東アジアの新たな国際環境

北朝鮮、韓国の新政権登場で動き出す朝鮮半島情勢

国際・海外

北朝鮮では2012年4月に金正恩体制へ移行し、韓国では12月の大統領選挙の後、2013年2月に新政権が発足する。南北双方の新政権の登場で、朝鮮半島情勢はどのように展開するか。西野純也慶應義塾大学准教授が分析する。

北朝鮮:先軍政治継承、ミサイル発射は失敗

「偉大な金日成(キム・イルソン)同志と金正日(キム・ジョンイル)同志が開いた自主の道、先軍の道、社会主義の道に沿って真っすぐ進むここに、わが革命の100年大計の戦略があり、終局的勝利があります。われわれが先軍朝鮮の尊厳を万代に輝かし、社会主義強盛国家建設偉業を成功裏に実現するには、一にも二にも三にも軍隊をあらゆる面から強化しなければなりません。」

4月15日の金日成主席誕生100周年慶祝閲兵式における北朝鮮の新指導者・金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党第1書記の演説は、金正日死去後の北朝鮮新体制が進むべき方向性をこう表現した。先代の遺訓を引き継ぐ形で軍事優先のいわゆる「先軍政治」を続けていく意志がそこからは読み取れる。実際、閲兵式2日前に行われた「人工衛星」打ち上げと称する長距離ミサイル発射実験は、金正日総書記の生前に計画されていたことが3月23日付『労働新聞』の政論で示唆されていた。

2月末の米朝合意(米朝交渉が続く間、北朝鮮はウラン濃縮とミサイル発射実験を中断、代わりに米国は食糧24万トンを支援するとの内容)の履行を期待していた国際社会は合意後間もなくのミサイル発射に失望し、国連安全保障理事会は発射を強く非難する議長声明を採択した。ただし、昨年12月の金正日死去直前に米朝合意の可能性を伝える報道があったことを想起すれば、米朝合意もミサイル発射も金正恩政権は先代の決定を履行したにすぎないということになる。

しかし、こうした「遺訓統治」の側面とともにいま国際社会が目にしているのは、これまでの北朝鮮では見ることができなかった「新しい」指導者の姿である。夫人同伴で遊園地を視察して、叔母とジェットコースターに乗る姿を公開し、ディズニー・キャラクターが登場する公演を観覧して、それを国内でテレビ放送するという、金正日時代にはなかった新指導者の「開放的」スタイルが驚きをもって伝えられたことは記憶に新しい。しかし問題は、こうした変化が果たして金正恩政権の政策にどれだけ反映され実行されるのか、である。

注目される経済立て直し策

その点で注目すべきは、今年の中頃より北朝鮮の一部地域で試験的に実施中とされる「6・28措置」と呼ばれる経済立て直し策(協同農業の家族単位への改編や収穫物の取り分増加、工場・企業の自律性を高めるなど労働へのインセンティブを与える措置)と、政権の実力者・張成沢(チャン・ソンテク)氏(金正恩第1書記の叔父)が8月中旬に訪中して中国側と協議した中朝国境地帯での経済協力の行方である。4月15日の演説で金正恩第1書記が「わが人民が二度とベルトを締め上げずに済むようにし、社会主義の富貴栄華を思う存分享受するようにしようというのがわが党の確固たる決心です。われわれは、偉大な金正日同志が経済強国の建設と人民生活の向上のためにまいた貴重な種を立派に育てて輝かしい現実として開花させなければなりません」と述べたことから分かるように、経済再建こそ現在北朝鮮が最も重視している課題だからである。

もっとも、本格的な経済再建のためには中国だけでなく広く国際社会からの支援が必要であること、しかし核開発を続ける限りその支援は望めないか、人道援助など極めて限定的なものとならざるを得ないことは北朝鮮も承知しているはずである。今後、金正恩政権が経済分野だけでなく核問題や対外政策で方向転換を試みるのかは依然不透明な状況である。しかし、いまから来年初めにかけて訪れる周辺各国の政権交代とそれに伴う国際環境の変化を最大限活用しようと試みることは間違いないであろう。北朝鮮にとっての外交面での目標は対米関係改善を通じた体制の安全確保であることに変わりはないが、恐らく当面動きが活発化しそうなのが南北関係である。周知のとおり、2008年2月の李明博(イ・ミョンバク)政権発足から現在に至るまで、南北関係は悪化の一途をたどったが、12月19日の韓国大統領選挙に向けて事実上の選挙戦を繰り広げている主要候補はいずれも南北対話の必要性を訴えているからである。

韓国:“南北対話”を掲げる大統領選の与野党候補

現在のところ韓国大統領選の主要候補は、与党・セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)、第1野党・民主統合党の文在寅(ムン・ジェイン)、無所属候補の安哲秀(アン・チョルス)の3氏である。世論調査によれば、3者対決では朴氏が優勢だが、非与党陣営の文氏と安氏が候補一本化をした場合の支持率は拮抗(きっこう)しており、選挙結果は予断を許さない状況となっている。

朴氏は朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の長女、文氏は盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の秘書室長、安氏はベンチャー企業家出身のソウル大学教授という経歴が象徴するように、それぞれ保守、進歩、無党派層を主な支持基盤としているが、対北朝鮮政策の大枠では共通している。それは、来年2月25日に発足する新政権は、中断している南北対話・交流を再開し、現政権よりも柔軟なアプローチで北朝鮮問題に取り組むべき、という一定の国民的コンセンサスが存在しているからにほかならない。別言すれば、現在の対北朝鮮政策からの変化を望んでいるのである。

李明博政権の対北朝鮮政策は、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉両政権下での南北交流・協力が北朝鮮への一方的支援に終わっただけでなく、結果的に北朝鮮の核開発を進展させたとの批判的認識から出発したため、核放棄に向けた動きがない限り対北朝鮮支援は行わないとの立場をとった。野党陣営は対北朝鮮「強硬」であるとの批判を続けたが、金剛(クムガン)山観光客射殺事件(2008年7月)、ミサイル発射(2009年4月)、第2回核実験(2009年5月)など北朝鮮の度重なる挑発行動によって、李政権の原則ある政策は正当化されてきた。しかし、2010年3月の韓国海軍哨戒艦「天安(チョナン)」号沈没と同年11月の延坪(ヨンピョン)島砲撃による韓国民犠牲者の発生は、南北関係の安定的管理の必要性をいま一度韓国民に想起させることとなった。北朝鮮の軍事的挑発を抑止する安保態勢強化を支持する一方、南北間の軍事的緊張緩和と安定的関係のための措置が必要であるとの認識を韓国民は強くしたのである。

こうした認識を反映した対北朝鮮政策構想をいち早く発表したのが朴槿恵候補である。朴氏は「信頼外交」と「均衡政策」というキーワードを用い、南北間の信頼構築、安保と交流協力の均衡、南北対話と国際協調の均衡を唱えた論文を米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』2011年9・10月号に発表した。この論文の内容を敷衍(ふえん)説明したのが、「朝鮮半島信頼プロセス」について語った今年2月末の演説である。朴氏は「北朝鮮核問題の解決は結局、『北朝鮮問題』さらには北東アジアの平和問題と関連している点を念頭に置いてアプローチすべき」としたうえで、(1)既存の南北間合意を互いに守る、(2)人道的支援や互恵的交流事業は政治状況とは関係なく続ける、(3)南北の信頼関係が進めば他国の参加も含めたより多様な経済協力事業を実施する、というプロセスを提示した。このような「朝鮮半島信頼プロセスは北朝鮮核問題の解決過程を促進させ、また北朝鮮核問題の進展により信頼プロセスはさらに弾みをつける」とされている。

野党の文在寅候補は積極対話路線

一方、野党の文在寅候補は、現政権の政策を厳しく批判し、盧武鉉前政権の政策を継承・発展させた「南北経済連合」と「朝鮮半島平和構想」を外交安保政策の2本柱として発表している。南北経済連合案は、過去2回(2000年6月、2007年10月)の南北首脳会談で合意されながらも、2008年の与野党政権交代で中断した南北交流・協力事業に関する事項を履行し、さらに発展させることに重点を置いている。天安号沈没を受けた経済制裁である「5・24措置」を解除し、2008年夏以降中断している金剛山観光を再開したうえで、開城(ケソン)工業団地拡大を含む南北経済連合に向けた5カ年計画を実施するとしている。単なる経済共同体を超えた経済分野での国家連合実現を目指した意欲的な構想である。また、第2回首脳会談合意の目玉のひとつであった北朝鮮海州周辺海域を含む「西海平和特別地帯」を設置するとしているが、延坪島砲撃後の西海岸の北方限界線(NLL)周辺の安保環境を考えると実現は容易ではない。文氏は朝鮮半島を中心とする「東北アジア協力成長ベルト」形成や、北朝鮮インフラ構築を支援する国際的枠組み「朝鮮半島インフラ開発機構」設立も併せて提案しているが、実現には周辺国の協力や合意が不可欠であることは言うまでもない。

盧武鉉・金正日首脳会談5周年となる10月4日発表の「朝鮮半島平和構想」は、(1)核保有を認めない、(2)2005年9月の6者会合(6カ国協議)共同声明順守、(3)包括的かつ根本的解決、を北朝鮮核問題解決の3原則として掲げている。核問題解決と朝鮮半島平和体制構築を同時並行で進めていくロードマップをどの候補よりも具体的に示している点が注目される。2013年夏までに米国、中国との首脳会談で平和構想案を調整した後、年内に南北首脳会談を開催、翌14年には「朝鮮半島平和と非核化のための6カ国首脳宣言」を採択し、宣言履行のための機構を作る計画である。構想発表時の対談で文氏は、朝鮮戦争休戦協定を平和協定に代替するには時間がかかるためモメンタムが必要であること、そのためにまず「終戦宣言」のような合意を出し、平和体制構築、核問題解決、南北関係発展を同時に進めるべきとの考えを述べた。6者会合共同声明履行がなかなか進まず、かつ南北首脳会談が任期末となってしまった盧武鉉政権時代の苦い経験からスピード感を重視していることがうかがわれる。

経済的アプローチの第3候補・安哲秀氏

9月末に出馬宣言した第3の候補、安哲秀氏は南北経済協力を進めて「北方経済」のブルーオーシャンを切り開く、と経済的観点からのアプローチを強調した政策を発表した。(1)中小企業活性化、(2)南北経済協力の制度化、(3)中国東北地域やロシア極東地域開発との連携発展、を南北経済協力3大課題とする一方、北方経済3大事業として、(1)大陸鉄道連結を中心とする北方物流網の構築、(2)北方資源・エネルギー・シルクロード建設、(3)北方農業協力推進を提示している。政治情勢の変化に左右されないよう経済協力の制度化による持続性担保を打ち出していることと、北方経済を北朝鮮だけでなく中・露との経済協力をも含めて捉え、中小企業の雇用創出により韓国経済の新しい第2幕を開く、としているのが特徴といえよう。

北朝鮮核問題に対して安氏は、7月刊行の『安哲秀の考え』のなかで「6者会合を通じて国際的解決策を模索するが、南北間の経済協力を通じて接触の窓口を広げていかなければならない。国際的に合意したロードマップを尊重しつつ、しっかりと対話していかなければならない」、「南北が対話の空間を整え、平和体制を定着させて初めて、北朝鮮が核に依存する名分を取り除くことができる」との考えを示しているが、政策構想をまだ明らかにはしていない。ただしひとつ言えるのは、対北朝鮮政策における安氏と文氏の立場は近いということである。それは両陣営の外交安保ブレーンがともに盧武鉉政権の政策形成に深く関わったメンバーであることからもうかがい知れる。

朝鮮半島情勢を占う3つのポイント

どの候補が次期大統領になるとしても、次の3点が来年以降の南北関係ひいては朝鮮半島情勢の行方を占う際の考慮事項となろう。

南北対話および経済協力の速度と範囲

第1に、南北対話および経済協力の速度と範囲である。もし文氏が政権をとれば、韓国側が積極的に北朝鮮に働きかけて、スピード感を持って広範囲にわたる南北対話・経済協力の実施を目指すことになる。第2回南北首脳会談の合意履行がその出発点となるはずである。経済協力に対する積極性という点では安氏も同じと言っていい。

しかし問題は、南北経済協力の実施に対して国民的同意を得ることが容易ではないことである。軍事的緊張緩和のための「対話」が必要との国民的コンセンサスはあるが、経済協力を実際にどこまで進めるかについては政権交代後に議論が具体化することになる。今年4月の総選挙結果を受けた国会での与野党伯仲状況があと3年以上続くことを考えると、韓国内で対北朝鮮政策をめぐる論争(「南南葛藤」)が激しくなる可能性を排除することはできない。とりわけ安氏は国会同意による南北経済協力の制度化を目指すとしているが、場合によっては出だしでつまずくこともありうる。

一方の朴氏は、まずは信頼関係の構築から、として、経済協力進展には慎重な立場を示しているが、「5・24措置」への対応などで時間を要せば、南北関係改善のタイミングを逸することになるかもしれない。また、安保態勢整備と南北交流協力の均衡の実現もそう容易ではない。この点は、文氏と安氏の場合も同様である。

北朝鮮の非核化をどのように進めていくか

第2は、北朝鮮の非核化をどのように進めていくのか、という点である。北朝鮮非核化を最優先目標に掲げた李明博政権の間、第2回核実験(2009年5月)とウラン濃縮施設公開(2010年11月)が示すようにむしろ核開発は進行したという事実を次期韓国政権は重く受け止めて政策を展開していかねばならない。

文氏が発表した「朝鮮半島平和構想」は、2005年9月の6者会合共同声明とその履行のための2つの合意(2007年2月、10月)に立ち返ることを意味するが、6者会合プロセス中断後の北朝鮮の核開発進展状況を勘案すれば、補完措置あるいは新たな合意が不可欠である。それが「6カ国首脳宣言」ということになるであろうが、南北対話・交流の中断で北朝鮮に対する影響力を大きく失った韓国が政権初期に関係各国の合意を導き出す主導的な役割を果たせるかどうかが成否のカギとなる。もしそれに成功すれば、2000年6月の金大中・金正日首脳会談を前後して見られたような関係各国によるダイナミックな外交の展開が再現される可能性が高い。安氏もまた、不安定な停戦体制を安定的な平和体制へとできるだけ早く転換させるべき、という考えを示している点で、核問題解決と平和体制構築との同時推進を目指す文氏の立場に近いと言える。

他方で、朴氏の語る「信頼プロセス」には平和協定あるいは平和体制への転換に関する明示的言及はない。李明博政権に比べれば南北対話に重きを置く朴氏ではあるが、「南北対話と国際協調の均衡」を唱えている点では、国際協調とりわけ米韓間の協調を重視してきた李政権との親和性を見てとれる。米外交誌掲載論文でも「特に北朝鮮核開発プログラム廃棄のために、韓国は国際社会との協調体制をさらに強化しなければならない」と記している。従って、現政権の政策からの変化の必要性を認めながらも慎重なアプローチをとる朴氏が大統領になる場合、非核化プロセスは北朝鮮の行動および国際情勢により大きく左右されることになるであろう。

朝鮮半島を取り巻く国際情勢

その点から第3の考慮事項となるのが、朝鮮半島を取り巻く国際情勢とりわけ米中関係である。基本的に、良好な米中関係は朝鮮半島の安定に資するが、「中国の台頭」という状況下で米中間の摩擦が続けば、韓国、北朝鮮ともに対米、対中関係をめぐり複雑なかじ取りを迫られることになろう。李政権は米韓同盟を強化することに成功したが、他方で中韓関係はぎくしゃくしてしまった。しかし、休戦協定署名国、北朝鮮の同盟国、そして6者会合主催国でもある中国との関係は韓国にとって極めて重要であることは言うまでもない。米国と中国との関係をどう規定するのかについて、朴氏は10月中旬の会合で、「中国の浮上と米国のアジア政策が相いれないとは思わない。(中略)どちらかひとつを選択すべき問題ではない。米国は包括的同盟であり、中国は協力的パートナーである」との考えを表明した。

一方、安氏は『安哲秀の考え』で「韓米同盟は重要なので互いのために存続できる関係を作るべきである。ただし、米国と中国の間であまりにも一方に偏らないよう、ある程度は均衡を保つよう努力すべきだと考える」と述べている。盧武鉉政権時代を考えれば、文氏は安氏と同様の考えであろう。朴氏と文・安両氏の間には米中両国に臨む考え方にはっきりした違いがあるが、どちらが大統領になっても、韓国次期政権は北朝鮮問題と向き合うために、「グローバル・コリア」から今一度、外交の主要舞台を北東アジアへとシフトさせることになる。来年以降、朝鮮半島情勢の行方を決める外交の舞台で、日本はどのような形で建設的な役割を果たそうとするのであろうか。

追記
10月下旬の脱稿後、文・安両候補は大統領選挙候補者登録日(11月25・26日)までに候補を一本化することで合意した。また、各候補はその後も外交安保政策構想を発表しているが、その基調は本稿で記した通りである。

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