特集 3.11後の日本
災害・敗戦経済学が導く復興シナリオ
電力供給拡大とFTAがカギ

竹森 俊平【Profile】

[2011.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

大震災と名付けられた地震被害は過去に2度ある。1923年の関東大震災、1995年の阪神・淡路大震災……いずれも壊滅的な被害を受けながら日本経済は見事に復興を果たしてきた。3度目となる東日本大震災、過去から学べることは何か。


奈良県の山中にある室生寺。美しい五重の塔で知られる。1998年、台風により損傷を被ったものの2000年に修復された。

はじめに日本の素晴らしい場所を教えよう。今から約1200年前の平安初期に興った密教は山岳に神性を求めた。だからその寺院は人里離れた深い山の中にある。密教寺院の探訪は、ヨーロッパのロマネスクの教会の探訪と同じように山巡りである。

密教の寺院の中でもっとも美しいのが、奈良から南に大きく下った宇陀山系にある室生寺だ。近鉄大阪線「室生口大野」駅から2時間ほど山道を歩くと、突然視界が開けて全山を境内にした室生寺がはるかに望める。この眺めを目にする感動のためにこんな奥深い山中に寺が造られたのかと思えてくるほどの絶景だ。室生寺には日本の国宝に選ばれた釈迦如来像がある。奈良時代の仏像は漆を重ね合わせて作られていたのだが、この仏像は一本の木を削って作られている。優雅さ、大きさ、威厳、どれをとっても第一級の美術品である。木目の刻みの鮮やかさ、重心がどっしり下に座った重厚感。

貞観の大津波

東日本大震災についての文章を書くつもりで、思わずその釈迦如来像を思い浮かべてしまった。その仏像が作られた時代の年号が「貞観」だったと思い出したからだ。「貞観」、大震災発生後、新聞にこの年号が載ることが多くなった。1200年前のこの時代に、今回の東日本大震災の震源地である三陸沖で、少なくともマグニチュード8.3という今回に近い大きな地震が発生し、それが巨大津波を生んだのだ。この事実が発見されたのは1990年のことだった。6月22日の朝日新聞の夕刊は発見の事情と、その発見の影響とを語っていて面白いので引用する。

「『原や野や道はすべて青海原となり……溺死(できし)者は千人……』

日本三代実録にこう記され、今回の津波との関連で注目される貞観津波(869年)の痕跡が、地質学的な調査で初めて確認されたのは1990年のことだ。仙台平野は内陸3~4キロまで浸水、実録の記述もほぼ事実らしいとわかった。論文を発表したのは宮城県女川町にある東北電力女川原子力発電所建設所のチームである。その一人、千釜章(ちがまあきら)企画部副部長によれば、女川原発2号機の設置許可申請のための調査の一環だった。


女川原子力発電所は80センチの差で津波の直撃から逃れた。

1970年、同1号機の申請の際は歴史的な文献の調査により、想定される津波の高さは3メートルとした。その後、古地震の調査技術が進んできたので、掘削して貞観津波の痕跡を探すなどの調査や研究を行った、という。その結果、想定される津波の高さは9.1メートルになった。1号機建設の時から3メートルの想定に対し、『総合的な判断』で敷地を14.8メートルの高さに造っておいたことが今年、効果を発揮した。女川原発は今回の地震で地盤が1メートル沈下、そこへ13メートルの津波が来た。80センチの差で、直撃を免れたのだ。」

大津波と同時に東京電力の福島第一原子力発電所で発生した事故は、ついに史上最悪のチェルノブイリ原発事故と肩を並べるほどの惨事に発展したが、上の記事は東京電力の安全設計に何が欠けていたかを語る。東北電力のように、考古学調査まで綿密に行って、地震・津波について最悪のシナリオを想定し、備えをしていたなら、今回の大事故は避けられたかもしれないのだ。

「想定」の仕方が問題


3月11日、想定を上回る津波が防波堤を越え、福島第一原子力発電所に近づいてくる。(写真=東京電力)

今回の震災を機に「想定外」という言葉が流行語になった。事故の責任者がこの言葉を言い訳に頻用したためだが、そもそも「想定」の仕方が問題なのだ。2007年の国のレポートによると、日本の国土は地球の全地表面積の0.25%に過ぎないのに、過去10年間に地球上で起こったマグニチュード6以上の地震の21%が日本で発生している。地震の可能性は誰にも分かる。問題は地震の規模だ。その予想のためには東北電力のように時代を遡った作業が必要だったのである。

どれだけ遡るべきなのか。一つの例を挙げよう。今から約64万年前、アメリカの現在のイエローストーン国立公園にあたる場所にあった火山が大噴火を起こした。それで近年最大のセント・ヘレンズ火山噴火の約1000倍の噴煙がまき散らされたという。地質学者は同じような噴火が現在も起こり得ると考えている。そんな噴火が起こった場合、北米大陸の半分は高さ1メートルの瓦礫と火山灰で埋めつくされるというのだ。経済予測の場合、経済構造がどんどん変化するので100年前のデータはあまり役立たない。しかし自然現象の予測の場合には100年どころか、100万年前の情報も貴重だ。

それにしても貞観時代には地震・津波以外にも、疫病の流行があり、富士山の大噴火もあった。まことに災いに満ちた時代だったのだが、この時に密教文化が花を咲かせ、あの崇高なまでに美しい室生寺の釈迦如来像が作られた。日本人とは面白い国民だ。

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  • [2011.10.03]

慶應義塾大学経済学部教授。1956年東京都生まれ。1981年慶應義塾大学経済学部卒業、1986年同大学大学院経済学研究科修了後、1989年ロチェスター大学経済学博士号取得。慶應義塾大学経済学部助教授を経て現職。著書に『経済危機は9つの顔を持つ』(日経BP社/2009年)、『世界を変えた金融危機』(朝日新書/2007年)、『経済論戦は甦る』(東洋経済新報社/2002年/読売吉野作造賞受賞)など。

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