[ニュース]元沖縄知事の大田昌秀氏死去=基地問題に取り組む−92歳
[2017.06.13] 他の言語で読む : ENGLISH |

沖縄県知事や参院議員として、沖縄の米軍基地問題に取り組んだ大田昌秀(おおた・まさひで)氏が12日午前11時50分、肺炎のため那覇市の病院で死去した。92歳だった。同県久米島町出身。告別式は15日午後2時から、同県浦添市伊奈武瀬1の7の1の「いなんせ会館」で。喪主は妻啓子(けいこ)さん。

沖縄師範学校在学中に鉄血勤皇隊に動員され、太平洋戦争末期に激しい地上戦となった沖縄戦を経験した。早稲田大を卒業後、米国のシラキュース大大学院に留学し、修士課程を修了。琉球大教授などを経て、1990年に沖縄県知事に初当選し、2期8年務めた。

知事在任中の95年に、米軍普天間飛行場(宜野湾市)返還合意の発端となった米兵による少女暴行事件が発生。主催者発表で約8万5000人が集まった事件への抗議集会に参加した。

同年、米軍基地用地の強制使用に必要な代理署名手続きを拒否。政府との訴訟で最高裁まで争ったが、敗訴が確定した。

また、沖縄戦などの戦没者全ての名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」を糸満市摩文仁に建立。平和を願う「沖縄の心」の後世への継承に努めた。

2001年には社民党から参院選比例代表に出馬し、初当選。1期6年務めた。13年、戦争と平和について研究する「沖縄国際平和研究所」を設立し、理事長に就任。沖縄戦関連の資料収集などに尽力した。

代理署名訴訟の第1回口頭弁論終了後、インタビューにこたえる大田昌秀沖縄県知事(当時)=1995年12月、沖縄・那覇市(時事)

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  • [2017.06.13]
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