特集 いよいよ消費増税!日本の財政どう再建するか
待ったなしの社会保障改革をどう進めるか

八代 尚宏【Profile】

[2014.04.15] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

日本が財政再建を果たすには、年金・高齢者医療費といった社会保障コストの見直しは避けて通れない。八代尚宏・国際基督教大学客員教授が、再建に向けた道筋を提示する。

社会保障制度改革こそ“第四の矢”

日本経済の復活を目指すアベノミクスの「三本の矢」として、金融・財政政策による景気刺激策と、規制改革を主体とした成長戦略が進められている。しかし、持続的な経済成長の軌道に戻るためには、増え続ける公的債務の現状に歯止めをかけ、健全な財政を取り戻すことが大きな前提となる。

人口の高齢化を反映して、日本の社会保障費は2013年までの20年間平均で、毎年2.7兆円の増加となっている。他方、同期間の社会保険料収入は、原資となる所得の伸び悩みから毎年0.8兆円増に過ぎない。この結果、毎年2兆円弱の赤字額は、国と地方の一般会計からの補助で賄われている。しかし、政府の税収も経済の停滞で横ばいにとどまっていることから、結果的に社会保障給付の増加分は、もっぱら国債発行で賄われているのが現実である。

こうしたなかで、財政再建のため2014年から15年にかけて、消費税率が5%から10%へ段階的に引き上げられる。しかし、5%の税率引き上げによって得られる13.5兆円の財源追加分は、歳出増加分も考慮すれば、増え続ける社会保障赤字の5年間分を埋めるだけの一時的効果しかない。現行の維持可能ではない社会保障制度の改革なしには、今後も際限なき国債発行に依存しなければならない。そうなれば、すでに国債残高がGDP(国内総生産)の2倍を超す、先進国のうちで最悪の水準にある日本国債の信認性が、いずれ脅かされることは避けられない。

このため第二次安倍晋三政権でも、2020年までに国の「基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化」という中期的な財政再建目標を設定している。しかし、それを達成するためには、財政赤字拡大の主因である社会保障費の改革を、「第四の矢」として速やかに実行する必要がある。

短絡的な政治がもたらす改革の遅れ

現行の年金や医療制度は、平均10%の高度経済成長の末期に、将来とも高成長が持続することを暗黙の前提として構築された。また、2050年頃の高齢化のピーク時にも、高齢者比率を20%程度としているが、これは現在、予測されている水準の半分程度にすぎないという甘い見通しであった。しかし、その後の経済社会環境の大きな変化にもかかわらず、社会保障財政収支の均衡を維持するために必要な政策が十分でなく、結果として、後の世代にもっぱら負担を先送りしている。

この「世代間の不均衡」によって、現在の社会保障給付を賄うために、毎年、国債発行の形で借金を増やしているだけではない。公的年金では、将来の受給者が給付を受けるために必要な水準と比べて、ほぼGDPに等しい額の480兆円弱の積立不足がある。この簿外債務も人口が減少する将来世代の負担で賄われなければならない。

こうした社会保障の危機的な状況にもかかわらず、2013年度に公表された「社会保障制度改革国民会議」の報告書では、現行制度を堅持し、その枠内でのささやかな改正案を示したのみにとどまっている。

この背景には、「公的年金は破綻しない」という神話がある。民間の保険会社と異なり、国が経営する年金保険は、いつでも課税権を行使できるというのが建前だ。しかし、それが現実に行使できていないことが、今日、国の債務増大を招いている大きな要因である。

これは目先の選挙のため、国民に不人気な社会保障改革を避けたいという短視眼的な政治家の意向にも影響される。それゆえ、担当の厚生労働省には、必要な改革を避けたいがために、非現実的な前提を置くという悪習がある。2004年の年金財政の見直し時には、年4.1%の高い運用利回りが、長期間にわたって持続するという極端な前提が用いられた。そうなれば、今後、積立金が持続的に増えることで、大幅な制度改革なしに年金制度が維持可能だというシナリオである(いわゆる「100年安心プラン」)。この方針は2014年の年金財政の見直し時にも、ほとんどそのまま維持されるようだ。

低すぎる日本の年金給付開始年齢

年金財政の改善のためには、給付の削減と保険料の引き上げが基本である。このため、受給者数の被保険者数に対する比率が低下すれば、自動的に年金給付の増加分を抑制する仕組みが設けられている。しかし、これは名目値の年金受給額が減らないよう、毎年のインフレスライドの範囲内でしか適用されない。このため、過去のデフレ期間中には、まったく調整されなかった。この制約を取り払い、自動的な調整機能を発揮させるべきである。

年金支給開始年齢の引き上げも、保険料納付期間を延長し給付の受給期間を短縮する点で、財政収支の改善には効果的である。日本では、男性は2025年(女性は2030年)に65歳まで支給開始年齢の引き上げが定められているが、これは欧米主要国の67~68歳と比べれば低すぎる水準である。平均寿命が世界でトップレベルの日本では、少なくとも70歳を目指す必要がある。

高齢化への対応は、どの先進国にとっても深刻な問題であるが、日本にとっての利点は、高齢者の就業意欲の高さである。60~64歳男性の就業率(2010年)では、日本(76%)が、米国(59%)やドイツ(56%)より、はるかに高い水準である。これは平均寿命が長く、同年齢の他国の高齢者と比べて健康度が高いことにもよる。また、高齢者を重視する雇用慣行の影響もあるだろう。いずれにせよ、年金支給開始年齢の引き上げが受け入れやすい面もあり、この利点を最大限に活用すべきである。

診療所との連携不足が招く、病院の“介護施設化”

2050年には人口に占める高齢者の比率は4割弱にまで高まるが、その3分の2は75歳以上で占められる。この「高齢者の高齢化」は、65歳以上の高齢者が一律に受給する年金と比べて、75歳以上が主として受給者となる医療・介護給付が増加する大きな要因となる。厚生労働省の2025年までの社会保障給付費の見通しでも、2010年と比べた増加額の4分の3が医療・介護で占めている。

日本で医療資源を配分する上での大きな課題の一つに、病院と診療所との連携不足がある。日本の人口当たり病床数は、人口1000人当たりで13.4と、欧米主要国の3~8を大きく上回っている。それにもかかわらず、多くの病院が高齢者の介護施設と化しており、肝心の救急患者がたらい回しされるという状況にある。また、高度な機能を持つ病院が、軽度の治療の外来患者に人員を割くことで、重度の患者に十分な対応をすることが困難な状況にある。

欧州では、軽度の患者には診療所の「家庭医」が主として対応し、高度な治療を必要とする患者を病院に紹介するゲートキーパー機能を果たしている。この家庭医は、OECD(経済協力開発機構)加盟諸国では医師全体の5割を占めている国もあるが、日本では極めて少数である。今後増える高齢者の患者は、複数の病気を持つ場合が多く、それらに総合的に対応できる家庭医の育成が急務となっている。軽度の患者には診療所で、重度の患者は病院でというように、それぞれ対応する役割分担を明確化することは、医療の質を高めることにつながる。と同時に、重複診療、検査、投薬などの医療費の無駄を削減するための切り札ともなる。

混合診療など急務の診療報酬改革

診療報酬の改革も重要である。従来の診療報酬は、医療の診察、検査、処方箋などの行為ごとに一定の価格が付けられ、その合計で医療機関の収入が決まる「出来高払い」方式であった。これは、高価な医療検査機器の普及率が日本では極端に高く、過剰診療・過剰検査を生みやすいことの要因となっている。例えば、人口100万人当たりのCTスキャンの数は、日本の101に対して、他の主要国では20~40程度に過ぎない。医療もサービスの一つである以上、診療報酬も、その対象となる疾病を基準に定める「包括払い」方式であれば、医療機関側に効率的な治療を行うインセンティブが働くことになる。

保険診療と保険外診療の適切な組み合わせ(混合診療)を図ることも、膨張する医療費を削減する改革の大きな柱の一つである。日本の医療保険は、結核などの感染症や急性症が医療費の大きな部分を占めていた時代に設立されたが、今日では、高齢化に伴う慢性症主体へと疾病構造が大きく変化している。これは同じ医療でも、その内容が、警察・消防と同じ公共サービス的なものから、個人の選択が可能な介護的医療の要素に近づいていることを意味する。

今後、人口の高齢化と技術進歩により、医療費の一層の増加が見込まれるが、そのすべてを政府の責任で提供することには限界がある。国民全体に対し、公的保険で確実に保障する「基礎的医療」と、市場の選択に委ねる「上乗せ医療」との間で線引きをし、国民が負担可能な範囲内に公的医療費を抑えておかないと、医療保障自体が形骸化する恐れがある。

これまで医療界でも、患者の遺伝子の違いに応じたオーダーメイドの治療や臓器移植といった高度先進医療は、高額の医療費を伴うことから、公的保険の対象には含めるべきでないという意見もあった。こうした保険外の「上乗せ医療」と、公的保険で賄われる「基礎的医療」との線引きについての議論を深める必要がある。

この「上乗せ医療」サービスについては、原則として市場の需要と供給に基づくことから、顧客の満足度が高ければ、それに見合った価格付けが可能となる。その結果、多様な医療サービスが生まれることで、生産と雇用を生み出す新成長分野となり得る。また、それが普及すれば、将来的には公的保険の適用対象となり、普遍的に活用されやすくなるだろう。

シルバーマーケットは成長戦略の柱

2000年に設立された介護保険は、医療保険と比べれば、より弾力的な仕組みとなっている。例えば、介護サービスが公的保険で週2回提供されるとすれば、それを自己負担で3回に増やすことも可能である。

しかし、介護サービスの保険単価は公定であり、これとは別に質の高いサービスに見合った価格を、たとえ受給者の合意の下でも支払うことは認められていない。こうした事実上の価格統制が撤廃されれば、政府の責任で確実に保障される「基礎的介護」と、市場での需給で決まる「上乗せ介護」との選択肢が広がり、介護事業者の採算性向上と労働者の賃金引き上げに結びつきやすい。

介護保険の主たる対象は、特別養護老人ホームなどの施設介護と、ホームヘルパーなどの在宅介護に分かれる。このうち、高コストの施設介護は、慢性的な供給不足の状況にある。このため、高齢者専用の集合住宅を建設し、それと在宅介護サービスとを結び付ければ、分散した住居に住む高齢者への対応と比べて、介護サービスの生産性は向上する。こうした施設介護と在宅介護の中間的なサービスの普及も、高齢化社会の大きな課題となる。

老年人口が急速に増える高齢化社会は、政府にとっては、公的負担が増える暗いイメージとなる。しかし、民間企業にとって、医療や介護分野は、顧客となる高齢者が確実に増えることが見込まれる、有望な「高齢者市場(シルバーマーケット)」である。今後、制度・規制の改革を通じて、民間が多様なサービスを提供できるように市場を育成し、それと政府との役割分担を明確にするべきだ。それによって、医療・介護サービス産業の発展を促すことが、日本の成長戦略の大きな柱となる。

タイトル写真提供=時事通信社

参考文献

八代尚宏『社会保障を立て直す』(日本経済新聞出版社/2013年)

鈴木亘『社会保障亡国論』(講談社/2014年)

西沢和彦『税と社会保障の抜本改革』(日本経済新聞出版社/2011年)

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  • [2014.04.15]

国際基督教大学教養学部客員教授、昭和女子大学特命教授。1946年大阪府生まれ。1968年国際基督教大学教養学部卒業後、東京大学経済学部に入学。卒業後、経済企画庁に入庁。1981年に米メリーランド大学大学院で経済学博士号を取得。経済開発協力機構(OECD)主任エコノミスト、日本経済研究センター主任研究員、上智大学国際関係研究所教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教養学部教授などを歴任し、2011年4月より現職。主な著書に『社会保障を立て直す 借金依存からの脱却』(日経プレミアシリーズ、2013年)、『規制改革で何が変わるか』(ちくま新書、2013年)、『新自由主義の復権』(中公新書、2011年)、『労働市場改革の経済学』(東洋経済新報社、2009年)などがある。

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