特集 台頭する中国の外交戦略
中国外交の岐路―近代外交を克服できるか―

川島 真【Profile】

[2012.09.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

国際社会の中で大国として台頭しつつある中国。中国近代外交を専門とする川島真東京大学准教授(nippon.com編集委員)は、近代以来の中国の外交原則の変化の有無に注目する。

近代以来の外交原則

中国は今、近代以来の外交の原則をこのまま堅持するのか、それとも新たな原則を打ち立てるのか、岐路に差し掛かっていると見ることができるだろう。

近代以来の中国外交には、大きく分けて3つの原則があったと見ることができる。1つは主権と統一の重視である。これは、中国自身が設定した国境線内の領土と国民に主権を普(あまね)く行使し、そこに異なる政権が主権を行使する場合には極力それを阻止、排除すること、さらには他に中国中央政府を主張する政府があれば、その外交空間を極小化し、やがて排除、統一していくことである。この点は、いわば「中国を中国たらしめること」こそが中国外交の根幹である、ということにつながっている。

第2の原則は、中央政府の政策、とりわけ内政にとって有利になるような外交を行うということである。これは、外交は内政の延長ということだけを意味しておらず、内政が外交に後押しされていく可能性も意味する、双方向的なものである。これは第1の原則とも重なりを持つものであるし、内政における原則は外交の原則にも適用されうることを意味する。また同時に、中国が国際社会の動向に対して閉じているのではなく、国際社会とさまざまな関わりを持ちながら、そこから影響を受けつつ変容することも意味する。

第3の原則は、国際的地位の向上である。これは実質的な、また感覚的なものである。実質的な面は、国際連盟や国際連合をはじめとする国際機関での位置づけ、あるいは第2次世界大戦の連合国における「四大国」などといった可視的な国際的地位であり、感覚的な面は、国際メディアなどでの評判、世界の言論における位置づけなどである。後者は、目には見えないものの、中国は常に敏感に反応してきた。

これらはどの主権国家にも共通する原則だということができる。だが、中国はその「近代性」を現在に至るまで重視してきたわけである。ところが、近代の重荷を克服した先に何があるかについては、そこまで明確に想定されていなかったのかもしれない。

被害者としての近代外交の限界

これらの原則が意味を持ったのは、近代中国が侵略を受けたことに加え、国力が「本来の姿」を取り戻していない段階でそれらが設定されたからだ。確かに、列強に国権を奪われたならば、それを取り戻す必要があったであろうし、国内の分裂を防ぐためにはナショナリズムも有効であったかもしれない。また、国際社会での中国の存在感がそれほど大きくなかった時期には、中国国内における中央政府の正当性を示すための原則をそのまま外交に適用しても、国際社会から非難されることはなかったかもしれない。そして、国際社会での地位向上は、中国が本来有しているはずの大国としての地位回復という「正義」の下に正当化されたのだった。

しかし、中国は政府当局の予測よりもはるかに早く、政治、軍事、経済の各面で大国化した。それにともなって、従来の外交原則を堅持することには困難が生じるようになった。主権を護持しようとして、過度に統一問題に敏感になることは、領土問題などにおける妥協や協調の可能性の幅を狭め、周辺諸国などから批判されることになった。また、大国となるに従って、国際社会との協調や、国際秩序形成に対する貢献が求められるようになる中で、国内における政権の諸政策との整合性だけを重視した外交や、過度に自国益に基づいた外交を行ったりすれば、そのことも批判されることになった。

外交原則の相次ぐ調整

このような困難な状況にあっても、中国は個々の問題に応じて、国益を最大限にするように対応すればよい、ということもできる。だが、中国と国際社会の関係が多様化することによって、また中国国内のさまざまな立場の者が外交に関与することによって、国益観は従来ほど単純ではなくなってきているし、政策決定過程も単純でなくなってきている。とりわけ、国内世論の動向と利益団体の動向が重要だとされる。特に世論の動向を見ると、中国政府が教育や宣伝を通じて行ってきた「被害者としての中国」像を心に強く抱いている国民は、大国化した自国が依然として慎重な外交を行うことに強く反発し、主権や統一などの面において従前にない成果を求めるようになった。彼らはまた国内における常識や論理を世界にアピールし、さらには国際的地位をいっそう向上させ、尊敬を獲得することに貪欲にさえなってきており、中国外交に大きな圧力をかけるようになってきている。中国政府が国内で喚起してきたナショナリズムが、現在は逆に外交を制約しているということであろう。

少なくとも鄧小平政権以来、中国外交は「(経済)発展」を主たる目標としてきた。上記の3原則は当然維持されていたし、「歴史」は重視され、ナショナリズムも喚起されたが、それでも国益判断として「発展」こそが最重要とされていたのである。そのため、中央アジア諸国との国境問題や、南シナ海の主権をめぐる諸問題で、中国が一定程度の譲歩をし、周辺諸国との関係改善を行ったこともあった。それは、西部大開発などと連動させて、中国の辺境地域と周辺諸国との経済・貿易関係を活発化させる狙いもあった。この点は、胡錦濤政権もまた成立当時は同じであった。

しかし、中国は2006年になって、この発展第一の外交政策に調整を加えたとされる。発展に加えて、「主権」と「安全」を主要原則の中に据えたのである。そして、2008年のオリンピックを経て、2009年にもまた対外積極政策が採用された、と伝えられた。経済発展を遂げた中国は、もはや「発展」のために自重する必要はなく、これまでよりも積極的に主権や安全に関わる外交上の成果をあげるべきである、という言論が多く見られるようになり、実際に政府首脳の発言でも、それを思わせるスローガンの字句の修正などもなされている。

中国外交のジレンマ

胡政権の後半期には、「中国は対外政策において、いつまで我慢し続ければよいのか」という問いや、「中国は既に世界の大国であり、以前とは異なるのだから、これまでの鬱憤(うっぷん)を晴らすべきである」といった主張が少なからず見られるようになった。それに対して、「中国はまだまだ途上国であるので、発展を重視し、周辺諸国や国際社会とも可能な限り協調すべきだ」という議論もあれば、「途上国の段階を既に脱しており、主権や安全の面などでは積極的に振る舞いつつ、世界の大国としての責任を果たしていくべきだ」という議論がある。

実際、中国外交は一面で大国としての振る舞いを見せつつも、また一面で東シナ海や南シナ海などをめぐる問題などで難局に立たされるようになった。国内におけるナショナリズムと国際社会からの責任論を調整しながら、いかにして国内外の多様な要求を満たすことができるのか。目下のところ、国内向けには主権とか統一などを協調しながら、国際社会の場では、国内政策と矛盾なく、かつ国内のナショナリズムの要請に応えられるような形でグローバル・ガバナンス領域での責任を果たすことで、中国脅威論や対中批判に対処することが目指されているように思われる。

近代の克服は可能か

果たして、中国の百年にわたる国権回収運動と中国統一運動に基づく外交政策は、一定程度調整されていくのか。また、政権維持のための対内政策と対外政策の間で折り合いが付けられるのか、そして内外が納得する国際的地位向上の方法があるのか。こういった問題が、現在の中国に突き付けられている。

目下のところ、中国はこれらの問いに対して矛盾なき統一的な回答を見いだしているようには思われない。主権や安全については、核心的利益という妥協なき線を設定して交渉の可能性を狭め、またその領土についても法令などを利用して解釈を固定化し、歴史的な経緯を硬直的に理解することによって、交渉の余地を小さくしてしまっている。これらは、国内の強硬派の見解には対応できる反面、対外的には協調性を欠く対応しかできなくなるという問題を抱える。また、歴史的にさまざまな経緯があった領域を、「古(いにしえ)より中国固有の領土」と言ってみせることで、周辺国から「脅威」として認識される。

安全保障の面では、一面で失地回復を目指しながら、一面で近代以来の被侵略の認識を持つために、中国は周辺諸国の軍備増強を敏感に感じ取り、自らの軍事力を増強するが、そのことによって、いっそう周辺国の対中脅威認識を高めてしまう。国際的地位の向上の面でも、国際社会の要請に対応してみせても、なかなか尊敬と尊重を得られないというもどかしさが、なかなか払拭(ふっしょく)できない。

中国外交は目下のところ、国内外からのさまざまな要請に対して、モザイクを作るように断片的に対応するにとどまっている。近代以来の課題を払拭できないが、他方でさまざまな模索を行っている段階にある、と見ることができるだろう。

歴史の克服と歴史の発見

そのような新たな模索の中には、中国外交が金科玉条のように奉じてきた「内政不干渉」をめぐって、当事国から望まれ、また国際社会からも要請され、さらに中国にできうることであるときには、中国が内政干渉を行う可能性があるとする「建設的干渉」といった議論がある。

他方で、周辺国との諸問題を念頭に置きながら、かつての册封(冊封)・朝貢の時代を回顧し、そこから何かを学ぼうとする傾向があるのも昨今の興味深い現象である。その議論は、歴史研究から見ればやや奇異であることが少なくない。周辺諸国と中国の諸王朝が平和的に共存し、中国が尊敬、尊重を受けていたという前提で議論されることが少なくないからである。周知の通り、册封・朝貢をめぐっては、漢文に残されている状況が、いわば中国の王朝の目線を示すものであり、必ずしも相手国の意識を示すものではない。すなわち、册封・朝貢は諸国間に共有された国際秩序であったと言えるかどうか、検討が必要なのである。従って、アプリオリに漢文史料に依拠した国際秩序理解を現在の中国外交の参考とするならば、それもまた最終的には周辺国に理解されない外交スタイルに結びつきかねない。

いずれにせよ、中国内部では近代以来の自己認識の揺らぎとともに、対外政策についても、ジグザク、あるいはモザイク状の動きが顕著である。そこではさまざまな模索や試みがなされているが、それがどのように今後に影響していくのかも分からない。ただ、当面の間は、中国の国内社会の多様化、政策決定過程の複雑化なども相まって、対外政策の予測可能性は低い状態で推移していくことになるであろう。

中国にとっての「長期の近代」がまだ続くのか、予測は難しい。だが、中国にとっては、その近代の桎梏(しっこく)を克服した先を見据えねばならない時期に来ていることは間違いないだろう。

  • [2012.09.05]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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