特集 中国・習近平新政権が直面する国内問題
“チャイナ・リスク”の見積もり

川島 真【Profile】

[2012.10.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

世界の大国となった一方で、さまざまなリスクを抱える中国。隣国の日本はどう向き合うべきか。川島真東京大学准教授(nippon.com編集委員)が考察する。

中国は“どのような大国”か?

中国は世界の大国となった。たとえ1人当たりの国内総生産(GDP)が低かろうと、中国を抜きにした世界や東アジアの秩序構想は考えにくい。だが、中国が「どのような大国」なのか、あるいはこれから「どのような大国になるのか」と問われると、恐らく中国の指導者でさえ、把握しきれていないのではなかろうか。しかし、それでも中国に暮らす人々がそれぞれ自らの置かれている環境の変化とそこから見える風景の変化を感じ取ってきたことや、その変化を現在も感じながら、将来への期待と不安を抱き続けていることも、また確かであろう。

他方で「中国はそもそも…」といった議論に見られるように、中国の変化よりも、一貫性、共通性に注目しようとして、「中国の本質」を指摘するような言論もある。また、「中国は多様だから、そもそも『中国は…』などと『中国』を主語に議論すること自体、ナンセンスだ」とする議論もある。これらは、いずれも正鵠(せいこく)を射ている面があるのだろう。だが、「中国はそもそも」という議論も、「中国なんてない」という議論も、ともに説明することを避けようとする傾向を反映したものなのかもしれない。

“等身大の中国”?

そんな中国を説明するのによく使われたのは、「“等身大の中国”を捉えねばならない」という言葉だ。

この言葉は日本の現代中国研究者が繰り返し述べてきた警句だった。これは、「群盲象をなでる」ではないが、広大で多様な中国のある一面を見ただけで「中国は…」などと大上段に振りかぶってはいけないという戒めだったし、また自らの政治信条に基づいて、文化大革命を過度に賛美したりすること、またあるいは中国と聞けば罵(ののし)るような姿勢を批判するものだったろう。

しかし、いったい何が“等身大”なのかということになると、それは難しい。そもそも、何が“等身大”なのか、誰がどのように判断するのだろう。理屈で考えれば、「中国の正体」が分かっていないと、それが“等身大”なのかどうか分からないのであるから、これは解答のない警句だったのかもしれない。もちろん、「中国の正体」などというものは、そう簡単に得られるものではないのだが。

揺らぐ“チャイナ・リスク”

中国の将来に対する「不確実性」は常に存在してきた。それは、中国をとりまく変数の多さ、また公開される情報の限定性などを背景にしてきた。だが、ここにきて、これまで“定数”のように扱われてきたことも、“変数”に転じ始めた。

政治的に見れば、共産党の統治が継続するのかという大きな命題が存在する。この問いに答えることはもちろん難しい。だが、「中国の国内問題」特集所載の富坂論考が明確にしているように、共産党政権は国内統治の上で深刻な問題に直面しており、これから自らの“延命”のために政策を展開していくことは確かであろう。しかし、集団指導体制下で強力なリーダーシップは期待できない。利益団体も多元化し、統一的な動きはいっそう見えにくくなる。そんな共産党政権の姿を如実に示すのが、その“統治”の姿だ。共産党政権は果たしてどれほど「中国」を統治(govern)できているのだろう。この特集所載の阿古論考が述べる農民工の問題を見れば明らかなように、中国国内にはさまざまな不平等が噴出し、その是正に向かう社会運動を政府が強引に抑制している。

共産党政権を支えてきたのは、革命とかナショナリズムもあるが、この20年に限れば、やはり経済発展に伴う“豊かさ”だ。共産党幹部自身がその恩恵を受けられたことを含め、この国と政権をけん引してきた“豊かさ”だが、それがもたらす不平等や不公正が、政権の命取りになりつつある。しかし、本特集所載の梶谷論考が示すように、“過剰資本投資”状態を続けてきた共産党政権の経済政策は限界に達しており、目下の諸問題を解決するのは至難の業だ。

他方、中国の最大のリスクは人口問題と環境問題だということも忘れてはならないだろう。一人っ子政策により「超高齢化社会」が間もなく到来する。移民政策は日本以上に堅く、また人口数を国力のよりどころとしてきた面もあるので、人口抑制策を緩和する可能性もある。環境問題は、本特集所載の上田論考が指摘するように、相当に深刻であり、日本も含めた諸外国の支援のあり方も含め、大きな課題になっている。

隣人としての中国

日本は中国の隣国であり、この地理的な位置からは免れようがない。隣国ではない欧米諸国が中国との協力を唱えても、隣国の日本は協力だけを唱えている訳にはいかない。今回の尖閣諸島をめぐる対立の例にも見られるように、日本は“チャイナ・リスク”の影響を特に蒙(こうむ)りやすい立場にある。

必要なことは、これらのリスクを正確に把握し、そのリスクをなるべく蒙らないような措置をとることだろう。次に、そのリスクを減らす努力をすべく、中国に働きかけること、またそのリスクに伴う諸問題の到来に備えることである。ただ、同時に忘れてならないのは、中国の将来についてのさまざまな可能性を視野に入れることである。例えば、中国の政府とだけ良好な関係を築く努力をするのではなく、中国国内の多様な存在をバランスよく見据えて、さまざまな考えを持つ人、組織とよりよい関係を築いていくべきであろう。現在よりも戦前の日本の方が、このような多様な中国を見据えて関わっていた面がある。侵略や戦争は反省すべきだが、中国の捉え方、関わり方については歴史に学びながら、硬軟織り交ぜて、多元的に中国に向き合う時代が到来した、と見てよいのではなかろうか。

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  • [2012.10.19]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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