【Photos】写真展「東北―風土・人・くらし」

飯沢 耕太郎 (写真評論家)【Profile】

[2012.04.26] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |
日本を代表する写真家たちが世代を超えて捉えた東北を紹介する写真展が世界各地を巡回中だ。東北の風土や人々の暮らしを浮き彫りにする、その写真作品の一端に是非とも触れてほしい。

3.11以前の東北の歴史、風土を浮き彫りに

2012年3月から、中国・北京とイタリア・ローマでの展示を皮切りに、写真展「東北―風土・人・くらし」(主催:国際交流基金)が世界各地を巡回中だ。日本人の写真家19人の作品、約120点を通じて、日本列島の最大の島、本州の東北部を占める東北地方の歴史、風土、民俗、人々の暮らしなどを総合的に浮かび上がらせようという展覧会である。

出品作家は千葉禎介、小島一郎、芳賀日出男、内藤正敏、大島洋、林明輝、田附勝、仙台コレクション、津田直、畠山直哉の10人(9人+1組)。1950〜60年代の農村を撮影した千葉、小島、東北各地の民俗儀礼や祭りなどを追った芳賀、内藤、田附、自らの個人史と故郷の光景を重ね合わせる大島、畠山、東北の美しい自然にカメラを向ける林、縄文時代の遺跡を通じて日本人の精神の起源を探る津田、そして伊藤トオルをリーダーに、宮城県仙台市の「無名の風景」を集団で撮影した「仙台コレクション」のシリーズと、作品の幅はかなり大きい。時代的にも、千葉や小島の1940〜60年代の写真から、田附、津田、畠山が2000年代以降に撮影した作品まで、かなり長い期間をカバーしている。それでも、これらの作品を見ることで、あまりなじみのない東北の姿がくっきりと浮かび上がってくるのではないかと思う。

敢えて選ばなかった震災後の写真

この展覧会を企画するきっかけになったのは、言うまでもなく2011年3月11日に発生した東日本大震災である。マグニチュード9.0の大地震と、直後の巨大津波は、死者・行方不明者の総数が2万人に迫るという未曾有の被害をもたらした。また原子炉冷却用の電力を失った福島第一原子力発電所の大事故によって、多くの住民が避難を余儀なくされた。震災の直後から、被害が大きかった岩手、宮城、福島県をはじめとして、東北各地の地名がさまざまなメディアに頻繁に登場した。だが被災の状況は克明に報道されていても、東北地方がどんな歴史を持ち、どういう人々がどんなふうに暮らしているのかは、ほとんど伝えられてこなかったのではないかと思う。

「東北―風土・人・くらし」展は、いわば震災や津波がもたらした非日常性と、それ以前の日常的な暮らしとの間の空白を埋めようとする試みである。出品作の選定にあたっては、むろん「3.11」の被害の状況を撮影した写真を加えるという選択肢もあり得た。だが、今回はあえて震災後の写真は外すことにした。先に述べたように、被災地の写真は新聞、雑誌、インターネットなどを通じて既にかなりたくさん流通しているので、あらためて出品作に加える必要がないと判断したことが一つ。もう一つは、今回の展示では東北の歴史性、つまりその成り立ちの部分にスポットを当てたかったためだ。

縄文文化の伝統が今も息づく地

そこで浮かび上がってきたのが、東北の精神的・文化的な風土の中に色濃く残る縄文文化の重要性である。縄文文化は日本列島に古代人が定住し始めた約15000〜3000年前に花開いた文化で、採集・狩猟を中心にしながら独特の縄目模様を持つ縄文土器を製作するなど、きわめて豊かな精神性を保っていた。東北地方はその縄文文化が最も強固に根づいた土地だったが、その後は遅れた未開発の地域として、中央政権の支配下に置かれてきた。だが超自然的な存在と交流しつつ、その生命力を土器製作や宗教的な儀式を通じて表現していく縄文文化の伝統は、東北地方の人々の暮らしの中にしっかりと受け継がれているのではないかと思う。

今回展示する写真家たちの作品を見ていると、その縄文の精神がさまざまな形であらわれているように見えてくる。芳賀日出男や内藤正敏の民間信仰の儀礼を撮影した写真はもちろんだが、大島洋や畠山直哉の写真の中の日常的な場面にも、林明輝や津田直が撮影した、あたかも縄文人が目にしていたような美しく神秘的な風景にも、その伝統はいきいきと息づいている。そのことを、写真展を構成していく過程であらためて確認することができた。

『東北』の持つ辺境性、実は豊かな文化再生の契機

考えてみれば、「東北」すなわちEast-Northという地名は、きわめて示唆的であるといえる。それは中央の政治や文化とは一定の距離を置いた、辺境の地であることを示している。その意味では「東北」というのは、日本の一地方を指すだけではなく、普遍的な概念として成立するのではないか。ヨーロッパにとっての「東北」はロシアであり、ロシアにとっての「東北」はシベリアである。中央がグローバリズムによって均質化し、硬直したがんじがらめの状況に陥っていく時、「東北」の辺境性はむしろ自然と交流し、一体化した豊かな文化を再生していく契機となっていくのではないだろうか。

今回の展覧会の企画は、宮城県出身で、仙台市宮城野区に実家がある僕にとってとても感慨深いものとなった。幸い、母や妹たちは全員無事で、家にもほとんど被害はなかったのだが、津波はほんの数キロ先まで迫り、まさに紙一重の状況を経験した。出品作家の中には、岩手県陸前高田市出身の畠山直哉のように、津波で実家が流失し、肉親が亡くなった者もいる。それでも写真家たちは、写真を撮り、作品としてまとめていく仕事をこれから先も続けていくだろう。彼らの仕事を通じて、「東北」の持つ潜在的なパワーが、多くの人たちに伝わっていくことを心から期待している。

文=飯沢 耕太郎(写真評論家)
協力=国際交流基金

 

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  • [2012.04.26]

写真評論家。『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で、日本写真協会年度賞を受賞。写真の公募展の審査員や、写真展の企画などでも活躍。

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