アベノミクス「成長戦略」の実効力

新成長戦略のカギは規制改革

経済・ビジネス 社会

アベノミクスは長期に渡るデフレを克服し、日本経済を成長軌道に乗せることができるのだろうか。そのカギを握るのが規制改革だ。農業、都市開発、医療・介護の3分野で求められる規制改革を考察する。

カギ握る農業、都市開発、医療・介護の3分野

2013年7月の参議院選挙で安倍晋三政権の経済政策、いわゆるアベノミクスは、一応の信任を得たといえる。しかし、それが長期デフレを克服し、日本経済を成長軌道に乗せられるか否かは、安倍総理が秋にまとめる「新たな成長戦略」の内容に依存している。

アベノミクスの「三本の矢」のうち、一本目・二本目の戦略である金融・財政のマクロ政策は需要面を刺激し、三本目となるミクロの構造政策は供給面を通じて成長を促進させるといわれる。しかし、構造政策のコアとなる規制改革は、単に産業の生産性を向上させるだけではなく、長い間抑制されていた潜在的な民間需要の開放をもたらす面も重要である。

過去には、競争制限的だったトラック輸送や電気通信の規制を改革し、宅配便や携帯電話のような画期的なサービス需要が生み出されたこともあった。規制改革の対象が国民生活の利便性を向上させるものでなければ、長期的な成長促進効果は期待できない。規制改革のテーマは無数にあるが、その中でも、需要拡大に即効的な効果を持ちうるものとして、農業、都市開発、医療・介護の3分野について考える。

コメの減反廃止と農家への直接補償

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)では、コメの高関税を守れるかどうかが大きな焦点となっている。しかし、日本のように、温暖な気候、豊富な水資源、十分な農地面積、勤勉な農民という恵まれた環境の下で、主食であるコメの競争力が、高関税で守られなければならないほど国際競争力に乏しいのはなぜだろうか。

農業保護は他の先進国でも行われているが、その主な手段は農家への所得補償である。日本のように、生産量を人為的に削減し、コメの価格をつり上げて消費者に大きな負担を課す、事実上のカルテル行為を行っている例は少ない。また、コメの生産量の4割もの減反を強制されることで、専業農家の犠牲も大きい。細分化された農地を集約し、大規模生産の利益を追求しようとしても、減反政策が維持されている限り、何の効果もない。消費者と専業農家の利益を犠牲にし、日本経済にも大きなコスト負担をかけながら、減反政策を維持することで守っているのは、コメの取引手数料を主たる収入源とする全国農業協同組合連合会(JA)の利益にすぎない。

仮に、減反政策を速やかに廃止し、農家への直接補償に置き換えたとしよう。専業農家は作れるだけのコメを生産し、価格は大幅に下がり、その結果、国際競争力が向上すれば関税率を引き下げられる。さらに、高齢化で縮小する国内市場よりも拡大するアジア市場を目指した輸出産業に日本農業が生まれ変われば、懸案の食料自給率も向上する。

また、豊富な資金をもつ株式会社による農地経営が拡大すれば、サラリーマンとして働く若い男女が増え、農村の活性化も進む。「耕作者の農地所有」を定めている農地法を、農業ビジネスを志向する企業を排除する手段に使うべきではない。傾向的に増えている農地法に違反し耕作地を放棄する農家が傾向的に増えているが、むしろ彼らにこそ課徴金を課すべきである。農地を相続しながら、投機的な目的で、専業農家への農地売却や賃貸を行わない土地持ち非農家(サラリーマン)の増加は、日本農業の矛盾の象徴である。

大都市中心部の空間活用とコンパクト化で内需刺激

ロンドンやパリと比べ、東京は、貴重な都市中心部の空間が、住宅として活用されていないことで大きく異なる。このため、昼間にオフィスで働く人口と、夜間に居住する人口の差が著しく大きく、激しい通勤混雑という社会的負担を課している。例えば、環状七号線の内側にある住宅地域に対する規制を、5-6階建ての中層住宅を原則とするような規制に置き換えれば、多くの人々が都市の中心部に居住できる。

今後、共働き家族や、医療や介護サービスを必要とする高齢者世帯が増える傾向にあるが、彼らにとって、郊外の一戸建てよりも、都市部の集合住宅の方がはるかに便利である。すでに都市部に一戸建て住宅を持っている世帯にしても、建物の中層化によって三世代住宅が可能になり、賃貸住宅を併設できれば、土地財産を効率的に活用できる。

住宅容積率の大幅な引き上げや日照権の見直しなど、現行の規制を改革すれば、財政の負担なく民間住宅投資を刺激できる。住宅投資が活発になれば、それに関連した内需も拡大する。貴重な都市空間を効率的に活用すれば、緑地などのオープンスペースも増え、多くの人々にとって生活の利便性が向上する。また、中高層化住宅が増加すれば、震災時の減災に役立ち、都市の魅力が高まる。

建設が増える大型集合住宅(マンション)の権利関係を調整する「区分所有法」の改革も不可欠となる。すでに耐用年数を超えた老朽マンションが増える中、建て替えに所有者全体の5分の4以上の同意を必要とする現行の規定が、大きな障害となっているのだ。建て替えが進めば近隣住民とっても安全性の向上につながる。住宅という個人の財産権の調整について、現状維持者の権利を過大に保護する規制を改め、住宅地再開発の要件と同じ3分の2以上の同意とすることで、住宅投資が促進される。

人口が増加し地価も上昇した時代には、郊外に広い庭付き一軒家を持つことが標準的なライフスタイルであった。しかし、人口減少・高齢化の時代には、すでに社会資本が整備された都市の中心部に、人々が集中して住む傾向が強まる。市街地をコンパクトな規模に収めた都市形態を目指す「コンパクトシティ」政策は、地方都市だけでなく急速に高齢化が進む大都市においても推進する必要がある。

高齢化市場は大きなビジネスチャンス

今後、急速な高齢者の増加は、財政面からすれば、税や社会保障負担を増やす悪夢でしかない。しかし、民間企業にとって、確実に拡大する豊かな「高齢者市場(シルバーマーケット)」は大きなビジネスチャンスでもある。高齢者がもっとも必要としているのは、質の高い医療や介護などのサービスだが、こうした分野は政府が価格や企業の参入を規制しており、いわば「社会主義体制」の下にある。社会的安全網を政府が確保した上で、産業の市場化を進めることができれば、多くの需要と雇用を生み出す可能性がある。

そのために必要なのは、まずサービス価格の自由化である。医療や介護に関する保険で、保険料に見合った診療・介護報酬が定められるのは当然である。しかし、保険で償還される医療や介護サービスの対価が、同時に公定価格として定められていることで、いたるところで需要と供給のミスマッチが生じている。また、財政面の制約から保険の償還価格が抑制されることで、サービスの供給が増えず、長い待ち行列が生じている。例えば、介護保険では、公的に認定された介護サービスの回数に対し、利用者が自費で追加することができる。しかし、事業者が質の高い介護サービスについて、介護報酬に上乗せした価格を設定することは、「平等性の原則に反する」として認められていない。これでは民間事業者の創意工夫が生かせず、財政の制約から質の低下や介護労働者の不足が生じてしまう。

また、医療・介護分野における企業の参入禁止も、消費者のニーズに応える競争を抑制する要因となっている。十分な競争市場で事業者が利益を得るためには、顧客に選ばれなければならない。現在はいわゆる「非営利法人」が市場を独占している状態だが、規制で公益性を担保した上で、多様な経営主体が自由に参入できる競争市場を構築した方が、利用者にとって望ましいのではないか。

公的なサービスでは、基礎的な需要に見合った供給を確実に担保する。例えば、救急患者への速やかな対応は、公共サービスを提供する政府の基本的な責任である。その上で、民間の創意工夫に基づく上乗せサービスを、市場での自由な競争に委ねるといった役割分担を構築すれば、有望な高齢者市場が広がる可能性が大きい。

国家戦略特区とは「世界一ビジネスが容易な都市」

経済再生のために規制を改革しようとすれば、現状維持を求める既得権益との摩擦が避けられない。だが、アベノミクスの成長戦略の柱となる「国家戦略特区」では、大阪・名古屋といった大都市の首長と協動しながら、大胆な規制改革と財政措置の組み合わせることで「世界一ビジネスが容易な都市」への変貌を目指している。

そのために必要なのは、第1に、投資の収益率を引き上げる法人税率の引き下げである。現行の法人税には、個々の業界利益を反映した特別措置があり、課税ベースを侵食している。控除をはじめとする様々な措置を大幅に整理すれば、法人税収自体を減らすことなく、税率を下げることが可能となる。また、首長のイニシアティブの下、戦略特区における地方法人税を撤廃すれば企業の負担は大きく軽減される。

第2に求められるのが、住宅の容積率を引き上げる際の、地元住民への適切な補償や、中高層化を進める住民への支援だ。こうした措置は基礎自治体の大きな役割である。また、国外からの参入を増加させるには外国語での対応が可能な高機能病院を整備することだ。多様なインターナショナル・スクールに対しても、私立学校と同様の税制優遇措置を実施すれば特区内での設置を促進させることが可能になる。

第3に、外国人労働への対応である。日本政府の伝統的な「熟練労働は良いが未熟練は不可」の原則は維持するとしても、「熟練労働」の範囲を恣意的ではなく、幅広く捉える必要がある。医師・看護師、弁護士などの職種では、他の先進国の公的資格保有者はもちろん、研修期間を終えた優れた外国人研修生や、国内の大学を一定以上の成績で卒業した留学生にも、就労ビザを認めることを原則とする。

日本の経済政策における主要な柱の一つとして、「地域の均衡ある発展」がある。高度経済成長期においては、豊かな税収を前提に、経済発展の立ち遅れた地域の社会資本を重点的に整備し、民間企業を誘致することを意図したものであったが、こうした地域振興政策が成功に結びついた例は少ない。現在の長期的な経済停滞から脱するには、もっとも投資効率の高い大都市を中心に、内外の民間投資を誘引するような成長戦略が必要である。国家戦略特区の大きな意義でもある。

経済財政諮問会議が担う重要な役割

成長戦略のカギとなる規制改革を促進するためには、(1)その必要性について主要閣僚の間で賛否両論の議論を尽くすこと、(2)それら議論の前提となるデータが十分に公開されていること、(3)総理の支持が明確に示されること、などが不可欠となる。こうした機能を果たすための組織が、6人の経済関係主要閣僚(テーマに応じて他の閣僚も臨時的に参加)、総理が任命した4人の民間委員、そして日本銀行総裁からなる経済財政諮問会議である。

経済財政諮問会議では、まず個々の規制改革の必要性について民間議員が連名で1-2枚のペーパーを提出。これに基づいて担当大臣からの反論を踏まえた議論が何回も行われる。最終的に総理の判断が示されれば、その結果は、後日に行われる閣議で正式に決定される。民間議員が提出するペーパーは、規制改革会議(10名の民間委員のみ)で十分に議論された結果を反映している。

今回は、規制改革会議の他に、産業競争力会議(閣僚7人と民間委員10名)が設けられた。規制改革に関して議論する場だが、最終的には、経済財政諮問会議で総理の決断を仰ぐための材料を提供する場と位置づけられる可能性が高い。

制度や規制の改革は、小泉政権時の郵政三事業民営化において大きな政治的課題となった。しかし、今回の規制改革は、マクロ経済との連動性が高いものとなろう。膨大な国債残高が、さらに増え続ける中、財政支出に依存しない形での成長戦略が求められているためである。日本国債を支えている内外の投資家の信頼性を維持するためには、成長戦略の進展が具体的な形で示される必要がある。「市場の規律」によって後押しされることが、アベノミクスの成長戦略の柱である規制改革の大きな特徴といえる。

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