特集 アベノミクスの100日
アベノミクスが100日で起こした「マインドチェンジ」

安部 順一【Profile】

[2013.04.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

2013年4月4日、第2次安倍晋三内閣発足から100日を迎えた。同内閣の経済政策「アベノミクス」による金融緩和や財政出動への期待から、円安・株高が進んでいる。アベノミクスが100日間で引き起こした変化を振り返る。

安倍政権の経済政策「アベノミクス」が好スタートを切った。金融緩和、財政出動、成長戦略の「3本の矢」は緒に就いたばかりで、この100日で実体経済が大きく変わったわけではないのに、円安・株高が大幅に進み、日本銀行が発表した3月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、大企業の景況感が3四半期ぶりに改善した。

なぜか。ひもとくカギのひとつは、経済状態を表す日本語の「景気」にありそうだ。「景色・様子」(景)や「雰囲気・気配」(気)を示す言葉だったが、明治時代以降にもっぱら経済状態を表すようになった。「気」という心理的な要素が入る分、外国語には翻訳しにくいが、日本人の経済観を象徴的に示している。「物価目標2%」の経済成長を目標に掲げたアベノミクスの好スタートは、長年続いたデフレマインドを一新し、「景気」の「気」の部分、経済心理学(行動経済学)に働きかけたことが大きい。

「第1の矢」金融緩和で国民が変革を実感

世の中のマインドを変えるには、誰もが時代の転換を認識できる変革が必要だ。

3本の矢を見渡せば、「第2の矢」の財政出動はバブル崩壊後に何度も行われ、財政規律を考えると野放図に拡大もできない。「第3の矢」の成長戦略は利害関係者との調整が不可欠で、すぐに決められない。安倍政権が重視したのが、唯一象徴的な変革が可能である「第1の矢」の大胆な金融緩和だった。

安倍政権発足100日を迎えた4月4日に、首相の任命で3月に就任したばかりの黒田東彦・日銀総裁が率いる「新生・日銀」が打ち出した「量的・質的金融緩和」は、まさにそうだ。「物価目標2%」を2年で達成するため、日銀が世の中に供給しているお金の総量である「マネタリーベース」を2年後の2014年末に2倍の270兆円に、長期国債は現在の2倍の月7兆円強のペースで買い入れ、保有高は2倍の190兆円になどと、「2倍」を多用してわかりやすいメッセージを送り、市場は「予想を上回る」と好感した。安倍首相や黒田総裁が繰り返す「次元の違う」という言葉は、安倍政権がマインドチェンジをいかに重視しているかの証明である。

振り返ってみれば、政権発足後、経済政策の焦点になったのは、政府と日銀が消費者物価上昇率2%の目標を共有し、達成できるまで金融緩和する「物価(インフレ)目標」の導入であり、「インフレ目標に賛成してくれる人を選ぶ」と安倍首相が強調した日銀総裁人事だった。

安倍首相は衆議院解散前、野党・自民党の総裁だった昨年11月に「インフレ目標」政策を打ち出し、持論である大胆な金融緩和を目指して論戦に火を付けた。これに対し、野田佳彦首相(当時)が「日銀の独立性はどうなるのか」と批判し、日銀の白川方明総裁(当時)も「中央銀行の独立性は長い歴史の中から得られた、国際的にも確立されたもの」と否定的な見解を表明したことで、金融政策は異例の選挙の争点になった。

インフレ目標の導入など大胆な金融緩和によってデフレ脱却を目指す「リフレ」(リフレーション)政策を巡っては、経済学者の間でもさまざまな議論があり、結論が出ているわけではない。だが、衆院選での論戦は、インフレ目標が従来のやり方とは全く違うことを国民に印象づけ、国民の間には「今度こそ、デフレから脱却できるかもしれない」との期待が膨らみ始めた。

衆院選で自民党が圧勝すると、自民党の安倍総裁は日銀の白川総裁に直接「物価目標2%」の検討を要請した。金融政策が争点となった衆院選での民意は、日銀も強く受け止めざるを得なかった。日銀は一転して2013年1月、「物価目標2%」と「無期限緩和」の実施に踏み切り、政府との共同声明を発表した。公約したインフレ目標が実現したことで、「決められない政治」に飽きていた国民は変革を実感するようになる。

高支持率背景に正面突破策に出た日銀総裁人事

日銀総裁人事が、それに拍車をかけた。

総裁候補としては、武藤敏郎・大和総研理事長(元財務事務次官、元日銀副総裁)、黒田東彦・アジア開発銀行(ADB)総裁(元財務省財務官)、岩田一政・日本経済研究センター理事長(元日銀副総裁)、岩田規久男・学習院大教授らの名前が取りざたされたが、日銀総裁人事には二つの関門があった。

一つは、衆参両院での同意だ。自民党と公明党が連立する安倍政権は、衆院では多数だが、参院では102議席で過半数(118議席)に足りない。野党の協力が不可欠だが、金融緩和に積極的で、安倍政権が当初連携先として想定したみんなの党は、財務省OBの起用に反対だった。

もう一つは、安倍首相の盟友で、副総理として政権を支える重鎮、麻生太郎財務相の意向だ。財政・金融の一体的運営が持論で、金融相も兼ねる麻生財務相は、元財務次官の武藤氏を推していた。

参議院での同意を優先して「人材より、政局で考える」。そんな声も首相周辺から出始めた中で、追い風が吹いた。円安・株高や景気回復への期待感を背景に、内閣支持率が政権発足後、2カ月連続で上昇し、2月は71%(読売新聞社世論調査)に達した。一方、リフレ論者の岩田一政氏は当初、“落とし所”との見方もあったが、みんなの党が日銀副総裁当時の2006年に量的緩和策解除に賛成したとして、反対する意向を示した。

最終的に安倍首相が総裁起用を決断した黒田氏は、財務官当時の2002年、英紙フィナンシャルタイムズに「インフレ目標」導入を求める論文を寄稿したリフレ論者だ。安倍首相が昨年9月の自民党総裁選で訴えた大胆な金融緩和にもエールを送り、急接近していた。財務省OBへのこだわりが強かった麻生財務相の了承も取り付け、高支持率を背景に、財務省OB起用に反対するみんなの党との連携はあきらめ、民主党など他の野党の協力を得る正面突破策に出て、参院での同意も取り付けた。

財務省OBだが、主流の主計畑でなく、国際畑が長いリフレ派の黒田氏の日銀総裁就任は、大胆な金融緩和という変革のメッセージを送った。同時に、「行き過ぎ」を懸念し始めていた市場の一部には「財務省OBならでは」の安心感も送る絶妙の人事となった。

TPP交渉参加表明で見えてきた「第3の矢」

マインドチェンジを促すような変革を重視する戦略は、「第2の矢」財政出動、「第3の矢」成長戦略でも貫かれている。

政府は1月、事業規模で20.2兆円(国費10.3兆円)の緊急経済対策をまとめたが、政権発足後、年末年始も含めて17日というスピード策定だった。切れ目のない財政出動を目指し、「15カ月予算」として策定した2012年度補正予算案、2013年度予算案では、民主党政権時代に「コンクリートから人へ」のかけ声で減額が続いた公共事業費、中国の軍事力強化などに直面する防衛費などに思い切って配分し、政権交代の成果を目に見える形で示してみせた。

成長戦略は当初、経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議など有識者も交えた会議の整理がつかず、乱立批判も出た。2月の産業競争力会議では、農業改革を巡って10人の民間議員が二つに分かれ、「コメの生産調整(減反)の段階的縮小」「株式会社形態の農業法人の全面自由化」など思い切った改革を主張する新浪剛史・ローソン社長ら5人と、「規制緩和はまず特区で先行的に対応」など緩やかな改革を主張する岡素之・住友商事相談役ら5人とが、それぞれ意見書を提出した。事務局の官僚と民間議員の間で主導権争いも起き、事務局に民間からスタッフが入り、さらに七つのテーマ別会合で議論を詰めることでやっと決着するありさまだった。

様相が一変するのは、2月の日米首脳会談からだ。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について「交渉参加に際し、一方的に全ての関税撤廃をあらかじめ約束することを求められるものではない」とした共同声明は、「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り、交渉参加に反対」とした自民党の政権公約を乗り越えた。安倍首相は3月、TPP交渉参加を正式表明し、農業などさまざまな改革が待ったなしとなった。「目玉がない」と言われ続けた成長戦略の姿が、初めて見えてきた。

マインドチェンジは景気の本格回復につながるか

3月末の円相場は1ドル=94円、日経平均株価(225種)は1万2397円。衆院が解散した昨年11月16日に比べ、13円も円安が進み、株価は37%上昇した。

円安・株高が、米国経済の回復や欧州危機の沈静化などに恵まれた幸運なスタートで、「期待先行」であることは、政権中枢も認める。実体経済を見れば、設備投資がわずかに上向き始め、公示地価も下げ止まりを見せている程度で、景気回復には程遠い。

ただ、政府による異例の賃上げ要請に、ローソンなどコンビニエンスストア大手3社をはじめ、一部の企業が応え始めるなど、マインドチェンジが進んでいることは確かだ。それが本格的な景気回復につながっていくのか、今度は成長戦略の具体策が問われることになる。

(2013年4月5日 記、タイトル写真=国会で所信を表明する安倍晋三首相[2013年1月28日、写真提供=アフロ])

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  • [2013.04.05]

読売新聞調査研究本部主任研究員。1961年東京都生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部卒業、読売新聞社入社。岐阜支局、横浜支局などを経て、経済記者として税・財政、金融危機、エネルギーと環境問題などを取材。東京本社、中部支社の編集委員を経て現職。著書に『メガチャイナ 翻弄される世界、内なる矛盾』(共著/中公新書/2011年)、『東海の産業遺産を歩く』(風媒社/2013年)など。

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