特集 これからの日本をどう守るか―安全保障と日米同盟―
日米同盟の深化

北岡 伸一【Profile】

[2012.02.01] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

2009年の政権交代以降、沖縄の普天間基地移設問題をはじめ、日米同盟はさまざまな問題に直面している。中国が軍事力増強を続ける中、日本の安全保障の鍵を握る日米同盟はどのような道をたどるのだろうか。

2009年9月に成立した民主党の鳩山由紀夫内閣は、普天間基地移転問題への取り組みに失敗し、日米間の信頼関係を大きく傷つけた。以後、基地移転問題は進んでいない。

この間、中国の軍事費は伸び続け、この20年間で18倍になっている。潜水艦の増強、空母の建設、宇宙での活動の活発化、ステルス戦闘機の開発など、あらゆる分野で軍事力の向上は目覚ましい。2010年9月の尖閣諸島をめぐる日中の紛争は、あらためて中国の脅威を日本人に印象づけた。また、北朝鮮は2009年に2度目の核実験を行い、核武装を進めている。こうした状況で、日本の安全保障政策はどうなっているのだろうか。特にその要である日米同盟は、現在、どのような状況にあるのだろうか。

防衛計画の大綱の変遷

このことを考える手がかりの一つとして、防衛計画の大綱の推移を見てみよう。

防衛計画の大綱は、1976年10月、三木内閣によって初めて定められた。「昭和52年度以降に係る防衛計画の大綱」がそれであり、昭和51年に策定されたことから「51大綱」と呼ばれる。

それから20年を経て、1995年11月、村山内閣のもとで、「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」(07大綱)が決定された。これは、冷戦後において、日米安保条約が地域の安定のためになお重要であることを確認し、基盤的防衛力構想を維持しつつも、兵力のスリム化とハイテク化を図ったものであった。なおこの大綱のもとになったのは、細川内閣において1994年2月に設置された防衛問題懇談会の報告書(1994年8月提出)であった。同懇談会は、樋口廣太郎アサヒビール会長を座長とし、メンバーに渡辺昭夫青山学院大学教授ら有識者と官僚OBや元統合幕僚会議議長が加わったもので、このパターンは、以後、踏襲されることになる。

次いで2004年12月、小泉内閣において、「平成17年以降に係る防衛計画の大綱」(平成16年大綱)が策定された。これは、荒木浩東京電力顧問を座長とし、五百旗頭真神戸大学教授、田中明彦東大教授らに、官僚OBや元統合幕僚会議議長が加わった懇談会の提言をもとにしたもので、2001年の同時多発テロ、テロとの戦いを念頭に置いたものであった。

さらに2009年、麻生内閣は勝俣恒久東京電力会長を座長とし、筆者などをメンバーとする有識者会議を設置し、その提言は8月に提出されたが、麻生内閣の瓦解により大綱策定には至らなかった。その内容には、国家安全保障会議の設置、武器輸出三原則の見直し、西南重視への転換、集団的自衛権の見直しなどが含まれていた。

2009年、政権についた民主党鳩山内閣は、佐藤茂雄京阪電鉄CEOを座長とし、白石隆政策研究大学院大学教授らをメンバーとする有識者会議を設置し、提言を求めた。提言は2010年8月に提出され、これに応じた大綱は2010年12月に策定された。

以上の大綱の制定を通じて言えるのは、まず頻度が増したことである。最初のものから第2のものまで20年、次いで9年、そして今回は6年(麻生内閣が改訂していれば5年)であった。

第2に、改定を促した事情は明白であった。1995年の改訂においては、冷戦後、北朝鮮の核開発疑惑の中で、日米同盟が重要であることの再確認であり、1996年4月の橋本龍太郎首相とビル・クリントン大統領の日米安保共同宣言と符合したものであった。また2004年の改定は、2001年の同時多発テロと対応し、また中東におけるテロとの戦いと呼応したものであった。中央即応集団の設立などは、これと関連していた。そして2010年の改定が中国の軍事的台頭と関連していることは言うまでもない。

第3に、党派を超えたコンセンサスが成立しつつあることである。これは以下に概観する。

安倍内閣における安全保障政策の転換

小泉内閣までは、いわば日米同盟の地理的拡大の方に重点があった。アフガニスタンやイラクでの対テロ戦争において、日本が自衛隊派遣を決めたのも、この一環と言える。しかし、それ以後は、明らかに深化の方向に変化が見られると言ってよいだろう。

この変化は安倍内閣で始まっている。

その1つは、官邸の安全保障機能強化会議の設立であった。これはいわゆる日本版NSC(国家安全保障会議)の設置を目指したもので、2月の報告書提出を受けて法案が提出されたが、安倍内閣の失速によって不成立となり、続く福田康夫内閣はこれを打ち切ってしまった。

この時の問題意識は、日本の首相周辺に総合的な安全保障を議論し準備する組織が必要であるが、現行の安全保障会議は形骸化しているという認識のもとに、少数大臣と有力な事務局からなるNSCを作ろうとしたものであった。

安倍内閣のもう一つの重点は、安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)の設立であった。そこでは首相の諮問により、(1)日本近海で行動していた米艦が攻撃を受けた時、日本は共同して活動しうるかどうか、(2)ある国が第三国たとえば米国に向けてミサイルを発射し、日本がこれを打ち落とせるとき、打ち落とすことの可否、(3)国連平和活動における武器使用基準、(4)同じく国連平和維持活動において他国の活動に対する後方支援について、これらは法制局見解において集団的自衛権の行使にあたり許されないという解釈であるが、このままでよいのかというのが諮問の趣旨であった。

懇談会は2008年6月、(1)および(2)については、集団的自衛権の行使にあたるが、こうした活動をすることは必要であり、集団的自衛権が憲法上禁止されていると考えるのは解釈上問題があり、早急に解釈を改めるべきであり、(3)および(4)については、いずれも国際平和活動は憲法9条と無関係であって、こうした行為を集団的自衛権と関連させて理解するのは誤りであり、ぜひ実施すべきだという報告を行った。

しかし報告書が提出されたとき、すでに安倍首相は病気で退陣しており、後継の福田康夫内閣はこれらの提言の実現に意欲を持たず、何ら実現されることはなかった。

なお、安倍内閣においては日中歴史共同研究が発足しており、これも中国との歴史問題に取り組むことによって、中国の歴史カードを封じることが意図されていたこと、そして、いわゆる「自由と繁栄の弧」を打ち出したが、これも中国やロシアに対する戦略性を持った主張であったことに留意しておく必要がある。(※1)

すでに一部述べたとおり、安倍内閣の方針は福田内閣には引き継がれなかった。むしろ福田内閣においては、中国とのエンゲージメントが強く打ち出された。2008年5月の胡錦濤主席の訪日と福田・胡錦濤首脳会談における合意は、その頂点であった。

また、麻生内閣においては、自由と繁栄の弧の主唱者であったにもかかわらず、大きな政策は打ち出されなかった。それは自民党政権が転落の間際に至っていて、それどころではなかったからであろう。

2009年に麻生内閣で提出された提言においては、国家安全保障会議の設立、中国の軍事的台頭に注目して、南西重視への転換、武器輸出三原則の見直し、集団的自衛権の解釈の見直しなどが提言された。

注目すべきは、2010年に民主党政権下で行われた提言においても、ほぼ同じ内容が含まれていたことである。

その結果として、2010年大綱においては、南西重視への転換、即応性・機動性を重視した動的抑止、そして明確な形ではなかったものの、国家安全保障会議の設立が提唱された。(※2) 武器輸出三原則については、社会民主党との連立を模索していたこともあって、盛り込まれなかった。しかし、次期戦闘機の購入において国際共同開発に参加する必要は理解されており、それは武器技術の輸出と輸入の両方に関わるものである。実際に、野田内閣は2011年12月、次期戦闘機をF-35に決定し、武器輸出三原則の大幅緩和を発表した。いずれにせよ、自民党と民主党とで計画された防衛計画の大綱が、ほぼ同じ方向性を持っていたことは極めて興味深い。

アメリカのアジア戦略

ところで、この背景として、東シナ海および南シナ海の情勢を指摘しておく必要がある。2010年には、南シナ海で東南アジア諸国と中国との間の排他的経済水域をめぐる紛争が相次いだ。この種の紛争は世界中で珍しいことではない。しかし、中国とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国との間には、行動宣言があるにもかかわらず、中国は漁船を巨大な護衛艦で保護して、力によってASEAN諸国の経済水域に入り込もうとしていた。

また、中国はいわゆる「9ドット・ライン」(nine-dotted line)なるものを提唱して、その海域に他国が入ることを認めない姿勢を示している。これは、南沙群島を含み、また中国の主張する排他的経済水域を含むものである。しかし、仮に中国の南沙諸島の領有を認め、また排他的経済水域を認めるとしても、領土権は島から12カイリまでしか及ばないのであり、12カイリを超えた地域に主権を主張するのは明らかに違法であって、公海の自由に反するものである。

こうした事情を背景とする尖閣問題の直後に大綱が改訂されたことが、これを自民党時代と似たものとした大きな理由であろう。

ところで、この間のアメリカの戦略についても触れておきたい。一言でいえば、顕著なアジア回帰が見られた。

2009年11月、日本を訪問したオバマ大統領は、演説でアメリカはアジアの一員として生きていくということを明確に述べた。

2010年7月、ハノイのARF(ASEAN地域フォーラム)会合に出席したクリントン国務長官は、航海の自由はアメリカの国益であるとし、南シナ海の問題は無視しえないという姿勢を明確にした。同年9月の尖閣問題のときにも、米国は尖閣が安保条約の適用範囲であることを明言した。

アメリカが、それまでシンガポールなどが締結していたTPPに参加することを決めて議論をリードし始めたのは2010年10月のことである。興味深いのは、ベトナムの参加である。社会主義国であるベトナムにとって、TPPの参加は、政府調達の自由化など、多くの変革をしなければならないものである。それにも関わらずTPPに参加しようとするのは、安全保障問題と断ぜざるを得ない。中国の圧倒的な経済力に対抗するため、ロシアの海軍の寄港を認め、またインド企業の海洋資源への投資を歓迎し、日本からの原発や新幹線の輸入に積極的であるが、これらはすべて中国に対するバランスをとるためである。

2011年3月11日の東日本大震災においてはアメリカがトモダチ作戦を展開して、強力な対日支援を行った。抑止力とは、つまるところ心理学である。アメリカがかくも密接かつ強力に日本と協力することを目の当たりにした中国には衝撃的だったと言われている。

さらに2011年3月、ミャンマーの民政移管とともに政治的自由化が進み始め、アウン・サン・スー・チー氏との対話も始まった。ミャンマーにおいても、中国の圧倒的な影響力のもとに生きるのは必ずしも好ましいことではなかったのだろう。そしてアメリカもこの動きを歓迎し、11月、クリントン国務長官は、国務長官としては50年ぶりにミャンマーを訪問したのである。

同じ2011年11月、野田首相はTPPの協議に参加することを明らかにした。ただちにメキシコとカナダが同様の態度を表明して、モメンタム(勢い)が増している。

そして11月の東アジアサミットには米ロ両国が出席した。それによって、中国はその力をそがれた感がある。中国包囲網が成立しつつある。

ただしその包囲網は、かつての対ソ封じ込めのようなものではない。中国がルールを守り責任ある大国として台頭することを期待し、求めるための結びつきである。

日本における南西重視の方向に対し、中国は、中国を挑発するものだと批判している。これはもちろん意味のない主張である。日本の主権の中の控えめな増強に過ぎない。

海洋に関するアメリカのコミットについても、中国は反発し、域外の国の関与であると反発している。しかしアメリカや日本が主張しているのは、海洋の秩序を既存のルールを守って維持しようとすることである。中国の貿易依存度が高まっているから海軍強化が必要だというのは、粗雑なマハンの理論であって、今日は紛争の平和的解決と、ルールによる問題解決の時代である。アメリカにしても、中国の成長を封じ込めることはできないし、日本にとっては中国のエネルギーを利用することは特に重要である。

TPPにしても同様であって、その影響で日中韓の自由貿易協定が進みそうな気配がある。また、中国も必ずしもTPPに反対しているだけではないようである。

おわりに

日米同盟については、動きは遅いように見える。日本の防衛費は伸び悩んでいるし、アメリカの経済は低迷している。普天間の基地の移転は進んでいない。にもかかわらず、目に見えないところで、日米同盟関係は深化する兆候を見せている。そしてそれは日米を中心とするソフトな包囲網を作る核となっている。それが危険な対中包囲網でないことはすでに述べたとおりである。日米同盟の深化については、集団的自衛権など、すでに指摘されている問題が多くある。しかしそれらを解決していけば、日米中いずれにも好ましいアジア秩序を作るカギとなる可能性が十分あると思われる。

 

(※1)^ ただし、安倍内閣の外交安全保障政策全体がすべてこの方向を向いていたとは必ずしも言えない。

(※2)^ 日本版「国家安全保障会議」(NSC)創設を目指す民主党の作業チーム(座長・大野元裕参院議員)は12月13日、既存の安全保障会議が形骸化しているとして、廃止を含めて在り方を見直す方針を固めた。2012年2月までに結論をまとめることになっている。

  • [2012.02.01]

国際大学学長、政策研究大学院大学(GRIPS)教授。専門は日本政治史、日本外交史。1948年生まれ。71年東京大学法学部卒、76年9月東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。76年から立教大学法学部講師、助教授、教授を経て、97年から東京大学法学部教授。2004年特命全権大使(日本政府国連代表部次席代表)を経て、06年9月に東大法学部教授に復帰。2012年4月よりGRIPS教授。同年10月より国際大学学長を兼任。近著に日本政治の崩壊―第三の敗戦をどう乗り越えるか』(中央公論新社)『官僚制としての日本陸軍』(筑摩書房)がある。

関連記事
この特集の他の記事
  • 沖縄の「基地問題」の現状普天間基地の移設をはじめ、沖縄の米軍基地問題は長く膠着状態が続く。日本で長く研究を続けるアメリカ人政治学者、エルドリッヂ博士が「沖縄問題」の本質に迫る。
  • 日本の防衛政策と日米同盟の今後国際情勢が大きく変化し、日本をめぐる安全保障環境が変わりつつある。「動的防衛力」の構築に焦点をあてた最新の防衛政策と、日米同盟の今後の在り方について防衛研究所の高橋杉雄主任研究員が解説する。
  • 中国の動向と日本の海洋戦略海洋戦略における中国の台頭が著しい。防衛政策を揺るがしかねない事態に日本はどう対処するのか。政策研究大学院大学の道下徳成准教授がその対処方法と課題を考察する。

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告