新天地に飛び出す行動も見せない。

グローバル経済への取り組みを急ぐ2013年の日本が必要とする人材は不当な人事や理不尽な糾弾に唯々諾々と従う保守的・自己抑制的社員ではないはずだ。戦わない社員や企業は生き残れないのは国際市場競争の現実だ。

『半沢直樹』に拍手喝采を送ったのは現代日本企業で働く圧倒的多数のサラリーマン層にちがいない。熱い支持は、自分が「半沢直樹」的存在でないことの後ろめたさの代わりのようにも思える。『半沢直樹』が高視聴率を稼いだのは、現在の日本の企業社会がグローバル化していないことの裏返しなのかもしれない。

文=長澤 孝昭(一般財団法人ニッポンドットコム・シニアエディター/ジャーナリスト)