特集 地方分権改革20年:今後の課題
「地域主権国家」としての日本再生への道

佐々木 信夫【Profile】

[2013.02.13] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

1000兆円超の借金を抱える日本が再生するには、中央集権型政府機構全体の大胆な構造改革とリセットが不可欠だ。「道州制」を提言する佐々木信夫中央大学教授が、今後の地方分権改革への道筋を示す。

地方分権の取り組みは自民党政権下で始まり、民主党政権に引き継がれたが、官僚依存ということもあり、中央集権体制を崩すだけの分権化はなかなか進まなかった。2012年12月の衆院選挙では、47都道府県を廃止して複数のブロックに再編する「道州制」を導入する政策を自民・公明両党が公約に掲げたが、選挙戦では大きな争点とまではならなかった。「道州制」の推進論者である安倍晋三首相が、どんなかじ取りをしていくか今後大いに注目に値する。究極の分権国家の姿である「地域主権型道州制」の国づくりは待ったなしだからだ。

集権統治システムの限界

GDP(国内総生産)比で約3割を公共経済(国・地方・社会保障基金を合わせた一般政府の支出)が占める日本だが、その行政活動のおおむね3分の2は地方自治体の役割となっている。これだけ地方自治体の活動量が大きな国はカナダと日本ぐらいである。しかし、日本の場合、その仕組みを見ると国と地方の活動が相互に入り組んでおり、役割分担もはっきりせず、結果として責任も明確ではない。

これまでの基本的な国と地方の関係は、国が各分野について政策形成の役割を担い、各省統制のもとで地方自治体が政策実施の役割を担う。国税で多く集められた財政資金は補助金と地方交付税を通じて地方に再分配され、自主財源の乏しい地方の財政資金を補てんする。その過程を通じて政策の実施面を統制する。こうした統治の構図にあった。

全国に公共サービスの統一性、公平性を担保し、国が強いリーダーシップを発揮する集権融合型の統治構造がそれで、戦後日本はその仕組みのもとで発展してきたといえる。農業国家から工業国家として「追いつき追い越せ近代化」を目指した20世紀の日本は、自治の原則より均衡の原則を重視する公共政策に大きな不満を持たず、全国に統一的なナショナル・ミニマム(政府が国民に対して保障する最低限の生活水準)を実現することが行政の基本的な役割との認識が強かった。

しかし、21世紀を迎え第3次産業中心の都市国家となった今日、むしろ各地域が個性的なまちづくりを行い地域ニーズに合った多様な公共サービスを主体的に形成する方が望ましいという考え方に変わってきている。その結果、地域間の「均衡の原則」を図るより、国の統制を解き放ち地方自治体の「自治の原則」を強化すべきだという、地方分権が求められるようになった。2000年からの地方分権一括法の施行が地方分権改革の始まりであり、税財政の分権化も求められる動きにある。

欧米へのキャッチアップをねらう「追いつき追い越せ近代化」ではなく、独自の日本型公共国家の形成により、新たな地域主権国家を目指そうという新たな国家像の誕生である。国政選挙での主要政党の主張も、中央集権体制からの脱却、官僚依存体質の払しょくを共通して掲げる。

地域政党も胎動し、例えば大阪維新の会が掲げる大阪都構想などは、大阪市、大阪府をいったん廃止し、特別区制度を内包する新たな大阪都を自前で構築しようという自治体版統治革命の様相が強い。そのエネルギーが国の政治を揺さぶり、地方から中央集権体制を壊そうという動きにつながりそうな状況にある。

中央vs地方―特徴と問題点

今後、統治構造の転換を図る動きが強まるだろうが、その方向を定める意味でも、これまでの中央・地方の関係の特徴、長所、短所を理解したうえで改革の議論を進めなければならない。

日本の中央・地方関係を説明する場合、学説上幾つかの捉え方があるが、行政学者の間でよく使われる説明の仕方に集権・融合型システムという捉え方がある。

図1のように、集権と分権、融合と分離の両軸を組み合わせた類型区分による説明だが、まず「国の事務」と分類される行政サービス提供業務が多ければ多いほど集権型システム、「自治体の事務」とされるサービス提供業務が多ければ多いほど分権型システムと捉える。一方、「国の事務」は国の諸機関が直接執行し、「自治体の事務」は自治体が直接執行するというように、国と自治体の任務分担関係が整然と切り分けられている度合いが強ければ強いほど分離型システム、逆に、「国の事務」の執行をも自治体の任務とし、国と自治体が1つ1つの事務に融合的に関わって1つ1つの公共サービスが成り立つ仕組みにある場合、それを融合型システムとみる。

これを組み合わせると集権・分離型、分権・分離型、集権・融合型、分権・融合型の4つの統治タイプが浮かび上がる。

(1)集権・分離型 国がほぼ完結的に事務処理を行う。自治体は権限も責任も持たない。国は地域レベルまで出先機関を配置し行政を進めるから、自治体の存在自体を必要としない場合もある。 ロシア、中国など社会主義系国家、戦前の日本
(2)分権・分離型 一定領域について自治体の責任で事務処理が独自に行われ、国の関与はない。自治体の行うべき事務事業が制限列挙されている場合が多い。 英国、米国、カナダ、オーストラリアなどアングロ・サクソン系の諸国
(3)集権・融合型 ある事務処理について国が権限、財源を留保し、その執行だけを自治体に委ねる。国に留保された権限、財源は自治体の行政執行をコントロールする手段に用いられる。 フランス、ドイツ、イタリアなどヨーロッパ大陸系の諸国、戦後の日本
(4)分権・融合型 ある事務処理について国はガイドラインの設計や財源調整という外形上で関与するが、実際の事務事業の企画、実施、評価に関する裁量権は自治体が有する。 スウェーデン、ノルウェーなど北欧諸国

わが国の場合、戦前は府県が国の総合出先機関であり市町村にも小さな自治権しか認めず、多くの業務が国家行政として行われてきたので「集権・分離型」システムであり、戦後は府県、市町村を完全自治体とし、一定の自治権を認めながらもその業務の大半を国からの機関委任事務の執行に費やしてきた「集権・融合型」システムであるとみることができる。

集権・融合型の中央地方関係ゆえ、法的に国が上級官庁、地方が下級官庁という構図になり、地方自治体に対し、補助金、通達、行政指導を通じて国のコントロールが微に入り細に入り行われてきたといってよい。

これまでの集権・融合型統治システムのメリットは、国の強い指導力で官民の分野に強いリーダーシップを発揮し、公権力によって全国に統一的で公平な行政サービスを実現できた点である。このメリットが遺憾なく発揮されたのは、明治以降、「追いつけ追いこせ近代化」にむけ官民全てのエネルギーを総結集することで、欧米に伍する経済大国をつくることができたことといえる。所得は増え、モノも増え教育機会も拡大し国民は豊かになった。

地方分権改革の5つのポイント

しかし、どんな仕組みでも20、30年経つと古くなり、使い勝手が悪くなる。まして100年以上も経つと時代そのものと大きく変わってしまう。実は日本の中央集権体制はその典型例ではなかろうか。日本全体が現在閉塞(へいそく)感に覆われている基本要因はここにあるとみることもできる。公共サービスに多様性を求め、迅速な処理と住民参画の機会拡大を求める動きが強まるほど、このシステムの問題点が浮かび上がってくる。

日本の中央・地方の関係について問題点を整理すると次のようになる。

第1は、国・地方が上下主従関係にあったこと。

本来、対等協力の関係に置かれるべき国と地方が、法的に上級官庁、下級官庁となる機関委任事務制度と補助金の仕組みを通じて「上下・主従関係」に置かれていた。

第2は、知事、市町村長が二重の役割、責任を負わされてきた。

本来、地域の公選首長は「地域の代表」の役割に専念すべきだが、機関委任事務の執行者として大臣の「地方機関」の役割を負わされ、「二重の役割」を担う形になっていた。しかも地方機関の役割が自治体業務の7~8割を占めるという過重なものであった。

第3は、国・地方の行政責任が不明確であったこと。

国が考え(plan)、地方が行い(do)、国・地方が一体で責任を負う(see)という集権・融合型の集権体制の下で、どこに行政責任があるかが不明確となり、政策の失敗について、税金の使い方について説明責任を果たすことがなかった。

第4は、自治体が狭い裁量権しか持ち得ず地域ニーズに応えられなかったこと。

全国に統一的なサービスを提供するナショナル・ミニマムの供給者としての役割が大半を占め、地域ニーズに沿う裁量行政はほとんど行われなかった。結果としてニーズに沿えず税金と時間の浪費が行われ、行政の効率性、効果性が低かった。

第5は、国の縦割り行政の弊害が大きかったこと。

国の各省庁の受け皿として地方自治体の部課が組織され、国の縦割行政の弊害が地方をも巻き込む形となり、市民の求める総合サービスが実現できなかった。

この5点を変えるのが、地方分権改革のポイントといっても過言ではない。

2000年の地方分権一括法で放たれた「矢」

もとより、統治システムの大転換はそう容易ではない。中央集権体制に慣れ、そのうま味を知っている省庁官僚や族議員らは集権のメリットは依然大きいとして既得権を死守しようとする。他方、分権体制に活路を見出そうとする自治体の首長や議員は分権のメリットを強調し、様々な改革の提案をする。

もとより、分権体制を求める自治体側にも独自の政策能力に対する不安、ぜい弱な財政力、格差拡大への不安が渦巻き、分権化は望ましいとしながらも、一方で中小規模の自治体ほどその改革に腰が引ける構図も見られた。こうした構図の中で2000年の地方分権一括法が施行され、「分権の矢」が放たれた。要点は以下の通り。

  1. 機関委任事務制度の全廃:集権体制の骨格ともされる各省大臣が知事、市町村長を地方機関(事実上、部下とみる)と位置づけ、国の業務を執行委任していた561項目にわたる機関委任事務制度が全廃された。その結果、多くが自治事務化された。
  2. 地方への関与の縮小・廃止:従来のような機関委任事務制度下で行われてきた国の包括的かつ権力的な指揮監督が廃止され、国の関与は技術的助言、事前協議的なものに限定された。
  3. 人事上の必置規制の廃止緩和:自治体に対し職員の採用資格を制限し、かつ人口規模などから必要数まで決めてきた、いわゆる「必置規制」(特別の資格または職名のある職員、審議会など付属機関、自治体の行政機関、施設の設置義務などの規制)が大幅に緩和された。
  4. 自治立法権の拡大:日本では「法律の範囲内」で条例を決めることしか基本的に認めておらず、地域独自のルールが必要な状況に十分対応できなかったが、今回、一定の範囲で条例優先主義への転換の芽が出され、上書き権も認める方向にある。
  5. 国・地方の新ルール形成:1つは国の関与の一般原則を「法定主義の原則」「一般法主義の原則」「公正・透明の原則」に沿うよう求め、不透明な行政指導的関与、行政官の判断に基づく通達などによる関与を極力排除する方向を採ったこと、もう1つは国と地方の紛争(係争)関係の処理について新たな機関を設置したことである。     
  6. 地方税財源の充実:地方自治の原則は、自己決定・自己責任の原則に加え、自己負担の原則が確立されていることだが、日本の場合、3割自治ともいわれ地方独自の税財源が少ない。そこで歳入の自治の確立を目指し、法定外普通税の許可制廃止、法定目的税の創設、個人市町村民税の制限税率が撤廃され、起債許可制も廃止され事前協議制になった。
  7. 地方体制の整備:地方分権の受け皿となる地方行政の体制整備が求められた。2000年以降、平成の大合併と称する大ぶりの市町村合併が推進され、この10年間で3232市町村が1719市町村へ大幅に合併統合されている。規模拡大が能力向上に通じるという発想からだ。しかし、自主合併を進めたことで各地に適正規模の市町村が生まれたか疑問も残る。

日本が目指すべき分権国家像とは

もとより、こうした分権改革にも確たる「哲学」が見えない。地方分権に踏み切った以上、後戻りはできないが、目指す分権国家のあり方について少し深めた議論が必要である。

先の図1のモデルを使って述べると、地方自治が充実している国として分権・分離型国家(2)と分権・融合型国家(4)がある。しからば、日本が目指すべき分権国家像はどこなのか。この腰が定まらないまま、分権化を叫んでも改革はぶれる。

戦後、日本では新憲法制定からまもなくシャウプ勧告があった。市町村優先を掲げ、国、府県、市町村の役割分担の明確化を提示する勧告だった。ここから推し量ると同勧告が日本に求めた国家像は分権・分離型(2)であったと言えよう。しかし、戦後日本が選択した道は集権・融合型(3)であった。国と地方を上下主従関係に固定し、国の事務を大幅に自治体に執行委任する機関委任事務、団体委任事務が自治体の大半を占めていた。

さて問題は2000年から始まる分権改革についてだが、分権化という以上、指向するのは図の右側の(2)か(4)ということになる。しかし、先の第1期改革の内容からして、わが国の分権改革は矢印Aの分権・分離型国家を指向しているのか、Bの分権・融合型国家を指向しているのか、はっきりしないのである。

確かに将来目指すべきは、地方自治の質が高い英米系の分権・分離型国家(2)であろう。府県、市町村が固有の権限と財源を保有し、地域住民の参画によって地域ニーズに沿った独自の政治行政が行われることが望ましいと思う。

しかし、大都市と地方都市、農村の経済格差があまりにも大きく、東京一極集中は依然止まらない。そうした中で分権国家を目指すなら、筆者は当面21世紀の日本が目指す分権改革の方向は矢印Bの分権・融合型国家(4)ではないかと考える。機関委任事務制度を全廃し、7割近くを自治事務に置き換えた以上、国は政策のガイドラインの作成や財政力格差の是正といった外形上の関与の役割に限定する方向での分権化で応えるべきである。

小泉政権の三位一体改革(国税から地方税への税源移譲、補助金の廃止・削減、地方交付税の見直しを一体として改革し、国と地方の財政関係を分権的に改める)は税財源の分権化という趣旨はよかった。しかし、ひも付き補助金の改革で補助率を下げるだけで個別の関与権限を残そうとする姿勢は基本的に間違っていた。官僚の差配を感じる。また多くを自治事務化したといっても、個別法ごとに集権的な規制、規律密度が濃い状況が残っているのでは分権化とは言えない。

その点、これからの第2期分権改革は、(1)これら規律密度を下げ、法令による義務づけ、枠づけの廃止縮減、(2)地方税財源の充実確保、(3)事務権限のさらなる移譲、(4)住民自治の拡充であり、さらに本格的な統治機構改革として都道府県制度の廃止、これに代わる道州制の移行といった本格的な地域主権国家体制の構築に向けた、大ぶりの改革が求められるところである。

もとより、地方分権を進めても、地方自治体にできない領域もある。外交や防衛、危機管理、司法、金融、通貨管理、景気対策、国土形成といった国家全体として政策化すべき仕事、さらに福祉や医療、教育、文化、農政、インフラ整備など地方が行う政策についてもその政策骨格をつくる役割は、国家経営の視点から国が主導することが望ましい。その点、今後は分権化を図る中で国と地方の役割を可能な限り明確にする必要がある。

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  • [2013.02.13]

中央大学経済学部教授。1948年生まれ。早稲田大学卒業、早稲田大学大学院政治学研究科修了、法学博士(慶應義塾大学)。東京都庁勤務、米カリフォルニア大学(UCLA)客員研究員などを経て、1994年から現職。専門は行政学、地方自治論。2012年から大阪市特別顧問を務める。著書に『現代地方自治』(学陽書房/2009)、『自治体をどう変えるか』『道州制』(ともに、ちくま新書/2006/2010)、『都知事―権力と都政』(中公新書/2011)など。

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