特集 台頭する中国の外交戦略
中国の台頭と東アジアの変容

白石 隆【Profile】

[2012.05.07] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

中国の台頭は東アジアの国々にさまざまな影響をもたらしているが、その台頭をどのように捉えるべきか。「nippon.com」編集長で政策研究大学院大学の白石隆学長は、多面的考察の必要性を強調する。

中国の台頭とともに東アジアにどのような変化が起きているか。この小論の趣旨は、これを理解するには中国台頭の効果を多面的に検討する必要があり、その試みとして、中国の台頭が東アジアの地域秩序にどのような変化をもたらしつつあるか、台頭する中国に対し東アジアの国々がどう行動しているか、そして中国の経済協力が東アジアの「場」をどのように変えつつあるかを検討しようというものである。

地域秩序の変容

まず東アジア地域秩序の変容から考えよう。東アジアの地域秩序には、欧州と比較して1つ、顕著な特徴がある。それを見るには、この地域の安全保障と通商のシステムを考えればよい。

東アジアの安全保障システムは、日米、米韓、米比、米タイ等、バイの安全保障条約と基地協定の束からなる米国中心のハブとスポークスのシステムを基本とする。これは冷戦の時代以来、変わらない。

一方、通商システムは1960年代、日本と日本以外の自由アジア(Free Asia)の国々とアメリカの間の三角貿易の仕組みとして構築され、それが1980年代以降、大きく変化した。これは二つの要因によった。第1に、1985年のプラザ合意後、日本企業をはじめとして多くの企業がその生産ネットワークを地域的に展開し、その結果、事実上の経済統合が進展した。第2に、1978年の改革・開放以来、中国が社会主義経済から社会主義市場経済に転換し、同時に東アジア経済に統合された。これが冷戦の終焉に際し、東アジアの軌跡を欧州と大きく違うものにした。

欧州では、ソ連の解体、東欧の社会主義国の崩壊の後にNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大、そしてEU(欧州連合)の東方拡大が起こった。その結果、NATOとEUは入れ子の関係になり、安全保障システムと政治経済協力システムの間に大きな緊張は生まれなかった。一方、東アジアでは、冷戦の終焉に際し、中国でもベトナムでもそれ以外の国々でも、社会主義体制は崩壊しなかった。その結果、米国を中心とする安全保障の仕組みは西方に拡大せず、その一方で、社会主義経済から社会主義市場経済への転換とともに、これらの国々は経済的に東アジア/世界に統合された。こうして東アジアでは、安全保障システムと通商システムの間に構造的な緊張が生まれ、この緊張は中国の台頭とともに高まる傾向を持つ。

しかし、それでも、東アジアの地域システムはそれなりに安定してきた。これには2つの理由があった。その1つは、中国が党国家体制維持のために経済成長の政治を選択し、その一環として、中国の周辺環境安定のために、鄧小平の言う「韜光養晦」(「才能を隠して時期を待つ」の意味)を外交政策の基本に据えたことである。もう1つは、日本もアメリカもそれを踏まえて、中国の東アジア/世界経済への統合と中国の経済発展が長期的に世界と東アジアの安定に寄与するとの戦略的判断に基づいて中国に関与し、同時に、日米同盟の再定義によって中国台頭のリスク・ヘッジを行ったことである。

こうした構図は、基本的に現在も変わらない。しかし、近年、中国では多くの人々が非常に自信を持ち、成熟するというより、ナショナリスティックになっている。また、それを受けて党・国家の中枢においても、集団指導体制下における「特殊利益」の台頭によって、政策決定における戦略的合理性が低下し、それとともに、最近の南シナ海の領土問題に典型的に見るように、周辺の国々の多くは中国台頭のリスクを強く意識するようになった。その結果、オバマ政権の米国のアジア再関与の動きと相まって、地域協力のダイナミズムが変化し、1997−98年の東アジア経済危機以降、東アジアを枠組みとする米国抜きの地域協力が進展してきたのに対し、2010年以降は、アジア太平洋を枠組みとする米国を入れた地域協力が重要となりつつある。これは、東アジア首脳会議がASEAN+6から米露を加えてASEAN+8に拡大されたこと、FTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)にいたる途として、ASEAN+3、ASEAN+6以上にTPP(環太平洋経済連携協定)が重要となったこと、また中国は今なお2国間での紛争処理を主張するけれども、南シナ海の領土紛争がARF(ASEAN地域フォーラム)、東アジア首脳会議で取り上げられて国際化したこと、安全保障対話の場としてADMM+(拡大ASEAN国防相会議)が重要性を持ちはじめたことなどに見る通りである。

これをまとめて言えば、次のようにも言える。東アジアにおける地域協力の仕組みはネットワーク型に編成されており、ASEAN+1、ASEAN+3、ASEAN+8、ARFなどにおいてはASEANがハブとなっており、一方、アメリカを中心とするハブとスポークの安全保障のネットワークではもちろんアメリカがハブとなっている。この2つのハブが連携すると、新しいダイナミズムが生まれる。それが今起こっていることである。

国家の行動

さてそれでは、東アジアの国々は中国に対してどのような行動を取っているのか。以下、その事例として、タイとインドネシアとベトナムとミャンマーを見てみよう。

タイは冷戦終焉以降、一貫してインドシナ/大陸部東南アジアの市場統合を推進し、バンコクをそのハブにしようとしてきた。大メコン圏(GMS, Greater Mekong Subregion)の開発は、その意味でタイにとって戦略的重要性を持ち、中国が経済的に台頭して、その経済協力によってGMSのインフラ整備が進展することは大いに歓迎である。

インドネシアは違う。インドネシアは非同盟中立を国是とする。しかし、歴史的に見れば、インドネシアの非同盟中立は常にどちらかに傾斜した中立であり、最近は静かに、しかし、はっきりと日米豪と連携しつつある。中国の海軍力強化を脅威と受け止めているからである。

ベトナムにとって中国は、富と力において圧倒的な差のある隣国である。中国は人口においてベトナムの約15倍、経済規模では約60倍である。従って、ベトナムにとってはこの非対称性をいかに「管理」するかが対中政策の鍵である。ベトナムはこれを「てこ」で管理しようとする。ASEANの一国として中国に関与する、ロシアから潜水艦を購入し、アメリカとインドを安全保障ゲームに引っ張り込んで中国とバランスを取る、日本と連携してインフラを整備する。これである。

ミャンマーにとっては、1980年代末以降、最大の脅威は中国ではなく米国だった。ミャンマーは米欧の経済制裁下、タイと中国とインドを主要貿易相手として生き延びた。対中依存はアメリカの脅威をヘッジするコストだった。しかし、2011年の民政移管以降、ミャンマー政府は国民和解と経済成長を国策の主要課題に設定し、その一環として、政治経済改革(自由化)を推進し、国際的孤立からの脱却を図っている。そしてこれが中国に対する過度の依存を避けるうえでもプラスになる。こうした政策によって、ミャンマーが中長期的にどれほど大きな行動の自由を確保できるか。これはかなりの程度、この経済成長の政治の成功にかかっている。

こうしてみれば、東アジアの国々が台頭する中国にどう対応しているか、なぜそういう行動をとっているか、これを説明するうえで次の3つの要因が重要と言えるだろう。その1つは、東アジアの安全保障システムに占める地政学的な位置において、アメリカを中心とするハブとスポークスの安全保障システムを与件として自分たちの安全保障政策を組み立てられる国と、それが脅威になる国では、中国に対する行動は非常に違う。もう1つは、これらの国々の経済が東アジア/世界経済にどれほど統合されているかであり、この統合の水準が高いほど、中国に対する経済的依存を心配することなく行動できる。さらにもう1つは、国内政治の要請である。政治の目的は経済成長の達成にあるという国民的合意が成立しているところでは、経済的に躍進する中国に関与しようというインセンティブがもちろん大きくなる。

トランスナショナルな効果

中国の台頭が東アジアにとってどのような意義を持つか。それを理解するうえでもう1つ注目すべきは、そのトランスナショナルな効果である。あるいはもう少し具体的に言えば、中国から国境を越えてヒト、モノ、カネ、企業等が東アジアに溢れ出す、それが東アジアをどう変えつつあるかである。その一例として経済協力を見ると、その中長期的安定性は各国の政治体制とエリート循環(エリートの交代が定期的に起こるかどうか)によってずいぶん違う。けれども、ラオス、カンボジア、ミャンマー等の権威主義体制の国では、かなり安定した同盟がトランスナショナルに、中国とこれらの国々の政治エリート、ビジネス・エリートの間に形成され、それもまた1つの理由となって、これまで日米欧を中心につくられてきた経済協力、政府調達のルールとは違うルールがこれらの国々で受け入れられつつある。

中国の対ミャンマー援助は、2007−09年に4億−8億ドルに達し、たとえば水力発電所建設においては、2010年現在、中国の43国営企業が63水力発電事業に関与し、それ以外にも昆明からインド洋の良港チャウピューにいたるパイプライン建設、高速道路、高速鉄道、港湾開発等、極めて広範に経済協力が行われている。こうした協力はその性格上、すべて「互恵」を原則とする。しかし、水力発電所の多くが電力を中国に供給するように、協力の多くは中国がミャンマー以上に利益を得る形となっている。

ラオスでは、ビエンチャンにおけるニュータウン開発が中国の経済協力で実施されている。これは中国の国営銀行がラオス政府に低利融資を供与し、ラオス政府がこれを中国の国営企業に融資して、この企業がビエンチャン郊外で不動産開発を行うというものである。事実上、中国の地方自治体が第3セクター方式で不動産開発を行い、その収入でインフラ開発を実施するという事業モデルがラオスに導入されている。またインドネシアでは、2005−08年の発電能力増強のクラッシュ・プログラムにおいて、中国の低利借款供与に伴い、インドネシアの発電プラントビジネスから日米欧の企業がすべて排除された。

中国が世界的に提供する開発金融総額はすでに世界銀行を凌駕する。しかし、中国はOECD(経済協力開発機構)のDAC(開発援助委員会)加盟国ではない。そのため中国は、ODA(政策開発援助)と投資と輸出金融と技術協力を融通無碍に組み合わせ、経済協力の名の下に中国企業の進出を支援する。こうした経済協力とそれを支えるトランスナショナルな同盟、新しいルールが定着するかどうかはまだ分からない。しかし、中国の経済協力によって、東南アジアの一部の国々でその政治経済システムの「中国化」と言わざるを得ない現象が起こっていることには注意する必要がある。

これまで述べてきたことをまとめれば、次のように言える。中国の台頭は多面的に考察する必要がある。中国が台頭して世界を支配する、あるいは東アジアに勢力圏を作る、そういう考え方では中国台頭の意義は理解できない。中国の台頭が東アジアの地域秩序、周辺諸国の行動、さらにはトランスナショナルにどのような効果を持っているか、これを体系的に検討することによって初めて、中国の台頭が地域的にどのような意義を持つかを理解することができる。

  • [2012.05.07]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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