地方創生にかける新潟県「大地の芸術祭」

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来訪者50万人、35か国・地域のアーティスト350組

新潟県南部の豪雪地帯で、雪のない夏に3年ごとに行われる国際芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有(えちごつまり)トリエンナーレ2015」が7月26日から9月13日まで、十日町市、津南町の市街地や里山で開催された。地方で行われる芸術祭としては「瀬戸内国際芸術祭」(香川県)と並び称される「大地の芸術祭」は、今回で6回目。世界35カ国・地域から約350組のアーティストが参加し、来訪者も50 万人を超える活況ぶりだった。しかし、その背景には日本に足早に迫る超高齢・少子化という“静かな有事”の影が付きまとっている。

新潟県の南部の十日町盆地は、雄大な河岸段丘が形成され「日本三大渓谷」に数えられる景勝地だ。日本有数の豪雪地帯としても知られ、冬は2m~3mの積雪が普通で、「特別豪雪地帯」に指定されている。だが、夏場は一転して、緑豊かな広大な地域に変身する。

芸術祭は、約760キロ平方メートルもの広大な地域を10のエリアに分け、約380点の現代アート、芸術作品を点在展示した。広いこともあり、猛暑の中を徒歩で鑑賞するのはつらいため、エリアごとに1日2本、ミニツアーを体験できるエリア周遊バスやタクシーが用意された。

観るより「体験」する芸術祭

「大地の芸術祭」の始まりは、里山を復活させようという「里創プラン」だった。新潟県12広域圏が、平成の市町村大合併に伴う施策として計画したもので、会場となる十日町市を中心に津南町、(旧)川西町など6市町村が共同で「越後妻有アートネックレス整備事業」に取り組んだ。

その中心的活動として打ち出されたのが「大地の芸術祭」で、2000年夏に第1回が開催された。目的は、芸術祭のアートディレクターである北川フラム氏が強調する「人間と自然、都市と地方、死者や他者との交歓」だ。アート作品の展示によって、故郷や里山の良さや地域の特色をもう一度見直し、さらにはモノづくりの楽しさなどを媒介に、新たなコミュニティーの創設や地域協働の輪を広げようというものだ。

北川氏は公式ガイドブック所収のコラムの中で、「大地の芸術祭は見る展覧会というより、体感する旅」と強調している。アート作品を制作する過程で、芸術家と住民の交流が生まれ、地域のお年寄りは元気になり、訪れる若者たちも地域に溶け込むようになったというわけだ。北川氏は「作品に媒介された人々の生活、里山を通して時間と空間を巡る旅」と少し難しい表現で芸術祭を表したが、その意味は過疎と高齢化に悩む地方に人が戻り、生活の息吹がよみがえる“再生”の場づくりということができるだろう。

確かに、3年に1度の国際芸術祭は、国内外の観光客を呼び込み、地域に活気を吹き込んでいる。それまではほとんど訪れることもなかった外国人も増え、今では国際色豊かな「地方創生」の好例となっている。まだ少ないが、来訪者の約1%は韓国、香港、台湾などからの来訪者だ。

水玉模様の“草間オブジェ”が出迎える

今回の目玉作品の一つは、「花咲ける妻有」と題した、水玉模様のモチーフの絵画や彫刻で国際的に有名な草間彌生さんの作品。北越急行が運営するローカル鉄道「ほくほく線」のまつだい駅で降りる人々を、水玉模様の鮮やかな巨大オブジェが出迎える。草間さん自身が「私のお気に入りナンバーワン」という野外彫刻だ。

展示会場に工夫を凝らしたのも今回の特徴で、少子化で廃校になった小学校の活用がその例だ。数えただけも少なくとも3カ所ある。その1つが6年前に廃校になった清津峡小学校。体育館を大幅にリニューアルし、作品の保管庫とギャラリーを兼ねた清津倉庫美術館に生まれ変わった=写真下。都会に住む多くのアーティストや大規模作品を手掛けるアーティストは保管場所の確保に苦労しており、この切実な問題を解決しようと倉庫美術館とした。

05年に130年の歴史を閉じた真田小学校も、ミュージアムに生まれ変わった。09年にアーティスト田島征三氏が学校全体を使った「空間絵本」として再生したが、今回は最後の在校生3人をモチーフにした物語に「オバケ」と「ヤギ」の新しいストーリーを加えた=写真下。

また、芸術祭で中核施設となっているのが、十日町駅から徒歩10分の越後妻有里山現代美術館「キナーレ」だ。中国出身の芸術家、蔡國強氏が、中庭の池と1階の回廊全体を使って、古代中国で仙人が住むといわれた「蓬莱山」をイメージしながら、樹木と人工滝を配置した巨大なインステレーションを作り上げた=写真下。同氏は、7月25日にも花火を使った「火薬絵」のパフォーマンスを披露した。

海外アーティストたちの競演

野外の自然を利用した作品も多い。中里地区の清田山にはインドネシアの芸術家、ダダン・クリスタント(Dadang Christanto)さんが制作した「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」がある=写真下。インドネシア独特の音が出る風車を田んぼ一面に配置しており、暑さを忘れさせるような涼しげな音が周囲に響き渡った。

演劇も数本上演され、妻有のブナの森で8月6日夜、野外劇『私と自然―11の夢』が演じられた。東京芸術大学とパリのエコール・デ・ボザールの国際共同プロジェクトとして、子どもの空想を題材に暗闇の中で音と光のショーが展開された無言劇は、さながらシェークスピアの「真夏の夜の夢」をほうふつさせる幻想的な舞台だった。

「まつだい駅」近くの“農舞台”では8月中旬、祖先の霊を迎えるお盆をテーマに「大地の盆」夏祭りが繰り広げられた。

地元住民は「活気」を歓迎、でも予算が少し心配

海外の若者たちが農業耕作体験をするプロジェクトも行われた。芸術祭には06年以来、香港の学生ボランティアが参加してきたが、食料自給率7%という香港の若者たちは真剣そのもの。越後妻有に通い、農業を営むお年寄りたちと共に働く中で、「食」や農業の大切さに気づき、香港で農業を始める者も現れているという。

地元住民は芸術祭をどのように受け止めているのだろうか。十日町駅近くで観光客に無料でお茶と漬物を振る舞っていた地元農家の女性は、「普段は寂しいところだが3年に1度、大地の芸術祭で活気がみられるのはいいこと。でも、運営資金に町が相当な予算を割いていることは気にかかる」と話した。

十日町市観光交流課によると、今回の芸術祭の総事業費は6億円で、国からの補助金は2億3000万円、地元の税金は 1億円が使われた。3年前の前回はそれぞれ4億9000万円、1億円、1億円だった。地方再生・地方創生のためには、行動するしかない。その限りにおいて、決して無駄遣いにはならないだろう。

文・村上 直久(編集部)

バナー写真:草間彌生さんの作品「花咲ける妻有」

(写真はいずれも「大地の芸術祭」実行委員会提供)

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