特集 日本と台湾―国交なき信頼関係
日本と台湾―国交なき信頼関係を支えるもの

川島 真【Profile】

[2013.07.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

多くの台湾人が日本に親しみを感じ、東日本大震災では200億円超の支援が寄せられるなど、日台関係が良好だ。国交がなくとも親密な日台関係を支えるものは何か。

日中、日韓の国民間の好感度や信頼感が低迷を続ける中、日本と台湾の間の相互認識は良好である。日本側の対台湾代表窓口である交流協会台北事務所が発表した2009年度の「台湾における対日世論調査」(2009年12月~2010年1月実施)によると、「台湾を除き、最も好きな国」という問いに対して、52%の台湾人が日本を挙げ、日本への親しみを感じる人は62%に上った。東日本大震災後の2011年度の調査(2012年1月~2月実施)では、最も好きな国は41%にこそ減ったが、親しみは75%に達した。また、最新の2012年度の調査(2013年1月実施)では、最も好きな国は43%、親しみは65%となった。

東日本大震災で台湾から200億円超の寄付

このような良好な関係は、東日本大震災において台湾側から日本に対して200億円を超える支援が寄せられたことからもうかがえる。人口2300万人の台湾からこれほど多くの寄付が送られたことは、日本側を驚嘆させると同時に、あらためて日台関係の「きずな」を感じさせることになった。他方、当時の民主党政権は、台湾のこうした日本支援に対して、「一つの中国」の原則にたって、是々非々で、つまり震災復興関係の祭典があっても、台湾代表を招待しないといった姿勢で臨み、多くの批判を浴びた。

その後、そうした姿勢は修正され、自民党政権が成立してからは復興関係の式典での台湾代表への待遇に変化があった。だが、注目すべきは社会レベルでの動きである。今年3月8日にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本対台湾戦が東京ドームで行われた際、東北地方出身のある個人のツイッターでの呼びかけに応じて、プラカードなどで台湾に感謝する意思表示をしようという運動が起こった。呼びかけはソーシャルメディアでシェアされ、東京ドームの観客席には「感謝」の文字が多く見られた。こうした行動に対し、試合終了後、日本に惜敗した台湾チームは球場全体に「お辞儀」をして応えた。このシーンは、日本側ではテレビの放映時間が終了していたためにあまり知られていないが、台湾では広く報道された。

民間が主導する日台関係

現在、日本と台湾に正式な外交関係はない。1972年、日本と中華人民共和国が国交を正常化させるに際して、日本はそれまで国交があった台湾の中華民国と断交したのである。それ以後、現在まで「台湾」は「台湾」であり、国交がない状態になっている。だが、日本側には交流協会、台湾側には亜東関係協会があり、実質的な関係は維持されている。しかし、それでも国交がないということは、さまざまな不便を伴うものである。

1990年代以降、台湾の民主化と経済発展に伴って、日本の台湾観、また日本と台湾の関係は大幅に変化し、まさに日本と台湾双方の“民間”や“社会”が主人公となって、この緊密な関係を築くことになった。目下のところ、日本と台湾の間には、尖閣諸島をめぐる問題もあるし、歴史認識問題も存在する。だが、2013年4月の日台漁業協定に見られるように、いわば社会が政府を後押しするようにして形成される新たな政府間関係も模索され始めている。

日本と台湾の関係は、民間主導、社会主導という側面が強い。これは経済関係に裏打ちされている面もあるが、まさに日本と台湾に関わる人々一人ひとりの営為の集合体として、その関係が発展、展開してきた面が大きい。最近、日本と台湾の関係が良好だということが強調され、歴史認識問題などもないかのような言われ方をするが、台湾に住んだことがある日本人の多くが既に気付いているように、状況はそれほど簡単ではない。台湾社会には複雑さ、多元さ、そして流動性もあるし、またそこから日本に向けられる目線も「親日」などと言って単純にくくれるものではない。

日台関係を支える人々

今回の特集では、まさにその手作りの日本と台湾の関係を下支えしている人々、またその多様な日台双方の多様な目線を体現する方々にご寄稿いただいた。

まずは哈日杏子(ハーリー・きょうこ)さん。漫画家、エッセイストとして知られるが、1990年代に「早安日本(おはようにっぽん)」という4コマ漫画で、日本の「カワイイ」文化を台湾に広め、日本ファンともいえる「哈日族(ハーリーズー、またはハールーズー)」という用語を生み出した。

一青妙(ひとと・たえ)さんは、台湾の名家として知られる台湾北部・基隆(キールン)の顔家のご出身。歌手の一青窈さんは妹。顔家の長男だった父と石川県出身の母の間に生まれた一青さんは、幼少期を台湾で過ごし、思春期を日本で過ごした。現在は歯科医と女優業を掛け持つが、2012年に『私の箱子(シャンズ)』(講談社刊)という、自らの半生と家族の歴史に関するエッセーを発表した(今年3月には台湾で中国語繁体字版も出版)。日本と台湾の間に織り込まれた歴史が、個人史、家族史に凝縮されている。

馬場克樹(ばば・まさき)さんは、国際交流基金で文化交流を担当し、シドニー日本文化センターなどでの勤務を経て、交流協会に出向。同協会台北事務所では文化室長として日台間の文化交流業務に従事していた。国際交流基金退職後は、秋田県での地域振興活動を経て、BABA BAND(爸爸辦桌)を立ち上げ、台湾を拠点に音楽活動を開始し、台湾の若者の間でも話題になっている。

日本と台湾の間の国交なき信頼関係は、まさに水鳥が水面下で必死に水をかいているような、多くの人々の営為に支えられている。この特集が、そうした人々の思いや活動の一端を示すこととなれば幸いである。

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  • [2013.07.18]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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